第17話 糖度高めの水族館デート
料金を支払い館内に入った俺と伊吹であったが、中は予想通り黄金週間で休暇中の人々で一杯になっていた。
右を見てもカップル、左を見てもカップル。リア充密度の濃さに一瞬たじろいでしまうが、その時左腕に柔らかい感触を感じた。
伊吹の巨乳が惜しげもなく押しつけられ、俺は左腕の感覚に全神経を集中しこのムチムチボディを堪能していた。
「俺……もう何も怖くない」
あまりの幸せと悦びに死亡フラグっぽい台詞が出てしまうが、こんな日常生活の中でいきなり何かに襲われたりはしないので大丈夫だろう。
伊吹と腕を組みながら人の波にそって水族館の中を歩いて行く。すると巨大な水槽のあるエリアへと到着した。
その中では銀色に光る小魚たちが群れをなして泳いでいき、幻想的な光景が広がっていた。
「わぁ~、綺麗。あっ、群れがまるで渦を巻くようにして泳いでる」
「そうだなぁ。海の中ではこんなに凄い光景が広がってるんだな。スキューバダイビングでもすれば海中でもっと凄い様子が見れるんだろうな」
「うう……見てみたいけど、ウチどんくさいから海の中でパニックになっちゃいそう」
海の生物を見ながら色々と話をしてルートに沿って歩いて行くと、ここの水族館一押しのサメの水槽エリアにやってきた。
水槽越しにサメのハンターの如き目が見え、サメに襲われる有名な映画を思い出してしまう。
「こんなのに海中で襲われたら終わるな」
「あんな鋭い歯で噛まれたら痛いよね。でも、あのジンベエザメっていうのは可愛い。食べ物も小さなプランクトンなんじゃって」
「結構大きな身体をしてるのに人を襲わないのかぁ。へー」
知らなかった。サメなんてものは全部凶暴なものばかりだと思っていたのだが、種類によって結構違うらしい。
こうして様々な海の生物を楽しく見ていると館内放送が流れた。そろそろイルカのショーが始まるらしい。
人の流れを見ると結構たくさんの人がイルカショーが行われる会場に向かっているみたいだ。
そんな人混みを避けるようにして俺は伊吹と一緒にイルカショーの会場の真下のエリアに向かった。
この場所ではイルカショーが行われるプールの中を見る事ができる。
ジャンプをするために水中を勢いよく泳いだり、ジャンプ後水中に落下してきたイルカの姿を見ることが出来る。
備え付けてあるベンチに座って水中のイルカ達の勇姿を眺める。ジャンプから落下してきた衝撃で水槽内に気泡が大量発生しそのパワフルさを物語っていた。
水槽内が泡で満たされる中、プールの水色の光が俺たちがいる場所を優しく照らす。
その幻想的な光景に心を囚われているとベンチに添えていた伊吹の手と俺の手が触れた。
無意識に周囲を確認すると不思議な事に誰もいなかった。ここには俺と伊吹しかいないのが分かると、二人とも示し合わせたかのように顔を近づけて口づけを交わす。
「ん……ちゅ……ちゅ……んんぅ……」
キス中の伊吹の唇から甘い声が漏れる。その声は俺の理性を蕩かし口づけをさらに大胆なものへ変えていった。
伊吹の唇を少しずつ開けていくと「ダメ」と言って手で俺を押しのける。
「あ……ごめん」
失敗だった。性欲に支配されて一歩踏み込んだキスをやろうとしてしまった。そりゃさすがに拒否されるよな。
暴走した事に自己嫌悪していると階段を下りてくる親子連れの姿が見えた。
もしもあのまま続けていたら、水族館を純粋に楽しんでいるチャイルドに俺と伊吹のイチャイチャを見せつける事態になっていた。
その状況を思い浮かべて背中がヒヤリとする。すると伊吹が俺の耳元でささやいた。
「もう、かー君ったら夢中になりすぎじゃよ。あの親子が下りてくるの気が付かなかったじゃろ」
「すんません。全然気が付きませんでした」
怒られるかと思いきや素直に言うと伊吹はニヤリと悪戯な笑みを見せる。初めて見せる表情にドキッとしてしまう。
「……さっきウチの唇開かせようとしたじゃろ?」
「……しました」
「こんな場所でそんなんしちゃ駄目じゃろ」
「仰る通りです。反省してます」
「そういうんするんは途中で人が来ん時じゃないと。――始まったら多分ウチ、歯止めがきかんようなる思うけぇ」
伊吹が恥じらいながら話すのを聞いて情報を冷静に処理する。それってつまり伊吹も嫌ではなかったって事?
「いきなりディープキスされそうになったの怒ってないの?」
「……へ? 怒ってないよ? むしろ、かー君が積極的にきてくれて嬉しい思うたよ」
この人は天使か? 俺の暴走を笑顔で包み込んでくれる。もしかしたら中身三十歳の俺なんかよりも伊吹の方がよほど大人なのかもしれない。――結婚しよう。
午前のイルカショーが終わるともうすぐ昼の時間だ。
休憩エリアに行くと既にほとんどの席が埋まっていたが、奇跡的に空いていた場所を確保することが出来た。
テーブルに伊吹が作ってきてくれたお弁当が並べられていく。主食はおにぎりでおかずにウィンナー、卵焼き、ポテトサラダ、唐揚げなどが入っている。
どれもこれも綺麗に配置されていて、見ているだけでもこれは絶対美味しいという事が伝わってくる。
「うまそー!」
「はい、かー君。おしぼり持ってきたけぇ、食べる前にこれ使うて」
「ありがとう」
デートにここまでしっかり準備をしてくる伊吹に感嘆の声が出てしまう。使い捨ておしぼりで手を拭き「いただきます」と言ってからお弁当を食べ始める。
「んまい。やっぱり伊吹の作るご飯は美味しいよ」
「えへへ、ありがとう。いっぱい作ってきたけぇ、たくさん食べてね」
おにぎりを頬張ると中には鮭の切り身が入っていた。他にも昆布の佃煮だったり明太子入りのものだったりと食べ飽きない工夫が施されている。
食べ進めていると伊吹が卵焼きを箸で挟んで俺の口元へ運んできた。
「かー君、あーん」
「……!?」
まさかこの公衆の面前でそれをやれというのか。この娘……奥手でいて中々に度胸がある。
ちらっと周囲を観察するといくつかのファミリーがこっちを見ているのが分かった。俺がこの申し出をどうするのか注目している。
くっ……やってやろうじゃないか。少しばかり他人の目があったところで臆する俺ではないという事を証明してやる。
「あ、あーん。ぱくっ、もぐもぐ……美味しい」
やった……やってしまった。人前でイチャイチャな行為をやってしまった。恥ずかしい。
伊吹は俺が卵焼きを食べたのを見て喜びながらも耳まで真っ赤になって恥ずかしそうにしている。
いや、お前も恥ずかしいんかい! それでもなお実行するとは、もしかしたら伊吹はマゾッ気があるのかもしれない。
そんな俺たちのイチャイチャを見物していた方々、特に奥様方が温かい目をしていた。
その直後、俺と伊吹の「あーん」に触発された家族連れの奥様方が旦那さんに「あーん」攻撃をし始めた。
後に水族館の職員はこう語る。
「あの日は何故かやたらとイチャイチャするお客様が多かったんですよね。噂ではその火付け役が高校生のカップルだったとか……青春ですよねぇ」
そんな話を聞いた俺と伊吹が恥ずかしさで震えたのは言うまでもない。
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