第11話 未来の義弟に監視役させる義兄

 俺の彼女であり未来の嫁(予定)――伊吹。

 彼女は俺に気に入られようとしてなんちゃって金髪ギャルになった訳なのだが、その際標準語を話すように努力している。

 伊吹がそうしているのは彼女が広島から引っ越してきて間もなく、同級生だった中二男子たちに方言を指摘されたことが大きく影響している。

 それ以降広島弁を話す伊吹は口数が少なくなり、結と友達になって俺んちに遊ぶに来て俺と会っても極力喋らない様にしていた。


 そういった経緯もあり努力の結果、コギャルに扮している時は標準語を話せるようになったのだが、素に戻ると広島弁が顔を出すという状態になっていた。

 俺としてはコギャルキャラは払拭して、元々の性格である大人しく清楚な彼女でいけばいいのでは思ったのだが、彼女としてはしばらくこのままコギャルで通すつもりのようだ。

 

 そしてよく考えてから俺も伊吹の考えに同意した。

 それは不純な動機からきている。だって、清楚巨乳の方言美少女とかいたら絶対モテる。精神年齢三十歳の経験から断言できる。

 もしも、そんな女性が会社で働いていたら絶対に男性社員にチヤホヤされるに決まっている。実際いたしそんな人。

 その女性社員は結局イケメンの社員と結婚して寿退社した。


 ましてや高校生なんてのは性に興味津々なお年頃。常に発情し体力を持て余している状態だ。

 高校という同年代の異性が沢山いる環境で、伊吹が本当は清楚巨乳少女とばれたら有象無象の男子生徒たちが彼女を落とそうと色々と仕掛けてくる可能性がある。

 何かしら弱みを握って肉体関係を迫ってくるかもしれない。――いや、これはNTRもののエロ漫画を購読していた俺の思い込みなのだろう。

 しかし、タイムリープ前では伊吹はガラの悪い男と付き合うようになったはず。心配するに越したことはないだろう。


 そんなこんなで始まった第二の高校生活。

 授業に関しては何とか着いていけている状態だ。まあなんとかなるだろう。

 

 昼食の時、タイムリープ前は一人で学食を食べていたのだが、今は伊吹と一緒に食べている。それにプラスして妹の結、そして幼なじみの少年【津村つむら 啓斗けいと】も一緒だ。

 啓斗は結と同い年で小学校低学年の頃からの付き合いだ。俺が一時期格闘技の道場に通っていた時に仲良くなったのだが、ヘタレな俺はすぐに道場を辞めてしまった。

 しかし啓斗は今も道場に通っていて大会でも上位に入賞するほどの腕前を持つ。つまり喧嘩がメチャクチャ強い。

 

 見た目は眼鏡を掛けた優しい男の子なのだが、首から下は鍛え抜かれたマッチョでギャップが凄い。

 ちなみに結の将来の夫でもある。こんな狂犬みたいな妹を嫁に貰ってくれた優しい心の持ち主であり、俺は密かに彼をリスペクトしていた。

 彼の自己犠牲の精神がなければ、あの狂犬が世に放たれていたのだ。考えただけでも恐ろしい。


 という感じで、俺は一年生三名と一緒に校内に設置してある休憩スペースで弁当を食べていた。

 しかも伊吹の手作りである。彼女は自分の分だけでなく俺と結の分も作ってくれていた。

 もはや彼女は俺たちの母親の如き存在へと昇華していたのである。


「どうですか先輩。美味しいですかぁ?」


 伊吹お手製の弁当を食べる俺を見て彼女がニコニコしながら感想を訊いてくる。校内では彼女はコギャル化してるので、ちょっと生意気な後輩になりきっている。

 

「もぐもぐ……うん。伊吹ちゃんの作ったご飯はどれも美味しいよ。今日の弁当はのり弁の味加減が特に絶妙で箸が止まらな――むぐぐっ!」


 やべっ! 喉に詰まった! 俺とした事がこんなベタな展開になるなんて……。


「せ、先輩! これ飲んで」


「んぐっ! ……んくっ、ごく……ごく……っぷはぁ、危なかった~。ありがとう」


「ごめんなさい。食べてる途中で感想なんて訊いたから……」


 申し訳なさそうに謝る伊吹。気にする必要なんて無いのにと思いつつ今しがた飲んだお茶を見ると、それは彼女の物だった。

 つまりこれはあれだ。間接キスというものだ。


 その事実に気が付いてハッとすると、伊吹も同じく気が付いたようで顔が真っ赤になっている。コギャルが照れて顔を背ける姿は中々に心にくるものがある。

 チクショウ、やっぱり可愛いな――結婚しよう。


「あ、アタシちょっとお手洗いに……」


「それじゃ私も行ってくる」


 女性陣がこの場から一旦退場し男だけになる。するとさっきまでの和やかな雰囲気は一変し緊迫した空気が流れ始めた。

 俺は肘をテーブルにつけて両手を組むと鋭い目つきで啓斗に質問をした。


「――それで近況はどうかな啓斗?」


 すると啓斗は眼鏡を指でくいっと押し上げると淡々と報告を始めた。


「昨日は二名から告白がありました。本日は先輩三名に放課後呼ばれています。これも恐らく告白かと思われます」


「推測はいい。事実だけを報告せよ」


「はっ! 申し訳ありません、指令」


 こんな感じで俺は幼なじみである彼に伊吹のモテっぷりを監視・報告してもらっていた。持つべきものは優秀な幼なじみである。


「……すまない、八つ当たりをしてしまった。彼女のあまりの人気に焦りを感じてしまった」


「心中お察しします。目標アルファ伊吹ちゃんに関して彼氏がいるという情報は出回っているはずなのですが、それでもこの様に言い寄ってくる輩が後を絶ちません。こうなればお相手が指令自身という情報を流しては?」


 俺は手を上げてそれは駄目だと指示する。


「それだと逆効果だ。俺のようなモブ男が彼氏だと知られてしまえば『あんな奴より俺の方がいいだろ?』的な感じで近寄ってくる男が急増する恐れがある」


「そんな……考えすぎでは?」


「実際に彼氏持ちの女子に告白をする連中がいるんだ。そういう自信家がいてもおかしくない。――くそ、まさか男子高校生の性欲がここまでとはな。甘く見過ぎていたよ」


 策がないまま互いに沈黙してしまう。すると啓斗が少しソワソワし始めた。いけね、大切な物を忘れるところだった。

 胸ポケットからUSBメモリを取り出し啓斗の目の前にそっと置くと、彼は大事そうにそれをしまった。


「これまでと同様、妹の日常生活を撮影したものだが本当に報酬はそれでいいのか? 世の中にはもっと価値のある物が星の数ほどあるんだぞ」


「指令――いいえ、かけちゃん。結ちゃんの画像データは僕にとって最も価値のある物なんです。引き続き監視と報告はするので今後も結ちゃんの画像データをお願いします」


「う、うむ、了解した。チャンスがあればもっと際どい姿の撮影を試みるつもりだ。期待して待っていてくれ」


「ま……マジで!? あ、いえ……あまり無理はなさらず」


 啓斗が子供の頃から結に気があるとは知っていたがまさかここまでだったとは。未来の義弟の意外な姿に驚きを禁じ得ない。

 この協力関係を持ちかけ報酬の話をした時に「結の写真」と食い気味に言われた時には、ちょっと色々考えてしまった。

 しかし、自分の彼女の身辺調査を依頼している俺も客観的に見て気持ち悪いので、ここはお互い様って事で。


 しかしなー、俺の彼女メチャクチャ人気あるじゃないか。

 伊吹に釣り合う人間になれるように俺も頑張らねば。

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