言霊短編集

冬青ゆき

第1話 桜降る

今年もきれいに咲いたね、奥津城の桜。

ひとひら、ひとひらと

儚なげに散ってゆく。


―――ねえあなた、

桜を見ながら、私はいつも思うの。

戦場で行方が消えたあなたを、誰もが『死んだ』と嘯くけれども

そんな『戯言』なんて、私は絶対に信じたくないのです。


きっと生きて

どこかで桜を見ていると信じたい。

ねえ、きっとそうですよね。

あなたの事だもの、絶対に生きていますとも。

だから、いつも奥津城に祈るのです。


あなたが、早く帰って来ますように。

いつか必ず、一緒に桜が見れる日が来ますように、と。






うららかな午後の陽が降り注ぐ、桜降る奥津城。

苔むす事なく手入れの行き届いた石碑は時間の経過を全く感じさせない。

その石碑に寄り添うようにして、命を終えた一人の女性が微睡んでいた。

待ち続けること五十余年。

きっと、ついに待ち続けた夫が迎えにやって来たのだろう。

  

永久の眠りについた彼女は、あまりにも幸せそうだった。


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言霊短編集 冬青ゆき @yuki_soyogo

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