第四話『氷塊の心胆』
信長は
二人は
「
「あぁ、健やかに過ごしておるはずじゃ」
何の根拠もない慰めが、帰蝶の心を
「……。
「光秀に任せておけば大事ないと言ったのは、
“決心が揺らぎそうで足が進まなかった”とは悟られたくない男の虚栄から、思いの
しかし小さな
「そうですが……」
「なんだ。はっきり申せ。それが帰蝶の良い所ではないか」
「……私が、人生で一番寂しかった日、ただ側に居て欲しかった……」
余りに苦く悲痛な声に、自分の事ばかりで彼女の気持ちを
父 政秀が亡くなり、其の翌年には義父 道三も討たれ、意図せず二つの家督争いに於いて台風の目となった信長は、誰かを思い遣る余裕を無くしていた。
「帰蝶……。誠に、思い至らず悪かった。許してくれ――」と細い肩を抱き寄せた厚い胸元を、彼女は両手で押し退ける。
信長は自身を真っ直ぐに見つめる悲しみの色が、夜叉の瞳に変わる瞬間に
「側室をお迎えになったと聞きました。父上が亡くなった途端、私をこの地へ追いやり、
「――! それは、本心か……」
息を呑み悲愴な面持ちで尋ねるが、帰蝶は物ともせず無言のまま睨みつける。
「……帰ったら、引き合わせようと思うておった」と臆しながら彼女へ返された言葉も、「要りませぬ」と手酷く叩き斬られる。
「そう言うな。夫を亡くし弱っておるのを、励ましてやっただけ。幼い頃に遊んだ仲、……帰蝶にとって光秀のようなもの」
帰蝶が留守の間に側室となった
しかし其れが純粋な優しさで無かった事は、自身が一番理解している。精神の糸が限界まで張り詰めた肉体を預け、傷の舐め合いから始まった結び……。
「励まして差し上げたら、
凍てつくような冷たい眼差しを向けられ、信長は目を伏せる。
「――いや、……」
「どうなさいました。あぁ。貴方様のお子かどうかは――」
「ん……!
一気に張り詰めた夫の威勢に、苛立たしさは頂点に達す。
「もう結構。清洲へは帰りませぬ!」と強く吐き捨て、肩で風を切り、振り向きもせず寺へと入って行った。
そんな帰蝶の背中を、信長は打つ手無く茫然と見つめる。政略結婚という根底の上に積み重ねてきた愛を眼前で迷いなく否定され、追いかける勇気など持てるはずもなく、ただ立ち尽くすのだった。
◇
二度目となる
他方、信長と
陽気で社交的な吉乃は、すぐに清洲城の皆とも打ち解け、多くの人に囲まれながら幸せな日々を送る。
帰蝶が身を寄せる湖北の寺にも、二人の仲睦まじい
しかし熱心な
財力と情報力に富んだ土豪の娘 吉乃を側室に迎え入れたのも、美濃を攻略する為の足固めである事は想像に難く無い。
困り果てた信長は、美濃攻めの拠点として築城した
“本能寺の変”には『黒幕』がいた――。
この作品は史実を基にしたフィクションであり、作者の妄想が多分に含まれます。何卒ご容赦頂けますと幸いです。
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