第五章「アルエット」

第五章 - Ⅰ

 学祭へ向けて僕たち生徒会だけではなく全校生徒が動き出している今日この頃。灰色の髪を持つ少女、クローネとの戦闘を経て彼女を保護した。もちろん僕の家に預けるわけにはいかず、クローネはホノカとササコ先輩が様子を見ることとなった。

「それで、クローネはどんな様子なの?」

 あの戦闘の翌朝。いつものように三人で登校する際、クレインがホノカへ問いかける。

「そうだな……終始、口数は少ない。とはいえ自分の素性を全く覚えていないんだ、それも致し方がないはずだ。私のことを「先輩」と呼んでくれたのは嬉しかったな」

 ホノカもあの日のクレインのように、微笑を湛えながら声を少しだけ高くする。執行兵は縦社会ではなく横社会。上下の世代間で交流がないと言っていたから、こんな感覚は新鮮なのだろう。

「まあ、確かにあなたの言う通り、悪い気はしないわね。ただ、クローネも元々は私たちに刃を向けてきた存在よ。いつ敵になるか分からないわ。その辺り、留意しないとね」

「もちろん分かっている。私もササコ先輩も、最悪の事態に備えてすぐにヴァリアヴル・ウェポンを展開できるようにはしているからな。心配するな」

 ホノカが言うのはあくまでも襲われたときの対応策だ。僕はというと、クローネの今後を気にしていた。

「でも、ずっとあのままってわけにはいかないよね。クローネのことはどうするの?」

「それは私も考えているんだが、なかなかいい案が思い浮かばないんだ。一番いいのは同じ高校に通わせることだろうな。一年生として」

 同じ高校にいるとなると、気になるのはコルネイユ先生の存在。昨晩、あのような激しい戦闘の末に彼女が何食わぬ顔で出勤するとは思えないが、クローネを手駒として使いたい以上、必ず先生とはまた刃を交えることになるだろう。だが、さすがに人間がいる高校では襲わないはずだ。

「いい案じゃないかしら。ついでに生徒会に入れて、タカトがやっている書記か会計の業務を引き継いでもらえばいいのよ」

「クローネが書記か会計? 僕の業務を?」

「ええ。タカトも少しは手が空くでしょう? ただでさえ学祭の準備は忙しいんだから」

 クレインが放ったクローネの処遇に対する案のひとつ。彼女を生徒会に入れ、僕の仕事の半分を引き継いでもらうこと。そんなことが可能なのか、と第三者であるホノカへ視線を移す。

 僕の視線に気づいたのか、軽く腕を組んだホノカは己の見解を示した。

「そうだな。確かに生徒会のメンバーになってもらえば、クローネと接する機会も格段に増える。ササコ先輩も大学やゲートの調査で家を空けることが多いから、クローネにひとりで帰らせることになる。それは危険だ。だからクレインの案も全くなしではないな」

「そうよね。すぐには難しいと思うけれど、今度あなたの家に行ったときにでも打診してみるわ」

 クレインはすっかりその気だ。教師陣や生徒たちはどうするのかとも思ったが、彼女たちが少し記憶を弄れば万事解決。おまけに僕の手も少しは空くはず。ホノカの言う通り、悪い案ではないのかもしれない。

「クレイン、そこは僕が言うよ。引き継ぐのは僕の仕事だし」

「あら、そう? あの子、どちらかというとあなたに警戒心を抱いていると思うけれど」

「う……」

 そこを突かれるとさすがに分が悪い。クレインやホノカ、ササコ先輩が特別なのであって、本来はクローネのような反応が一般的なのかもしれない。まだまだ信頼関係を築くには程遠い、まずは普通に会話できるようになることが先決だと感じた。


 その日は普段通りに過ぎていった。結論から話すと、コルネイユ先生とは会わなかった。一番の懸念事項だったことだが、たまたま彼女と会わなかっただけなのか本当に高校に来ていなかったのか、それは分からない。もし後者であれば、クローネを奪還する算段を重ねていることになる。もちろん、コルネイユ先生だけではなく、クローネが言っていた「アルエット」という存在も。あの日、校門で出会ったあの純白の少女の姿がちらついている。ある種の確信。彼女がもし「アルエット」だったのならば、あの日の台詞の数々も納得できる。彼女の探し人はコルネイユ先生で、彼女はクレインやホノカのことを知っている。あの時点ではコルネイユ先生は着任していなかったはずだが、きっと学校を探る目的で侵入していたのだろうと推測できる。先生の目的であるヴァリアヴル・ウェポンを所持している執行兵を見定めていた。その可能性は否定できない。

 色々と考えているうちに六時限目が終わり、クレイン、ホノカと共に生徒会室へ向かう。今日も学祭の準備だ。ホノカの指示の元、僕は学祭に関わる経費などの計算を行っていた。最終的には学校側が判断することとはいえ、これも立派な生徒会の仕事。執行兵である彼女たちと共に行事の準備をしている状況は異様には違いないが、これはこれでいいのかもしれない。

 そこで、僕はササコ先輩が生徒会長として采配を振るっていた頃の資料が若干見当たらないことに気が付いた。去年の分が丸々抜けている。

「ねえホノカ、ササコ先輩の資料ってこれで全部かな?」

「ん? そうだと思ったが、もしかして足りないか?」

「うん。倉庫に忘れてきたかな」

 特別教室棟の端にはなるが、生徒会が管理している倉庫がある。過去の生徒会メンバーが残した会計資料や会議の議事録など主に書類の類が保管してある。かなり埃っぽいのが気になるが、去年の資料に目を通しておきたい。僕はソファから立ち上がる。

「去年の資料は手前の方に置いてあるはずだから、ちょっと取ってくるよ」

「特別教室がある棟よね、大丈夫? あの片眼鏡が現れたら厄介だわ」

「大丈夫だよ、クレイン。いざとなったらスマホで連絡するから」

 今はクレインもホノカも一台ずつ所持しているスマートフォン。彼女たちへの連絡もこれで安心だ。さすがのコルネイユ先生も白昼堂々僕を襲わないだろうし、そもそも今日は彼女の姿を見ていない。

「タカト、くれぐれも気を付けてな。クローネの話によると、敵はコルネイユ先生だけではなさそうなのだろう?」

 またも頭を過る白い髪の少女。もう既におぼろげな記憶になっているが、あの少女はコルネイユ先生を待つために校門に立っていたほどだ。まさか高校の内部まで侵入してくるとは思えない。

「そうだけど、多分大丈夫だよ。じゃあ、行ってくるね」

 ホノカはもちろん、クレインも各クラスの催し物の件で忙しそうだ。僕の護衛だけのために彼女たちの手を煩わせるわけにはいかない。

「もしすぐ帰ってこなかったら様子を見に行くわ。その前にちゃんと連絡すること、いいわね?」

「ん、分かったよ」

 クレインに押された念を苦笑で返しつつ、僕は生徒会室を後にし倉庫へ向かった。

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