我が家のリモコン争奪戦

炭石R

我が家のリモコン争奪戦

「今日は絶体に譲らないからなッ!」


「勝つからいいもん!」


 俺と妹の珠有しゅうは、テーブルの上のリモコンを挟んで向かい合っていた。

 今からこのリモコンを賭けて、仁義なき戦いが繰り広げられるッ!




 なぜこんな事になったのか?




 それは数ヶ月前に遡る―――




 俺は高校から帰ってテレビを見ていた。

 毎週水曜日の18時からやっているテレビ番組、アイドルVS鯖イバルサバイバル。通称ドル鯖ドルサバだ。

 追いかけてくる鯖イバルから逃げ延びる事を目指す番組で、生き残ったアイドル達で賞金100万円が山分けされる。


 そう、されるのだ。

 だから自分の獲得賞金を増やそうとアイドル達が蹴落とし合う事も多く、その駆け引きが見ていて面白い。

 以前、同じグループに所属する28名が出演した時があった。その時の壮絶な蹴落とし合いを見て、この番組にハマったのだ。


 それに、鯖イバルは鯖がモチーフになっているので、水鉄砲を使ったり、舞台が水上だったりする。

 つまり、水に濡れたアイドル達を見られるのだ。それが目的で見ている人も多いと思う。




 今日のドル鯖は特別版。巨大水上アスレチックが舞台で、アイドル達が全員水着姿だ。

 逃げるアイドルと、追う鯖イバル。

 水鉄砲や様々なギミックで徐々に濡れていく姿が艶めかしい。




 ――しかし、突然チャンネルが変えられた。




 振り返ると、珠有がリモコンを持って、ゴミを見るような目で俺を見ていた。


「見てたんだけど……?」


「私はちゃんと声掛けたよ?水着姿の女に夢中になってたお兄ぃは気づいてくれなかったけどね」


 どうやら無視してしまったらしい。ご機嫌斜めだ。


「悪かったって。謝るから戻してくれ」


「むり。私はこれが見たいの」


「いつもはこんな番組見てないだろ?今日は特別版なんだよ。頼むって」


 珠有が見たいと言い張っているのは、よく分からない外国の風景を流した番組だ。いつもは絶対に見てない。


「絶対にいや。それに、私のお兄ぃはこんな女を見て喜ぶ変態さんじゃない筈だよ」


「変態ってお前なぁ……アイドルが水着姿だったからって言い過ぎだろ。俺は水着だから見てた訳じゃなくて、普段から見てるからな?珠有も知ってるだろ?」


「うん、知ってるよ。普段から水に濡れた女にえっちな目を向けてること」


 俺は説得のつもりだったんだけど、更に機嫌が悪くなってしまった。


「俺はアイドル達の駆け引きとかをメインで見てるんであって、そういう目的で見てる訳じゃ無いからな?」


 確かに水に濡れたアイドル達はエロいし、今日の水着回は少し楽しみにしていた。でも、エロいだけの番組なら見る事は無いだろう。


「じゃあ、出てるのが全員おじさんでも見るの?」


「それは……また別の問題と言いますか」


 おじさん達が海パン姿で走り回っているのを見るのは流石にキツいだろ……?


「ならそういう目的もあるって事でしょ」


 ヤバい。相当怒っている。とりあけず、今は珠有の機嫌を取るべきだな。


「わかったよ。たまにはこれを見るか。ほら、一緒に見よう?」


 俺がそう言うと、珠有は無言で膝の上に座ってきた。

 良かった。この時点で拒否されていたら機嫌を取るのが難しくなるからな。



 そのまま後ろから頭を撫でたり、抱きしめたりしながらテレビを眺めていると、珠有がようやく口を開いた。


「あのさ、オーストリアってどこ?オーストラリアの首都?」


 そこからかよ…

 一応受験生だよな…?


「ヨーロッパにある、ちゃんとした一つの国だよ」


「ふーん。あんま面白くないね、この番組」


「そ、それならドル鯖に――」


「それはいや」


「そっか……」


 とりあえず今日は諦めるしか無さそうだ。


 その後も珠有と話しながらテレビを眺めて、膝枕をして、夜ご飯を食べた。夜は久しぶりに一緒に寝たから、機嫌は完全に治せただろう。




 しかし、これで一件落着とは行かなかった。




 その翌週から、珠有がその日は面白くないと言っていたはずの番組を見たがるようになった。

 だから、俺はドル鯖を録画して深夜にコッソリと見ていたんだが、珠有に気付かれて消されるようになった。

 ネット配信もやっていなくて、どうしたものかと悩んでいた時に、「私との勝負に勝ったら、見てもいいよ」と言われて今に至る。




 勝負内容は交互に決める。




 先週は俺が得意な格闘ゲームを提案した。もちろん勝ったが、普段と違い珠有にどうしても見たい特番があったので、その特番を一緒に見た。


「今日は何で決めるんだ?」


「愛してるゲームで勝負だよ!」


 愛してるゲームとは、交互に愛してると言い合って、先に照れた方の負け。という主にがやるゲームだ。

 兄妹でやるゲームじゃないと思う…


 珠有は、変なゲームを選ぶ事が多い。先々週はポッキーゲームで、その前は脱衣麻雀を提案してきた。

 そもそもお互い麻雀のルールすら知らなかったからやらずに済んだけど、どこでそんな不健全なゲームの知識を得てるのか。お兄ちゃんは心配だぞ?


「なぁ、他のゲームに変えないか?愛してるゲームって勝敗の判定難しいだろ」


 そもそもどこからが照れたのか基準が無いからお互いに照れてない!と負けを認めなかった場合、勝敗が決まらない。

 まあ、それ以前に色々と言いたい事はあるが、それは堪える。言ったところで無駄だからな。


「絶対にお兄ぃを照れさせる秘策があるから平気だよ。ちょっと待ってて」


 珠有はそう言い残してリビングを出て行った。




 少しして戻ってきた珠有は、水着を着ていた。珠有が学校で使っているスクール水着だ。

 体のラインが浮かび上がり、中学生にしては大きい胸と細いくびれがよく分かる。


「ちょ、ちょっと待て?その格好でやるのは反則だろ」


「服装を決めるルールは無いもん。どう?スク水で悩殺で瞬殺作戦っ!」


 胸を張るな胸を。

 こういう時の珠有はどうやっても止まらないから、大人しく従うか。

 悩殺で瞬殺とか言ってるが妹だぞ?

 確かに珠有の体付きは、はっきり言ってエロい。


 ――だがッ!妹に照れる訳が無いッ!


「そんな作戦は通用しないぞ?妹に悩殺される兄とか存在しないからな」


「ふーん。まぁいいよ、始めよっか。私が上ね」


 ん……?

 愛してるゲームって先制と後行はあっても上とか下なんてあったか?と思っていたら、珠有が膝の上に座ってきた。しかもこっち向き。

 水着だから臀部の柔らかさが直に伝わるし、何より胸の圧迫感が凄いッ!


 そして、珠有は俺を抱きしめて、耳元で囁いた。




「世界でいちばん愛してるよ、お兄ちゃん」




 ――――顔が沸騰してる程に熱い。おそらく耳まで真っ赤に染まってるだろう。

 確かに悩殺されたし、瞬殺された。完璧な作戦だ。


「ふふ、凄い顔真っ赤だよ?妹に悩殺される兄。こんな所に居たね?」


 始める前に調子に乗ったせいで、さらに追撃を喰らう羽目になった。これ以上何かされたらマズい。具体的に言うと、俺の下半身が暴走して、兄としての尊厳が地の底まで堕ちていく事になる。


「も、もう俺の負けで終わりだろ?早く退いてくれ」


「嫌だよ、あんな番組見てたんだもん。お兄ぃにとってはご褒美でしょ?」


 俺の願いは却下されて、更に体を密着させてくる。その結果、俺の下半身に血液が集中していき、起き上がる。




「きゃっ……!」


 ――危ねえッ!!


 俺は間一髪の所で珠有の体を持ち上げて、なんとか接触を回避した。


「ねえ、そんなに嫌だ……あ。」


「あ……」


 終わった……。

 珠有の視線が下にズレていき、今度は珠有の顔が真っ赤に染まった。

 俺は珠有を床に下ろすと、謝罪しようと口を開いた。


「ごめ――」


「ベッド行こっか?」


「行かねぇよッ!ナニ言ってんの?!」


「だって、始めてがリビングは嫌だもん」


 ――けど、俺の言葉は遮られ、とんでもない事を言ってきた。リビングは嫌とか、もしちゃんとベッドに行ったら良いのかよ……。


「だめ……?」


 俺が何も言えずにいると、不安そうな瞳でのぞき込んできた。


「何の事を言ってるか分からないけど、珠有はまだ中学生だろ?年齢的にアウトだから」


 それ以前の問題が色々とあるのは置いておいた。今の俺だと、珠有に説得されかねない。

 実際には年齢差がギリギリ4歳だから問題は無いけど、そこまでは知らないだろう。


「ふーん。ごめん、冗談。でもさ、今のは私に興奮してくれたってことだよね。それならあんな番組見なくてよくない?私の水着姿ならいつでも見せるし、この大きいのも自由にしていいんだよ?」


 胸を持ち上げて、誘惑するように言ってきた。

 珠有は俺がドル鯖をそういう目的で見ていると、本気で勘違いしているらしい。


「俺がドル鯖を見てるのはアイドル達の駆け引きが面白いからだって、前にも話したよな?」


「え、あれほんとだったの?」


「ほんとだって。信じてくれ」


 珠有としっかりと目を合わせる。

 これで俺が嘘を吐いていないと伝わるだろう。


「ほんとなんだ。ごめんなさい」


「大した事じゃないし、謝らなくていいって。そしたら、来週からは普通に見ていいよな?もちろん珠有がほんとに見たいのがある時は、それを見ていいから」


 これで不毛なリモコン争奪戦に終幕が訪れるだろう。

 やはり争いは良くない。生んだのは妹のスク水で悩殺で瞬殺&欲情バレ事件という黒歴史だけだからな。

 まあ、楽しかったのは否めないが。


「うーん…」


 と思ったのに、珠有はまだ納得していない様子。


「それでも、お兄ぃがあんな番組を見てるのはちょっと嫌かも。だからその分いっぱい甘えてもいい?」


「そんな事、わざわざ聞かなくても良いに決まってるだろ?いつでも、どれだけでも甘えてくれ」


「うん!いっっぱい甘えるから覚悟しててね!」




 今度こそ、リモコン争奪戦が終結した。








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