第四章 - Ⅶ

 そして、次はこちらから質問をする番。クレインは少しだけ表情を引き締める。

「それはともかく、あなたはどうやってこの世界に来たのかしら。その制服を身に纏っているということは、まだ研修生よね。ヴァリアヴル・ウェポンにしても研修が終わらなければ支給されないはず。その辺り、覚えていることだけで構わないから教えてくれる?」

 コルネイユ先生はクローネのことを「正式な執行兵ではない」と言っていた。そして、そんな彼女を先生が拾ったことも。つまり、クローネは何らかの形でゲートを通り、こちらの世界に来た。そして、コルネイユ先生に拾われた。その認識で間違いはなさそうだ。

 クレインの質問はクローネの核心に迫るものだったらしい。クローネは膝の上で、自らの拳を固く握った。

「どうやってこの世界に来たのか、それは分かりません。覚えていないんです。ただ、私が執行兵の研修を受けていたことは確かです。何らかの手段でこの世界に来てからは、あの白衣を着た女性ともうひとり……白い髪の女性に拾われたんです」

「白い髪?」

 もちろん、クローネを拾ったのは目の前にいるクレインではない。彼女も綺麗な白銀の髪を持っているが、全くの別人のようだ。そこで、僕の脳裏にある記憶が蘇る。


 ――あら、ごきげんよう。


 クレインと同じ白銀の髪をセミロングに切り揃え、真っ白なワンピースを身に纏い、日傘を携えた少女。クローネと初めて会ったあの日、校門前で邂逅を果たした彼女の声が、鮮明に思い出される。

 しかしクレインもホノカもそのことを知らない。ただ、クローネが言う「白い髪の少女」は、僕が出会ったあの少女と同一人物であるという根拠のない確信があった。

 クローネは続ける。

「はい。白衣の女性は「コルネイユ」、白い髪の女性は「アルエット」と名乗りました」

「コルネイユはあの片眼鏡だけれど、アルエット……聞いたことがないわね。その白い髪の女も執行兵なのかしら」

「いいえ。そうではないと思います。ただ、アルエットは私を物のように扱いました。彼女に触れられると、私の中の思い出したくない記憶を引きずり出されるというか……ともかく、アルエットの洗脳紛いの行動に抵抗できなくなった私は、このヴァリアヴル・ウェポンを与えられ、ヒドゥンを狩るよう命じられました。その辺りの記憶も、曖昧ですが」

 クローネはスカートのポケットから、例の懐中時計を取り出した。照明を浴びて鈍く光るブラックメタルの時計。クローネが手にしていたナイフの変形前の姿だ。

「だからあなたは執行兵ではないにも関わらず、ヴァリアヴル・ウェポンを持っていたのね。片眼鏡……コルネイユは武器の開発者だから、あなたにそれを作って与えることなんて造作もない。そういうことなんでしょう?」

 クレインの推察は的を射ているように思えた。ただ、クローネには確信がないのか、弱々しく俯くだけ。そこで、キッチンにいたホノカがトレイを携えて戻ってきた。

「クレイン、あまり質問攻めにするのもよくないぞ。その様子だと、ろくに栄養も摂れていないはずだ。簡単なものだが少しでも食べた方がいい」

 ローテーブルに置かれたトレイの上には、温かいブラックコーヒーと茶菓子が載せられていた。

 ホノカの言う通り、暗がりでは気づかなかったがクローネの顔色は確かにあまりよくないようだ。アルエットと名乗った女性に物のように扱われていた、と本人は言った。食事も摂らせてもらえなかったのだろうかと彼女の細い身体の線を見て心配になる。

「あ、ありがとう……ございます。えと、その……こんな立場で大変申し訳ないのですが、できれば砂糖とミルクを――」

「ああ、すまない。すぐに持ってくる」

「私たちは使わないからね。クローネ、だったかしら。案外、甘党なのね」

 クローネを前にしてから初めて、クレインが笑顔を見せた。顔を合わせて話をするとき、相手が笑顔を見せれば自然と警戒心も解かれる。執行兵の彼女たちも例外ではないようで、ほんの少しだけ、クローネの表情も綻ぶ。

「子供っぽい、でしょうか。この世界に来る前もよく言われました。コーヒーは好きで飲む方だったんですけど、甘くないと……あっ」

 彼女たちの世界にもコーヒーはあるんだなと個人的な感想を抱いていると、不意にクローネが僕へ視線を移した。僕に対しての警戒は解かれていないようだ。

「記憶を操作しようとしても無駄よ。私の記憶操作は他の執行兵では上書きできない。それに、私たちはもう敵じゃないわ。あなたの好みや趣向くらいは話してもいいんじゃないかしら?」

「そ、そうだったんですね……クレイン先輩になら構わないんですけど、この人間に知られるのは少し恥ずかしいです」

 クレインは自らの呼称に「先輩」が付いたのが嬉しかったのか、微かに頬を緩めた。それとは真逆に僕を「人間」呼ばわりする辺り、彼女の警戒心を解くためにはまだ時間が掛かりそうだなとつくづく思った。

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