第4話、敵は去り
「これは……尋常じゃない。」
こんな傷を残してニエラの獣を倒せる存在など、グナもジンニも聞いたことすらない。
狩人の中にも大剣の使い手はいるが、彼であっても胴体を真っ二つ、いや三つに分けてしまうことができるなど到底思えない。
目の前にただならぬ光景を目にしたまま、二人はしばらく硬直していた。
すると不意に、目の前の死骸から火が立った。
「あ、そうか。……!!」
「……!!!」
ニエラの獣を殺した経験は二人とも幾度もあるので、その特性については目で見て知っていた。
ニエラの獣は、死んですぐにその死骸が発火する。炎とは言っても温度が低い特殊な炎らしく、近くの木々に延焼することはないようだ。
そうして特殊な炎に包まれ、死骸はすぐに灰だけになってしまう。
理屈など知らないが、とにかくどんな方法で殺しても、必ず灰だけ残して消えてしまうのだ。
邪魔にならなくて良いっちゃ良いのだが、死骸が得られないので、それが研究が進まない大きな要因の一つにもなっている。
二人はあまりの衝撃にそのことを失念していたが、今改めてその光景を目にして思い出したようだ。
そして、同時に恐ろしいことに気付いた。
死骸が燃え始めたのは今だと言うことだ。
ニエラの獣は死んですぐに燃えて灰になる。
つまり、こんな恐ろしい殺し方が出来る何者かは、直前にここで事を起こしていたと言うことになる。
「一旦ここを離れよう。遭遇すればどうなるかわかったもんじゃない。」
「わかった。」
一旦森の中に退却し、安全を確保しようとしたその時。
クヮーーン
と。
夜中に聞こえた音が一際大きく聞こえた。
近くで鳴っているように聞こえるが、何処にも姿は見えず、グナの索敵にも引っかからない。
「ヤバい!早く逃げ……」
その音の主が二人の視界に入るよりも早く、突如として音の正体がグナの索敵範囲に現れた。
そして、グナは硬直した。
「どうしたの?早く逃げるんじゃ……」
「……空」
「え……?」
ジンニが言葉を理解し終わるよりも早く、二人に影がさす。
そして、目の前の草地に、上空からそれは降りてきた。
「なに……?」
それは、丸い円盤のようなものだった。
直径はグナの背丈の三倍ほどであり、下側に少し尖った円錐形のような形をしている。
素材は、上半分はやや歪な出っ張りのある岩盤のようだが、下半分は水晶のように半透明で微かに光っている。
そしてその円盤の上には人影が三人乗っていた。
三人とも、全身を何か金属のようなもので覆っている。
形は違っているが、おそらく防衛部隊が着ているような鎧の一種だろう。
顔はほとんど隠されていて、こちらから表情を窺い知ることはできない。
二人はすぐに武器を構え、戦う態勢を取り、そして問う。
「何者だ?」
「……答えてやる必要はない。我々の目的は、お前だ。」
「は?」
お前だ、と言って指をさされたのはジンニだ。
「私に何の用があるって言うの?」
「それは、ここで言うわけにはいかない。」
「断ったら?」
「断ろうが関係ない。我々はお前を連れ戻るように言われている。」
「だってさ、グナ。」
「……ジンニはどうする?」
「どうするって?嫌に決まってるじゃん。力づくでもお断り申し上げるに決まってるでしょ。」
「思い出せ、さっきの死骸を。」
胴体を三分割に切り刻まれていた、凶暴であったはずのニエラの獣、
大剣よりは確実に鋭く大きな武器を持っていなければ決して不可能な殺し方だった。
思い出したジンニの顔は少しだけ曇る。
しかしそれも一瞬のことで、
「だったら何よ。連れてかれたって何されるかわかったものじゃないでしょ。もちろん私は抵抗するよ、この弓で。」
「わかった。」
一応問いただしてみはしたが、グナとてジンニが大人しく従うなんて思っていたわけではない。
ジンニは改めて弓を構え直し、グナは二本目の槍を背中から取り、両手に槍を持って構える。
それをみていた円盤上の三人は、少し悲しそうな表情を浮かべた、かのように見えた。実際は顔が見えないのでわからないのだが。
やがて、三人のうちの一人が、後の二人に指示を出す。
「女を捕えろ。怪我は極力させるな。」
「御意」
そう言うと、二人は円盤から飛び降り、襲いかかってきた。
手には剣のようなものがあるようだ。
「やるよ!グナ!」
「了解」
二人は前後に陣を組んで構える。
まず敵の一方が飛びかかってきた。
グナは、自分の身長ほどある二本の槍を、同時に一人の相手の顔と脚目掛けて突き出す。
敵は何もせずに槍を受けたが、どうやらその程度の攻撃では相手の鎧には効果がないようだ。顔の方も、目に近い位置を狙ったが、どうやら防がれたらしい。
槍が弾かれたと判断するや否や、グナは一歩下がり、今度は片方の槍を相手の肘のあたりに突き立てる。
鎧は関節部分が弱い場合が多いので、それを狙った攻撃だが、素早い剣の動きで防がれてしまった。
その攻撃を弾かれるかどうかの瞬間に、反対の手に持っていた槍を、ジンニに飛び掛かろうとしていたもう一人に突き出す。
いい具合に首を狙えたと思ったが、相手の瞬発力も相当なもののようで、一瞬の隙に躱されてしまった。
その時にはもう、最初の敵がグナに切り掛かっている。と、グナが一瞬首をすくめるような動きをする。その瞬間背後から矢が放たれ、敵の顔に直撃した。
索敵能力を活用して、ジンニの弓の狙う軌道から避けたのだ。
ジンニの弓は特別に張力を増したものなので、たかが矢とはいえ、当たれば相応の衝撃がある。的確に敵の弱点を狙った矢は、相手に何かしらの影響は与えたらしい。目をつぶせたわけではなさそうだが、相手が一瞬怯んだ。
続く矢の一手で、今度は敵の剣先が撃たれる。
突然の衝撃だったようで、敵が剣を取り落とした。地面に剣が落ちる前に、グナはその剣を遠方に全力で蹴り飛ばす。
その動作をするうちに、グナは利き手の槍を器用に回転させ、勢いそのままに、まだジンニに向かって行こうとしている敵の胸元目掛け横に打ち込む。
鎧で一番強いと言える位置に来た攻撃なので、相手は当然受け止めた、が、鎧と槍が触れた瞬間、
ガン!
と、轟音が響いた。
あまりの衝撃に相手は後方に蹈鞴を踏む。
その瞬間グナは相手の前面に回り込み、全体重をかけて、相手の胸元に飛び蹴りを喰らわせる。
流石にこれには耐えきれず、相手が仰向けに倒れ込んだ、瞬間グナは利き手の槍を地面に突き刺し、その槍を利用して高く飛び上がり、反対の手の槍を柄の方を下にして両手で持ち、狙いを相手の胸の上に定めた。
飛び降りる勢いと体重を全て乗せ、全力で槍を下に突き下ろす
その槍が鎧に当たった瞬間、
ドゴン!
と言う鈍い音が鳴り、分厚い金属の鎧に亀裂が入った。
顔は見えないが、相手には驚きの色が見える。
これがグナのもう一つの特殊能力であり、必殺技である。
ある特定の筋肉に力を加え、溜め込んだ力を一瞬で解放し、常識はずれな衝撃を対象に加える。この村では「ラクラリ」と呼ばれている伝統の技だ。
この力を使いこなせれば、応用次第だが太い木の幹や今回の鎧のような高い強度を持つものも破壊しうる力になる。
この術は一応狩人の技能の一つとされているが、体への負担や習得難易度から、使い手は現在、村全体で見てもグナだけである。
元々ラクラリは拳で打つ技だが、グナはそれを習得した上で槍を介して打つ方法を開発した。それによって反動による負担を大幅に減らして、ラクラリを一撃必殺の技から、乱発可能な実践技に進化させたのだ。
先ほど槍を当てただけで相手をのけぞらせたのも、これの応用技の一種である。
鎧を砕かれた敵は、そのまま胸部に衝撃を受け、気を失ってしまった。
鎧はグナの想定よりもかなり硬く、両手で放った、しかも体重を乗せた全力のラクラリの威力でさえも砕けるまでにほぼほぼ吸収してしまった。そのためとどめを刺すことはできなかったようだ。
一応槍の向きを逆さにして、尖った方で突き刺せばとどめは刺せただろうが、そんなことをしている余裕はない。とりあえず動きを封じられれば十分だ。
すぐに先ほど剣を取り上げた敵に向き直る。
蹴り飛ばした剣は草むらに紛れてしまったようで、敵はいまだに手には何も持っていない。
自棄になったわけでもないだろうが、敵がこちらに殴りかかってくる。そこまで早い拳でもなく、グナはそれを軽く躱した。
それが間違いだった。
その瞬間敵はどこに仕込んでいたのか、細い小刀のようなものをジンニに向かって投げつけた。グナはそれに気を取られてしまった。
投げられた小刀は、ジンニが瞬時に腰から抜いた短刀で弾き返した。
しかし、その様子に気を取られていたグナは、いつの間にか円盤から降りてきていた三人目の敵に気が付かなかった。
気づいた時には、グナは、鋭いもので腹部を貫かれていた。
目を落としてみると、それは紛れも無い自分の槍だった。
そして気づく、先ほど一人目の敵を倒した時に地面に突き刺した槍を、そのままにしていたことを。
敵に武器を与えるようなことはこれまでしたことがなかったが、どうやら自分で思っていたよりも心に余裕がなかったらしい。
体を回転させ体勢を立て直すと、一息に自分の体から槍を引き抜く。そんなことをすれば流血が悪化するのはわかっているが、長いものを刺したままでいるよりも自由が効く。
三人目の敵はその直後にジンニに向かって縄を打った。
咄嗟に槍で弾こうとしたが、先ほどまでの瞬発力が出せない。
ジンニも弓で防ごうとしたが、その手ごと絡め取られてしまった。
そして動きを封じられたジンニは、最初の敵に引っ張られて行く。グナが倒した方の敵も同時に縄をかけて連れて行くようだ。
「待て……!」
多少ふらつきながらも、走って敵に斬りかかる。
しかし、
「……っは……!」
振り返った最後の敵が、何か手に持っている武器を向けてきた。
二人の距離は十メートル程も離れていたはずだ。
しかし、その直後グナの胸が切り裂かれる。
その勢いで後ろに吹き飛ばされるグナ。
「グナ!」
「待て……」
なんとか立ちあがろうとするものの、穴のあいた腹筋にも、切り裂かれた胸から続く腕にも、思うように力が入らない。
「一旦黙れ」
そう言って、ジンニは腹部に拳をめり込まされる。
そしてジンニは目を閉じたように見えた。
「……」
「行くぞ。」
「わかった。」
二人の敵は、そのままジンニと倒れた仲間を連れて円盤に飛び乗る。
カーン
と、一際大きく音を響かせると、どこへとも分からない方向へ飛び去っていってしまった。
最早グナはそれを見送るより他なかった。
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