第3話:ひよこの羽はふわふわ浮つく

「ま、一冬ここで暮らしてみるんだね。いつもの通り、食卓での無作法は許さないし、勉強も仕事もしてもらうよ」


 ビーはまだ、王宮を離れたこの森の冬の過酷さを知らない。


 その前に忙しい秋がやってくる。


 木の実やキノコを森で採り、家の果樹の実や野菜や薬草の収穫。目が回るような忙しさだが、ビーは目新しい経験に夢中になり楽しく過ごした。


 そして豊穣祭がやってきた。

 準備にデーティアは雄ヤギを1頭と雄鶏を4羽提供した。

 いつものように町の食堂、青い雌鶏亭に持って行く。

 今年はビーも一緒だ。


 ここ数年はジルに鶏を絞めたりヤギを潰すことを教えて、実際にやらせていた。

 今年はビーに見学させるつもりだ。


「いいかい、ビー。いつも食べている肉は生きているものを屠らないといけないんだよ。目をそらさずにしっかりご覧」


 青い雌鶏亭のエディがヤギを屠り解体する。その間にデーティア、サリー、メグが鶏を絞めて逆様にして首を切り血を抜く。熱湯につけて羽をむしる。羽をむしる作業はビーにも手伝わせた。デーティアの持ち寄りと青い雌鶏亭で用意した、合計12羽の始末がある。メグの子供の13歳のハリー、9歳のアンナ、7歳のエイミー、5歳のカイトも手伝う。


 先ほどまで生きていたヤギや鶏を前に、ビーはショックを隠し切れないが、デーティアの指示に従った。


 羽をむしり終わると軽く表面を火で炙って、細かい羽を焼き落とす。

 内臓を出して洗う。これも料理に使うのだ。

 ハリーは父親のエディを手伝って、部位ごとに解体した肉を厨房へ運んだり、アンナと臓物を洗ったり脂身を取り分けたりする。


 そして青い雌鶏亭の主人で料理人のマーク、その妻のサリー、息子のエディ、その妻のメグと子供達に交じって、デーティアも料理に参加する。

 その頃にはぐったりしたビーだったが、デーティアは容赦しない。

「あんたと同じ歳の子がやっていることだよ」と、同じ手伝いをさせる。


 収穫祭が始まる正午には、デーティアの提供したヤギや鶏の料理の他に、青い雌鶏亭自慢の料理が出来上がり、町の衆に振舞われる。

 串焼き、ロースト、シチュー、様々な具材の入ったガレット、内臓の煮込みやパイ。デーティアが持ってきたフルーツケーキやパイにクッキー、ジャムやプリザーブ、そしてハーブティー。


 青い顔になってとても食べられないと思っていたビーだが、皆がおいしそうに食べているし

「今日はマナーもカトラリーも考えなくていいよ」

 と笑うデーティアに、香草ソースをつけたヤギの串焼きを渡されて、おそるおそる一口食べると、あまりのおいしさにどんどん食べ進んだ。


 収穫祭では各店がこの日のために用意したものを無料で提供する。

 仕立て屋は端切れで作った小物、鍛冶屋や木材店は材料の余りで作った小さなおもちゃや置物、食料店では食堂に材料を提供したり、店先でちょっとした料理を出す。

 また、様々な物を売る露店も出る。


 ビーはデーティアに淡いオレンジ色の光沢のあるリボンを買ってもらい、大はしゃぎした。

「さ、ジルとアンジーとフラニーのお土産も選んでおあげ。シャーリーのものね」

 デーティアの言葉にビーはまた反抗する。

「帰らないもん」

「帰っても帰らなくても、家族のことは大事にするもんだよ。あたしがあんたのことを考えなくてもいいなら別だけどね」

 ビーは慌てて謝った。


 アンジーには空色の、フラニーには淡い紫のリボンを、母親のシャーリーには布花のブローチを選んだが、兄のジルへの土産は悩んだ末に帽子や胸につけられる緑の羽飾りにした。


 ビーは内心不満だった。

 窮屈な宮廷生活から離れて、大好きなおばあさまを独り占めにしていられると思ったのに、デーティアは一時もビーだけを特別扱いしない。いつでも兄や姉達のことを考えている。


 つまんない。

 ビーは思った。


 毎日の仕事は慣れてきたが、日ごとデーティアが口うるさくなったような気がしていた。

 食器洗いや洗濯の手伝いの後に、濡れた手のままでいると注意される。

「ちゃんと手を拭かないと後で泣く羽目になるよ」

 家に出入りするたびに手を洗わないと注意され、入れてもらえない。


 何度も手を洗って、それを拭くから洗濯物が増えるんじゃないかと賢しげに思うが、言う勇気はない。


 テーブル・マナーも厳しいし、毎日の勉強もめんどうだ。

 所作にも厳しく物言いが入る。


「外仕事ではなりふり構っちゃいられないことも多いけどね、家の中ではちゃんとしてもらうよ」


 豊穣祭が終わり、日ごとに寒さが募ると、ビーはデーティアがうるさく言っていたことを身をもって知った。

 きちんと拭かなかった手にあかぎれが出来たのだ。水を使うたびに痛い。

 デーティアは「言わんこっちゃない」と軟膏を塗ってくれるが、水仕事は免除されない。


 寒さが厳しくなり、客を迎える表の部屋と食堂兼キッチンの部屋の間にあって、両方の部屋を暖める暖炉に薪が燃やされる。居心地はいいが、2つの薪箱をいっぱいにするのはビーの仕事だ。朝夕の納屋仕事の終わりに、薪小屋と家を何往復もして薪を運ぶ。


 ある日ビーはデーティアに言った。

「おばあさまの魔法でやればいいのに」

 デーティアは大袈裟に眉を上げて答えた。

「そりゃあたしの仕事なら魔法を使うこともあるさ。でもあんたの仕事だよ?あんたは魔法を使えないから、その手足を使うしかないね」


「魔法を教えて」

 ビーは食い下がる。

「お断りだよ」

「お兄様やお姉さまには教えているのに」

 地団駄を踏まんばかりに言うが、デーティアはどこ吹く風だ。

「3人とも基礎を終えてから教え始めたんだよ。あんたは魔法測定さえ済んでないじゃないか」


 ビーの不満は募って行った。


 秋は終わり、氷の張る冬の朝が来た。


「明日は冬の保存食を作るよ。力仕事だから今夜は早くお休み」

 デーティアは言ったが、ビーは好奇心でなかなか寝付かれなかった。


 朝の仕事が終わると、町から青い雌鶏亭のエディと息子のハリー、それにビーの知らない大人の男が2人が、荷車で豚を1頭運んで来た。

「大工のティムと鍛冶屋のトリスだよ」デーティアが紹介する。

「これは弟の玄孫のビー。どんどん手伝いをさせておくれ」


 冬の保存食作りは、ビーには衝撃的なことの連続だった。


 大人達が連れて来た豚の頭を、鍛冶屋のトリスが鉄の大槌でガンと叩いて失神させると、大人3人がかりで豚を木に吊るし、喉を搔き切って流れ出る血を容器にためる。血が出なくなると、大鍋で煮たてた熱湯に何度もつけ、その後大きなナイフで毛をこそげ落とす。

 それから丁寧に皮を剥がす。これは町の皮を扱う店に売る。

 内臓を取り出し、肉を部位ごとに解体して分ける。


 デーティアとビーは豚の肉や内臓についた脂身を取り分ける。

 しかしビーは心底震えあがっていた。それをデーティアは容赦なく指示を飛ばして作業をすすめる。


 豚の解体が終わるとヤギが3頭引き出されて同じように解体される。


 昼には作業は終わり、デーティアは手伝いに来た4人に豚のスペアリブを焼き、ヤギ肉のチーズ焼きとパンプキン・パイを振舞う。

 昼食が終わると4人はお礼の肉を持って帰った。


 ビーはほっと胸を撫で下ろす思いだったが、デーティアの言葉に愕然とする。


「冬支度はこれからだよ。肉や脂身の始末をしなきゃね」

 そう言ってにやっと笑う。

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