第12話 告白現場より
――その日の放課後、俺は伊吹が呼び出しを受けた校舎裏にやってきた。啓斗と一緒に校舎の影に隠れ関係者が現れるのを待つ。
これはあれだ……別に野次馬根性とかではない。この呼び出しは十中八九告白なのだろうが、伊吹はそれを断るはず。
そうなった時に振られた連中がどういった行動を取るか分からない。もしかしたら無理矢理……という可能性もゼロじゃない。
その時すぐ助けに行く為ここに俺はいるのだ。ただ、マジで喧嘩沙汰になったら自信がないので腕っ節が強い啓斗にも来てもらった。
というか、積極的に付いてきてくれた。
「かけちゃん、告白を断られたからって学校で無理矢理迫るなんて事はしないんじゃない?」
「何を言ってるんだお前は。男っていうのはな皆オオカミなんだよ。美味そうな肉が目の前にあるのに黙っている奴がいると思うか?」
「それってつまり僕もかけちゃんもオオカミって事でしょ? 物陰からこそこそ成り行きを見守るオオカミっている?」
「悪かったな臆病なポメラニアンで――来たぞ」
自分が色々とこじらせている自覚はある。
昔読んだエロ漫画で告白を断られて逆上した男が少女を快楽漬けにするシリーズがあったのだが、その展開が脳裏をよぎったのだ。
普通に考えてそんな事にはならないとは思うのだが、世の中何が起きるか分からない。
俺が務めていた会社の上司が超強面の『や』の付く職業のような人物であったように、常識では考えられない事が起きる時もある。
物陰に隠れて見てみると伊吹と結が二人で歩いて来るのが見えた。いつもは厄介な妹ではあるが、この状況においてとても頼もしく見える。
あいつがいれば何が起きても安心だ。その時、ふと啓斗の方を見ると先程は呆れていたのに今は焦った顔になっていた。
「どうした? お腹でも痛くなった? だったら無理しないで行ってこいよ」
「身体は大丈夫。でも、ここに来る先輩たちが結ちゃんに心変わりしたらと思ったらちょっとね――」
はっきり言ってそんな流れにはならないと思うが、結に恋心を抱いている啓斗からしたら気が気では無いのかもしれない。
でも、安心してくれ。あんな狂犬妹と付き合えるのは君だけだ。
そうこうしていると三人の男子生徒がやってきた。そして伊吹と結がいる事に気が付くと近くまで来て三人同時に立ち止まる。
その息ぴったりの動きに予め練習したのではないかと思ってしまう。
――が、それぞれ顔を見合わせて戸惑っている感じだった。
「……お前等ここで何やってんの?」
「お前の方こそ……」
「俺は相良さんに告白をしに来たんだ」
「「お前も!?」」
このトリオ漫才を見て思わず笑ってしまう。打ち合わせをしていたとしても素人がこんなに息の合った掛け合いが出来るとは思えない。彼等は――天才だ。
声を出して笑わないように堪えていると結が口を開いた。
「えー、皆様方がここに同時に来られたのは伊吹に指定した時間と場所が丸被りしていたからです。よって色々と面倒くさいので三人同時に要件を話してもらおうと思います。っていうか、今三人とも伊吹に告白をすると言っていたので再度訊ねる必要は無さそうですね」
マイシスターがこの場を仕切り始める。それに対して、告白をしに来た三人の男子は「こいつ誰?」といった表情で結を見ていた。
伊吹に告白をするつもりだったのに見ず知らずの少女に場を仕切られ始めたらそりゃ戸惑うだろう。
「君が誰かは取りあえず置いておいて、相良さん……俺と付き合ってください」
「こら、お前抜け駆けすんなよ。俺と付き合って相良さん」
「伊吹ちゃんは俺と付き合うんだよ。そうだよね?」
三人とも自信満々だ。それもそのはず、あの三人はこの大笑高校の二年でそれぞれイケメンで有名な男子生徒だ。
昼休みに啓斗から三人の名前を教えてもらっていたので、それを情報通のクラスメイトである裕太に訊いてみた。そしたら色々と興味深い話を聞く事が出来た。
そのお礼に今度学食の人気ランチを彼におごる予定である。
事の成り行きを見守っていると、結からアイコンタクトを受けた伊吹が深呼吸して返答した。
「せっかくの申し出ですがお断りします。アタシ彼氏いるので」
明瞭簡潔な一太刀でバッサリ三人を斬り捨てる。これでこの告白劇は終わったかに見えたのだが――。
「いやいやいや、そんな事言わずに俺と付き合おうよ。どんな彼氏か知らないけど絶対俺と一緒の方が面白いって」
「俺遊べるところたくさん知ってるよ。だから週末あたりにデートしようよ」
「そういえば伊吹ちゃんって弁当持ってきてるよね? 今度俺にも食べさせてよ」
人の話を聞いていない三人がそこにはいた。余程自分に自信があるのか全く怯む様子はない。伊吹の彼氏――俺の事なのだがそんな存在は眼中にないらしい。
「えっ!? いや、あの……だからアタシは付き合っている人がいるので――」
きっぱり断ったはずなのに食らいついてくる三人に伊吹は困惑している。見た目はギャルでも中身は大人しい性格の大和撫子なのだ。無理もない。
頼みの綱の結ですら、自分本位な男共に驚いている。あいつにとって最も身近な男である俺はあんな無理強いはしないので、その違いに面食らったようだ。
しっかりしている結と伊吹であっても実際は高校に入学したばかりの子供だ。まだまだ人生経験が足りていない。世の中には人の話を聞かない困った人間もいるのだ。
それを今、身をもって実感しているのだろう。
俺自身まさかここまで連中が食い下がってくるとは思わなかった。大人しく退けば穏便に済ませる所だったのだが、自分の彼女と妹が困っているのを見過ごす訳にはいかない。
予め仕込んでいた策を実行する為、メールを送信した後物陰から姿を現す。
「あー、どうもすみませんね。うちの彼女と妹が困っているので失礼しますよ」
「「「……誰ッ!?」」」
そりゃ知らないだろうよ。お前等リア充と違ってこちとら本物の陰キャだぞ。影が薄い俺を認知している者は同学年の中でもほとんどいまい。
こんな頼りない俺ではあるが、伊吹と結は天の助けと言わんばかりに表情が明るくなる。
「先輩!」
「お兄ちゃん!」
悠然と歩いていき彼等と伊吹たちの間で立ち止まると胸の前で両腕を組んで三人の男子高校生を値踏みするように見る。
いきなり姿を現した俺が堂々としているのでこの場にいる全員が動揺していた。
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