第2話 中身30歳男、高校に行く
どうやら俺は高校二年の初登校の日にタイムリープしたみたいだ。そうなった理由や方法は分からない。寝て起きたらこうなってた。
駅までの道すがら周囲を見渡すと如何にも地方都市といった感じの片田舎の街の風景が視界に入ってくる。
関東の地方都市――『
当時はこの風景があまり好きじゃなかったけど、今こうして見てみればこういうのも悪くないと思える。
東京には巨大な建物がたくさんあって、人もたくさんいて一見
色々なものが溢れているようで何もない。そんな感じがする場所だった。
それに比べてここには大きなビルなんてものはない。
巨大な建物なんてのは、せいぜい田舎のど真ん中に建てられたミオンモールのような大型ショッピングセンターくらいだろう。
それでも、生まれ育ったこの土地は今の俺にとって心が安らぐ懐かしい場所だ。
色々考えたが、取りあえず今の俺は高校生。であれば、高校に登校し学業に専念しなければならない。
会社に行って顔面凶器の上司の顔色を気にしながら仕事をするのに比べれば天国のような状況だ。
そんな事を考えながら川沿いの土手を歩っていると、桜の木の下でこっちを見ている女の子に気が付いた。
あの子は……そうだ、思い出した。妹の親友でよく家に遊びに来ていた女の子だ。
名前は確か――。
「おっはよー、伊吹」
「おはよう、結」
そう、この子は【
タイムリープする前の高校二年の頃にも彼女はいた。俺の記憶が確かなら、彼女は二年ほど前に大笑町に引っ越してきて、結の通う中学校に転校してきた。
それ以降は結と仲良くなって家に遊びに来るようになったのだが、当時の彼女は黒髪の大人しい女の子だった。
俺とは挨拶を交わす程度の面識しかなかったのだが、高校入学を機に彼女は変わってしまった。
何故か俺にやたらとちょっかいを出すようになってきて、当時の俺は正直ウザいと思ってあまり相手をする事はなかった。
なぜなら彼女は――コギャルになってしまったから!
「あ、先輩もいたんですね。おはようございまーす」
「あ、ああ、おはよう」
相良伊吹は金髪のロングヘアをたなびかせ制服を少し着崩していた。高校初登校にして中々攻めている外見だ。
高校デビューのつもりなのだろうが一体あの大人しかった彼女に何が起こったのだろう。
そんな伊吹は俺の顔を見るなり小馬鹿にしたような笑みを見せている。
心なしか彼女の目尻がピクピクしているようにも見えるんだが……もしかして無理矢理この表情を作ってる?
まあ、とにかく基本陰キャの俺にとって、陽キャ代表とも言えるコギャルは苦手な部類だった。それ故、かつての高校生の俺はこの陽キャなギャルを敬遠していたのだ。
おまけにいつも俺を挑発するような態度を取ってきていた。陰キャの俺をからかって遊んでいると思ったので彼女と接触しないようにしていた。
そんな生活がしばらく続くと彼女は家に遊びに来なくなった。その頃噂で聞いた話では、彼女は地元でちょっと有名な問題児と付き合うようになったらしく、妹の結とも疎遠になっていった。
あの頃それが原因で俺と結は大喧嘩をしてあまり喋らなくなり、再びまともな会話が出来るようになったのはお互い成人してからだった。
そんな経緯もあり、俺の高校時代はあまり良い思い出がない。
「どうしたんですかぁ、先輩? アタシの顔をジッと見て。……もしかして、朝からいけない気分になっちゃいましたぁ?」
朝っぱらからこんな調子である。着崩した制服の胸元から谷間が顔を出している。チラッと見るとかなり立派なお胸様だ。
当時は完全に関わらないようにしていたので気が付かなかったが、中々に素晴らしいスタイルをしている。
妹の結と比べて胸が大きく太腿はちょっと太めで全体的にムチムチしている。
中身が三十歳おっさんの俺の好みどストレートの身体をしていた。朝から眼福である。
「ああ、気にしないでいいよ。お兄ちゃんたら朝から変なのよ。実はさ――」
そうして結は朝の出来事を息吹に話しながら歩き始めた。
俺は楽しそうに会話をする二人と少し距離を取って『自分はこの二人とは関係ありませんよ』的な雰囲気を出しつつ歩いて行った。
その間、俺は伊吹とこれからどう関わろうか悩んでいた。以前のように敬遠していたら、俺はまた冷戦のような高校生活を送る羽目になる。
それにあの苦々しい思い出は俺にとってしこりとしてずっと残っていた。こうして高校時代に戻ってきたのだ。今度は前回と同じ
そうすれば、きっと伊吹と結の関係は悪くはならず、俺の高校生活もよりよい物になるはずだ。
ふと見ると伊吹が俺の方をチラチラ見ている事に気が付き、そこに違和感を覚えた。
その時の彼女の視線は俺を小馬鹿にしている時に見せるような感じではなかったからだ。
俺の勘違いでなければ好意的な印象を感じたのだが、まさかね――。
そんな疑問を胸に抱いたまま、我らが学び舎である大笑高校に到着した。学年が違う二人と分かれた俺は自分のクラスに足を運ぶ。
黒板に張り出された用紙に書いてある自分の座席に座り周囲の高校生たちを見ると、何となく見覚えがある者がちらほらいる。
しかし、基本陰キャでぼっちな暗黒時代の高校生活を送った俺にとって誰も彼もがおぼろげな印象しかなかった。
「おはよう、翔」
「――っ!?」
突然後ろから声を掛けられたので驚いて声が出なかった。振り返ってみると、そこには一人の男子高校生が立っていた。
そういえば高校生活で唯一友人と言える男がいた。俺と同じアニメや漫画が大好きなオタク友達【
「お、おはよう」
「二年も同じクラスだな。一年の時と同じクラスの奴がいてくれて助かったよ。――そういや昨日のアニメ観た?」
とまあ、こんな感じで裕太とはアニメの話ばかりしていた記憶がある。
高校時代はこいつのお陰で完全なぼっちだった訳ではなかったので本当にありがたい良い奴だった。
高校卒業後は俺が東京の大学に行ってしまい裕太は地元に残った。最後に会ったのはこいつの結婚式の時だった。
地元で彼女を作り結婚し二児の父親になっている。俺と比べて順風満帆と言える人生を送っていた。
この日は新学期初日ということもあり、一年の行事のオリエンテーションだけがあり午前中で授業は終わった。
裕太と別れ帰宅しようとすると俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
「お兄ちゃーん! 翔お兄ちゃーんてばー、無視しないでよー!」
周りに他の生徒がいるというのに、そんなのお構いなしで俺を呼ぶのはマイシスターだった。
その隣には伊吹もいる。本当に仲が良いなこの二人。
「……こんな公衆の面前で大きな声を出すな、恥ずかしい。それで何か用か?」
「せっかくだし一緒に帰ろうよ。息吹も一緒だしさ、三人で色々と話でもしながら帰ろ」
「はいはい、分かったよ。それじゃ、伊吹ちゃんも一緒に帰ろうか」
「よろしくお願いしまぁす。先輩」
朝と同じく伊吹の挑発的な笑顔は、よく見ると何だか無理矢理笑顔を作っているように見える。
もしかして、このコギャル。高校デビュー用に仕上げたこのキャラに適応できていないのではなかろうか?
かつては彼女の顔もちゃんと見ようとしなかったので新しい発見だ。
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