第3話 海の向こう
海までは予定通り、電車とバスで向かった。
電車の車内で揺られるうちに明佳が眠ったのは、私としては助かった。
電車を降りて、海岸沿いの駅まで向かう間、二人でいつものように取るに足らない話をたくさんした。
「──それであのコスメが可愛くて、真優にも買ってあげようかな、と思ったんだけど」
「いいよ、私はそういうの、あんましやらないし」
明佳が化粧したりお洒落をする姿を見るのは好きだけれど、私自身が着飾ったりすることに興味はない。
「でしょ? 私もそう思ってさー。だから今度色々教えるから、お洋服買いに行くみたいに一緒に行こうよ」
「まあ、明佳が言うなら」
そんな話をしているうちに、バスが海外沿いの最寄駅に到着した。
バスから降りて少し歩く。潮を感じる冷たい風が流れて来たかと思うと、目の前に海が現れた。
「海だ!」
明佳が両手を挙げて大きな声で叫ぶ。そして上着を脱ぎ、あらかじめ着てあったらしい水着姿になると、海岸に駆け出した。
「冷たーい!」
流れてくる潮水の中に足を踏み入れて、明佳は楽しそうに笑う。
私はホッと小さく息をついた。
「真優も来なよー」
「私は着替えないとだからー」
私は明佳のように水着を下には着ていなかったので、近くにある更衣室に行き、明佳の選んでくれたワンピース系の水着に着替えて、明佳のところまで歩いて行った。
「いいね、可愛いじゃん!」
私の水着姿を観て、明佳はグッと親指を立てた。
明佳にそう言われると少し気恥ずかしいが、悪い気はしない。
「明佳こそ、可愛いよ」
私は顔が赤くなるのを感じながらもそう返した。
明佳はその言葉に歯を剥き出して笑い、また海の中に足を踏み入れた。
「えい!」
私は濡れないようにそっと明佳に近づいたが、案の定明佳は私に向けて水をかけてきた。やると思いましたよー。
私も観念して、明佳に水をかけ返す。
「やったなー」
そう言いながらも楽しげな明佳につられ、私もつられて笑みが溢れる。他に客はいない。私と明佳の二人きりで、水平線を向こうにして笑い合う。
「ねえねえ、これで遊ぼうよ」
明佳は家から持ってきたバッグの中から小さく折り畳められた何かを取り出した。
「何それ」
「ビーチボール!」
「ああ」
明佳はぺちゃんこになったビーチボールを膨らませた。私と明佳はそれを手で打ち合ったりしながら遊んだ。
しばらく遊んで、砂浜にシートを敷いて座った。
潮風が私たちの間を駆け抜けていく。
明佳は遠くに見える水平線をじっと見つめていた。そこに何かが見えているかのように、ただ一点をじっと。
「どうかした?」
あまりに一点を見続ける明佳に心配になり、思わず尋ねた。
「んー」
明佳は考え込むように指を顎にあてて、ようやく私の方を見た。
「あの向こうってどこまであるのかな、と思って」
「どこまでって」
今度は私の方が考え込む番だった。あまり悩んでいても仕方がないので、私は思いつくことを適当に答える。
「こっちは太平洋だから、もっと向こうにはハワイとか」
「ホントに? じゃあさ、いつか真優と一緒にハワイにも行ける?」
「それは……」
私は黙りこくる。それに対して「うん」とすぐに答えることができなかった。
「ごめん、意地悪なこと聞いたかも」
明佳はそう言って、今度ははにかんだような笑顔を私に向けた。
「わかってるんだ。海行きたいってのも、多分無理言ったんだな、ってこと」
「何を、言ってるの」
明佳はすっと立ち上がる。私の方からすっと顔を背けて、やはり水平線の一点を見つめる。
海風が鳴る。満ちていく潮が、少しだけ明佳の足に触れて、また戻った。
「わたし、もう死んでるんだよね?」
明佳は暫しの沈黙の後、ただ一言そうつぶやいた。
その一言を聞いて、胸の中からこみ上げてくるものに、私は抗うことができなかった。
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