幕間

 去っていくラーサを引き止めようとしたクロウは、しかしなんと声を掛ければいいのかわからず、黙ったまま彼女の後ろ姿を見送った。が、ドームの暗闇の中にその姿が完全に消えると、彼女を一人にしておくのはまずいような気がしてきて、やっぱり彼女の後を追いかけようとした。


「待て」長老がクロウを呼び止めた。「クロウにも話があるんだよ」


「話って?」


 クロウはラーサを気にしてもどかしそうに言った。


 長老は呆れたように苦笑した。


「お前さん、自分が今回どうして狩りに出かけたのかその目的を忘れたわけじゃあるまい?」


 クロウはハッとした。彼は〈グローリア〉のハンターとして度々狩りに出かけては食料となる獲物を狩ったり、〈崩壊時代〉の遺物を回収――回収した遺物は再利用したり、バラバラにして資源として活用したりするのだ――したりしている。大抵は〈グローリア〉の周りを探索するくらいで、気をつけていれば大きな危険もない場所だ。


 しかし、今回彼が狩りに向かった場所は違った。


 現在、地球上に生息している動植物は〈崩壊時代〉の大量絶滅を生き抜いた生物種だ。けれど彼らが徹頭徹尾己の生存能力で生き抜いたわけではない。〈地球改造計画〉の恩恵を少しばかり受けているのだ。地球上の空気構成や土壌を操作して人間の生存に適した環境を築こうという〈地球改造計画〉は、結果だけ見れば大失敗の烙印を押される形となったが、ある一点においては突出した成果を残していた。それが動植物の遺伝子操作だ。絶滅を免れた動植物は遺伝子変異によって過酷な地球環境においても生存確率を格段に向上させたのだ。


 研究者たちにとって想定外だったのは、遺伝子変異によって生存した動植物――とりわけ肉食を主とする動物において、人間の脅威となるほどに獰猛な性質を宿した種が複数も誕生してしまったことだろう。クロウが狩りに向かった場所というのは、そのような肉食獣が闊歩し、縄張り争いを繰り広げているエリアだった。〈グーロリア〉からは歩いて三日以上かかる距離にあり、加えて長老から固く立ち入りを禁止されていることもあり、普段はクロウも間違っても向かったりはしない場所だった。


 そんな場所に狩りで向かったのは長老から提示された試験のためだった。


 クロウは隅に控えていた男の一人が自分の荷物を持っていることに気がついた。男から荷物を受け取り、中身を取り出すと長老に掲げて見せた。


「ホシノカケラにトーチソウだよ」


 星型の小さな花びらをつけた植物と穂先が蝋燭のような形をしている植物がクロウの手に握られていた。トーチソウは夜になると穂先がほのかに灯る性質を持っている植物で、すでにほんのりと発光し始めていた。これらの植物は希少で、この辺りではフィルモント山脈に連なるルジェモンの麓にしか群生していない。そして、ルジェモンに辿り着くには規制エリアを抜ける以外に道はなかったのだ。


 ほかにもイワイノシシやジャイアントホースなどの狩ってきた動物の肉や毛皮、ツノといった戦利品を並べていく。どれもすべて長老から狩ってくるように指示されたものだった。


 控えていた男がそれらを一つずつ長老の近くまで運んでいくと、長老は一つひとつを丁寧に検めた。一通りを検分し終えると「よし」と小さく頷いた。


「ご苦労だった。確かに、私が提示した品々であることに間違いないな」


「じゃあ!」


 期待の色を顔を染めるクロウに、長老は頷きを返す。


「うむ。クロウのダンジョン調査への参加を許可する」


 クロウは思わず雄叫びを上げてガッツポーズを取りそうになった。


 彼にとってこれは極めて大きな意味があった。ダンジョン調査は〈地底都市化計画〉が失敗した際に放棄された地底都市の探索が主なミッションとなる。地底都市は地球規模で広がっており、その多くが複雑な回廊で接続されている。彼自身は中に入って直接その全貌を目にしたことはまだなかったのだが、中に入った者の話では複雑に入り組んでどこまで広がっているのか見当もつかないそこはまさに迷宮という名にふさわしい場所だったという。地底都市には〈崩壊時代〉の遺物が地上よりも良好な保存状態で数多く発見されていることから、遺物を回収するのならダンジョンに潜った方がはるかに効率がいいとさえ言われている場所だった。が、クロウの知る限りでダンジョンの探索はほとんど進んでいない。ダンジョンの中には地上とはまた独自の生態系が構成されており、地上の生物よりも人類にとって脅威となる動植物も多いことが要因だった。かつてはそのせいで探索に潜った多くのハンターが犠牲になるという凄惨な事故もあったのだ。そして、長老が認めない限りダンジョンへ潜ることは許されなくなったのだ。


 つまり、長老からダンジョン調査に赴くことを許可されるということは、ハンターとして一流の腕前だということを認められたのに等しく、ハンターを生業とする〈グローリア〉の人間にとっては栄誉にほかならなかった。


「ありがとうございます!」


 クロウはにやけそうになる顔を堪えるのに必死だった。嬉しさのあまり、長老が続けて行った言葉も耳に届いていなかった。


 長老もそれに気がついたようで、「クロウ」と名前を呼んだ。何度目かの呼びかけでようやくクロウは「は、はい!」と反応した。長老は微苦笑を浮かべていた。


「話はまだ終わっていないぞ。嬉しいのはわかるが最後まで聞きなさい」


「すみません」浮かれて具合を指摘されてクロウはほんのりと頬を赤らめた。「それで?」


「うむ。お前さんも知ってるとは思うが、ダンジョン調査を行うときは毎回五名以上のパーティーでの探索を義務付けている。今回も五名のパーティーで探索を行ってもらうことになる」


「はい」


「ほかのメンバーはすでに選定済みだ。ハンスにロイド、アリスにジョエルだ。知っているな?」


「はい」


「今回のダンジョン調査ではお前さんがリーダーとなって彼らをまとめ上げなさい」


「えっ」


 クロウは言葉を失った。名前の上がったメンバーのうち、ハンスとロイドは彼よりも断然ハンター歴が長かったからだ。アリスとジョエルもハンター歴でいえば大差はないが、優秀なハンターだ。そんな彼らをまとめ上げろと言われれば、嬉しさよりもプレッシャーや不安の方が強かった。


「……さすがにそれは……だっておれ、初めてのダンジョン調査ですよ? ハンスさんは前にダンジョンに潜ったこともあって勝手を知ってるはずだし……そういう人の方がいいんじゃ」


「ハンスも経験はあるが少し歳をとりすぎている部分もある。後年を考えれば次の代により経験を積ませた方がいいと、私もあいつも考えているんだ」長老は言う。「安心しろ。クロウは今回、私が提示した課題を見事にクリアしてみせた。その結果も考慮して、お前ならできると判断したのだ。自信を持って望みなさい」


 クロウは拳を握りしめた。


「はい」


「調査開始は半年後だ。一度旅に出たらしばらくは戻れない。入念に準備を進めておきなさい」


「はいっ!」


 力強く頷き、彼はその場を後にした。ドームの中を少し進み、後ろを振り返る。巨木の幹が月明かりに照らされていたが、長老の姿はもう見えない。


 一人になると大役を任された実感をようやく感じてきて、身体の底から湧き上がる興奮を抑えきれなかった。


「〜〜〜〜〜っ!」


 何度もガッツポーズをするクロウの姿が暗闇の中に溶けて消えていった。

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