第二十三話『消せぬ因縁』

 妻 煕子ひろこの献身的な看護により、光秀は一命を取り留めた。

しかし、末枯うらがれた木の葉舞う杪秋びょうしゅう――、今度は 煕子ひろこが病に倒れ、流浪時代から力強く支えてくれた愛妻は、天に召された……。


 悲しみに暮れる間も無く、年明けには丹波攻めを再開。藤孝と其の息子 忠興ただおきの協力もあり、丹波亀山城を落とし拠点とする。


 時を同じくして、秀吉も播磨はりま(兵庫南西)但馬たじま(兵庫北部)平定に尽力。姫路ひめじ城を拠点とし、西国さいこく攻めの足掛かりは着々と作られていった。


 ◇


 次の攻城戦を前に、安土城へ戦況の報告に訪れた光秀と秀吉は、信長から思わぬ作戦を命じられる。


「本願寺の兵力と物資の補給拠点である、紀伊きいの惣国(和歌山)雑賀さいかの寝返りを図れば、本願寺勢の根も枯れる。光秀と秀吉には得意の調略で雑賀さいかの切り崩しを任せたい」


 義昭と毛利氏が陣取る西国を攻め討とうと画策するも、義昭のめいを受けた本願寺 顕如けんにょの邪魔が繰り返され思うように進まない。

信長は光秀と秀吉の“調略の力”を認め、説得と誘惑の妙技が光る『寝返り交渉』の成功を信じていた。


 安土城から帰る道すがら、秀吉は馬の速度を緩め、ぽつりこぼす。

「裏切りを嫌う信長様が、表立って調略戦を掲げるとはな……」


「武将ならば当然の戦術。城主や土豪が寝返れば、味方の兵を削る事なく敵方の兵士も手に入る。いくさで荒れれば、勝利し手に入れた領地の立て直しからせねばならんのじゃぞ」


「そうじゃが信長様は変に潔癖な所があるからの。寝返った者を信じられんじゃろ。それなのに此度こたびは、随分と追い込まれておられるんか思おてのう」


 ◇


 光秀と秀吉の調略は、信長の思惑以上の成果をあげた。雑賀さいか衆の半分以上が、信長に寝返ったのだ。

二人の報告を聞いた信長は大層褒め称え、立ち所に出陣を求める。

「千載一遇の好機じゃ。山手と浜手の二手に陣を分けようと思う。山手を秀吉に任せたい」


「御意のままに」


「浜手には当主信忠を据え、その弟 信雄も伊勢から駆け付ける。まだ若い二人じゃが、光秀と藤孝で支えてやってくれぬか」


「心得て候」


 ◇


 経緯を聞いた利三としみつは、苦い顔を隠さなかった。

「丹波はどうなるのです! こちらも勢いに乗っていた所、光秀様と伝五が調略に駆り出され、次は出陣ですか!?」


 彼は人にも自分にも厳しく、元より口調や表情に柔和さはない。だが溜まりに溜まった鬱憤がとうとう爆発してしまったのだろうと、光秀は彼の心に寄り添うように自説を述べる。


「丹波攻略の為、手強い土豪相手に死力を尽くしてくれている家臣らには、旗印が転々とし進む方向に迷いを抱かせた事……誠に申し訳なく思う。

しかし、我々が丹波を平定するのは何の為か――。

悪政により世を乱した悪将軍は追放されたにもかかわらず、未だ西国にてとも幕府なるものを開き、密書を濫発しておる! その所為せいで天下は静謐に程遠い。

義昭を断たねばならんのだ! その義昭に擦り寄る毛利も本願寺も、力を貸す雑賀さいか衆もじゃ!

義昭は周囲を利用し、おとしめ、見下す……! 我儘で調子に乗りやすく、人の物を欲しがっては癇癪を起こすのじゃから、理性の欠片も無い! 甘え上手で尽くされて世を渡る――歪んだ野心の持ち主。何が何でも上洛を諦めることはないじゃろう! 私には責任がある。

義昭を、祭り上げた責任が――!」






“本能寺の変”には『黒幕』がいた――。

この作品は史実を基にしたフィクションであり、作者の妄想が多分に含まれます。何卒ご容赦頂けますと幸いです。

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