第二十六話『心の温度』
「……いつもの事じゃ。
信長は痛むこめかみ辺りを揉みながら、もう一つ桃に手を出す。
「
「徳姫が幼い時分に里帰りした折、帰蝶としゃぼん玉で遊んでおったら、迎えに参った築山殿が『里心がつきますので』と酷い剣幕で取り上げてなぁ。
あぁそうじゃ、『かすていらを欲しがり叱られた』と徳姫が言うもんで、帰蝶が
「“こんふぇいと”や“かすていら”などの南蛮菓子は勿論の事、“
光秀の正論に信長は心からの溜め息を
「幼な子の舌が覚えてしもうたら、どうしようもないのう……。
築山殿は何かある度、帰蝶が甘やかし過ぎたから、
まぁ築山殿も嫁を貰ったというより子を貰ったようなもんで厳しくなるんじゃろうが……。
徳姫には質素倹約を強いるが、本人は金使いが荒く贅沢三昧な暮らしをしておるのが
近頃は信忠だけでなく徳姫も帰蝶の網を使い動いとるようで、
結婚や同盟の難しさに、ほとほとうんざりする信長へ、更なる火の粉が降り掛からぬよう祈る光秀であったが、嫌な予感は案外早く現実のものとなる――。
◇
目の前に並んで座る帰蝶と徳姫の顔を一見し、信長は悪い話だと悟った。口火を切ったのは帰蝶だ。
「
築山殿の御両親は、娘婿である家康様が
今川家と生家が破滅に追い込まれ、一族衰亡の姫となった築山殿は、今も御二人を憎しみ恨んでおられ油断なりませぬ。
彼女は勝頼
勝頼殿は、家康様と貴方様を亡きものにし武田が天下を取った暁には、信康様と築山殿に相応の地位を与えると仰り、味方に取り込んでおられるのです」
帰蝶が間諜網により調べ上げた事実は、耳を疑うものであった。怒りを露わにする信長へ、感情を昂らせた徳姫が畳み掛ける。
「父上、築山殿は
その事を話してくれた侍女を信康は私の目の前で『口軽め――!』と罵り、口を裂き、首を掻っ切ったのです……! 私は怖くなり逃げて参り……、もう彼のもとへは帰りとうございません!
信康は元々気性が荒く、踊り子が振りを間違えれば弓の的にし射殺。鷹狩りで獲物がなければ通り掛かった僧の
◇
事を重く見た信長は、安土まで家康を召致。
心中穏やかでないのは明白であるにも
「
お主の正妻 築山殿は武田の医師と密通
家康の思う通りにすれば良い――」
自分だけでなく、信長をも
「誠に恥辱の極み――。弁明の余地もございませぬ。二人に問い質した所、少しの
息子らの近臣は二人を一切庇う事なく、全て事実だと認めております。
恥晒しの処遇を一任して下さった御配慮に、厚く御礼申し上げ奉り候。信長様の
◇
家康と築山殿は
其の道すがら、護衛の家臣より自害を迫られた築山殿は、頑なに拒んだ。しかし家臣は、金蘭や銀蘭の花々を愛でる後ろ首を
幽閉されていた信康に母の最期が報されると、彼は後を追うように切腹。
二人の首は安土城の信長の前で、並んだ――。
“本能寺の変”には『黒幕』がいた――。
この作品は史実を基にしたフィクションであり、作者の妄想が多分に含まれます。何卒ご容赦頂けますと幸いです。
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