第四章 - Ⅴ

「君の言葉は否定しないよ。私の攻撃に勢いも覇気も無いのは理由がある。私の目的はあくまでも武器を回収すること。自分で戦うことは想定の範囲外だ。だからこそ、そこのクローネを派遣した」

「ねえ、片眼鏡。ずっと訊きたかったのだけれど、そこの灰色女は何者なの? あなたと組んでいることに間違いはないけれど、どうしてあの服を着ているのかしら。あれは私たちが研修時代に着ていた物と同型、つまりは研修生としての制服よ。灰色女が執行兵であることは間違いないようね」

 コルネイユ先生の表情が微かに変わる。彼女は刃を握った両腕をだらりと脱力させた。そして視線をクレインと灰色の少女へ、交互に移動させる。

「まあ、君たちならば気づくか。そこの「クローネ」は文字通り執行兵だ。君たちの一世代後、つまりは後輩に当たるわけだね。ただ、正式な執行兵じゃない。それには深い訳があるらしいけれど、私たちの世界から派遣とは違う形でこちらへ来たこと、そして私たちが彼女を拾ったこと以外はほとんど何も知らないんだ。全て任せているからね」

「任せて……?」

「ああ、そうだ。クレイン、君にはひとつだけ伝えておこう。「クローネ」はアミナの遺志を受け継ぐ者ではない。少なくともディカリアの連中のように、ヒドゥンと共存しようなんて馬鹿げた思考は持っていないようだ」

 コルネイユ先生がディカリアの思想を真っ向から否定したことで、少なくとも先生とディカリアの間、そしてこの灰色の少女とディカリアには繋がりはないことが明確となる。つまり今回の騒動にディカリアは全く関与していない。あくまでもコルネイユ先生が自ら作った武器を回収するためだけに起こしたもの。そう捉えられる。

「アミナが遺した「種」とは全く関係がないということね」

「興を削がれたかい? それはともかく、今のクローネは私たちの完全なる傀儡だ。ヒドゥンも殺せば、君たちのことも襲う。君たちに無力化されるとは思っていなかったけれどね。そのおかげで――」

 全くモーションを見せずに、コルネイユ先生の刃が再びクレインへ接近する。鋭い突きから身体を捻っての斬撃。クレインの反応は僅かに遅れたが、それでもファロトの盾は突破できない。コルネイユ先生とクレインの距離が詰まり、互いに一歩も譲らない状況だ。

「私がこうして、直々に手を下す必要が出てきたということだ。私は執行兵ではなく研究者。武器の扱いは心得ていても、戦闘訓練を積んでいるわけじゃない。だから大人しく、息子たちを返してもらえると助かるよ」

「残念ながら、それは死んでもお断りね」

「どこまでも強情だね。なら、少し痛い目を見てもらうしかないようだ」

 鍔迫り合いから一転、バックステップを踏んだコルネイユ先生。彼女の得物が再び盾を捉える。今度は攻撃を防がれているというより、敢えてファロトの盾を重点的に攻撃しているように見受けられた。

「何度やっても、ッ、同じことよ……!」

「それはどうかな? ファロトの総重量はヴァリアヴル・ウェポンの中でも随一だ。こうやって攻撃に晒され続けて、そろそろ君の腕も悲鳴を上げるころじゃないかな。いくら執行兵といっても、疲労には勝てないはずだよ」

 クレインは盾の影で、苦虫を噛み潰したような顔を見せた。繰り返される斬撃を盾で防ぎ続けているクレイン。攻撃に転じてしまえば、その隙を突かれて刻まれてしまうことも懸念しているはず。とはいえ、このまま盾を構え続けていてもジリ貧だ。いずれクレインの腕力に限界が訪れ、為す術もなく斬られてしまう。ただ、攻撃の速度はササコ先輩に、一撃の威力はアミナに劣る。クレインにも勝機はあるはずだ。

「疲労、ね。私も随分と舐められたものね。言ったでしょう? この程度の修羅場なら……あなたよりも潜っているわ!」

 クレインは言葉の後、左足をグッと踏み込んだ。コルネイユ先生の斬撃に抗うように、ファロトの盾を前方へと突き出す。クレインが得意とする盾による殴打。気づいたコルネイユ先生がすかさず距離を取る。その際に生じた僅かな隙を、クレインは逃さなかった。

「そこよ……はぁッ!」

 今まで盾の影に隠れていた長槍が、コルネイユ先生を襲う。真っ直ぐに放たれた刺突。だが、素直に攻撃を受けてくれる相手ではないようだ。

「ふぅん……まあ、ファロトをここまで扱えている事実は称賛に値するか。でも、私には届かないよ」

 先生は手にした刃、ヴィロトの片方を使い、槍の先端を自身から逸らした。圧倒的な熱量から飛び散る火花。槍を突き出したままの体勢で、クレインの懐は完全に空いている。

「な、しまっ――!」

 懐に潜られてしまえばファロトの堅牢な防御力も、持ち前のリーチも活かせない。コルネイユ先生側もヴィロトを振るうスペースはなかったが、腕を折り畳んでクレインの鳩尾へと肘打ちを放った。

「かっ、はぁ……ッ!?」

 よろよろと後退し、槍を杖代わりにしてやっと立つクレイン。彼女が押されている状況に、今にも飛び出しそうなのはホノカだった。

「く、ッ……クレイン、私も!」

「来ないで、ホノカ。大丈夫だから……この程度、あなたからもらった攻撃の方が何倍も痛かったわ」

「お前、今更そんなことを――」

 ホノカからすれば、この場でクレインをサポートできる唯一の存在である自分が刃を振るえないのは歯痒いだろう。その気持ちは痛いほど分かる。僕も、クレインが傷ついている姿をただ見ているだけ。武器が使えたら、と本気で思う。

「やれやれ。クレイン、私が近接特化の武器を使用したら君は死んでいたよ。これ以上息子たちが傷つく様は見たくない、この辺りで終わりにしないかい? 君が大人しく武器を渡してくれればそれで済む話なんだ」

「よくそんな台詞が吐けるわね、片眼鏡。言ったでしょう、死んでもお断りだって。私にだって執行兵としてのプライドのひとつやふたつ、あるんだから。武器を手放すなんて真似、できないわ。あなたがどういう思いで武器を作ったのかは分からないけれど、ヴァリアヴル・ウェポンはヒドゥンを殺すためにあるはず。役割を奪われて、果たしてこの子達がどう感じるのかしらね」

「まるで息子たちのことを全て分かっているように話すんだね、クレイン。自分の大切な物は側に置いておきたい気持ちも分かって欲しいものだ」

「なら、どうして私たちに武器を――」

 クレインが新たな質問をコルネイユ先生に投げ掛けようとしたそのときだった。

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デストロイエンジェル2 -宵闇の堕天使- 零時桜 @yozakura_zeku

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