第4話 嘘の世界

 明佳が意識を失ったのは高校一年生の夏休みのこと。

 交通事故だった。道路に飛び出して車に轢かれそうになっていた猫を咄嗟に助けようと道路に飛び出したらしい。事故現場に猫の死体はなかったから、猫は助かったのだろう。だけど、明佳は無事では済まなかった。


 何ヶ月、何年もの昏睡状態。何度も何度も、私は明佳のもとにお見舞いに行ったけれど、目を覚ますことはなかった。

 眠るように、ただ横になり続ける明佳。

 そんな明佳を見て、私は彼女にを見せようと思った。


 完全没入型仮想現実フルダイブシミュレイディヴリアリティ


 高校を卒業し、工学部の大学を経て、一端の新技術研究家になった私は、遂にその機構システムを作り上げた。世界を根本から変える技術。


 現実をそのまま仮想現実空間に移し替えコピペすることで、現実世界と変わらない感覚で仮想空間を過ごすことができる。これによって、五感に障害を持つ人でも訓練して、仮想現実シミュレイティブリアリティの中で、他の人の経験している世界を共有したり、過去の体験や都市を再現することが可能となった。


 だけど、そんなことよりも。

 そんなことよりも、私が求めていたのは明佳との青春を取り戻すことだった。


 昏睡状態にある患者の意識を仮想現実シミュレイティブリアリティに接続することができるかどうかは大きな賭けだったけれど、私が再現した、かつての高校生活をした街の中に。


 明佳は復活した。


 事故の前のまま、私の前に姿を現した明佳を見て、もう何年も流していなかった涙が溢れた。

 ポロポロと溢れ落ちる涙に溺れる中で、私は誓ったのだ。

 彼女の過ごす、この世界を彼女が望む限り守ろうと。彼女と一緒に、また新たにこの青春をやり直すのだと。


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