第四章 - Ⅳ

 油断をし切っていた僕は、唐突な声の残響に耳を疑う。闇夜の中、ヒールを鳴らしながら僕たちに近づく白衣の女性。間違いない。まさに今日、化学準備室に僕を呼び、突拍子もない計画を口にした彼女。

 化学教諭、コルネイユ。月明かりに照らされ、彼女のモノクルがきらりと光った。

 クレインとホノカが臨戦態勢を取る中、僕は開いた口が塞がらない。

「片眼鏡……よくもノコノコと出て来れたわね」

「先生のことは敬いたまえよ、クレイン。しかし生徒会メンバーが揃い踏みとは随分な歓迎だね。そのうち人間は竹谷タカトしかいないというのも滑稽な話だが」

 コルネイユ先生は武器を所持していない。片手を突っ込んだ白衣のポケットの中、何かが隠されている可能性は十分にある。

 そこで、ホノカが一歩だけ前へ出た。

「コルネイユ先生。信じたくはないが、あなたは敵なのだな?」

 ホノカの普段よりも低い声とは対照的に、コルネイユ先生は飄々とした態度で答える。

「敵の定義を「自分に危害を加えようとする存在」とするならば、君たちにとって私は敵だ。ホノカ、クレインや竹谷タカトから聞いただろう? 私はヴァリアヴル・ウェポンの生みの親。息子たちの未来を案じて、回収することにしたんだ」

「そんな自分勝手が通用するのか? 話を聞く限り、あなたは自分自身の私利私欲のためだけに動いているように見受けられる。ならばそれに従う義理はない」

 あくまでも毅然とした口調で返すホノカに対しコルネイユ先生も不敵に笑う。

「ふふっ……確かに。君の言う通りだ。私たちは上層部の許可を取らずにゲートを通ってこちらへ来た。今頃、我々の故郷は大慌てだろう。新たな武器の供給が絶たれるわけだからね。ただ、故郷を天秤にかけたとしても、可愛い息子たちを守ることができるならば安いものだ。この場でファロトとサトラを回収できそうだし、これで私の目的にも一歩近づく」

 言葉を重ねながら、コルネイユ先生が地に倒れる灰色の髪の少女を一瞥した。

「まあ、そこの「クローネ」がきちんと仕事を全うしてくれれば、私が手を下すまでもなかったんだがね。これでは欠陥品だ。ヒドゥンも満足に狩れやしない」

 僕はハッと息を飲む。ササコ先輩に伝えた仮説が、今現実のものになろうとしている。クローネとは、この少女の名前だろうか。やはり、少女とコルネイユ先生は……。

「なっ……あなたたち、グルだったの?」

「グルとは失礼だね。さ、お喋りはここまでだ」

 左手で白衣のポケットから取り出したのは、今日も煙草を吸うために使用していたライターだ。まさか、と思った瞬間にはもう遅い。クレインの腕輪やホノカのネックレスと同じ特徴的な光を帯びるライター。あまりの眩しさに目が眩む僕。次に彼女の姿を視認した時、その手には巨大な刃が握られていた。

 武器の形状は、まるで鋏のようだった。普段紙を切るものとは一線を画すような大きさを持っている。銀色に光る刃が、クレインとホノカ、そして僕の顔を映し出す。次の瞬間、コルネイユ先生が鋏の柄の部分を持ってそれをふたつに分離する。同時に耳の奥で鳴り響く金属音。鋏は一対の片刃剣へと姿を変えた。

「この「ヴィロト」は私も特に気に入っているんだ。斬れ味ももちろんだが、実用性もある。最高傑作、とまではいかないが、君たちの武器に匹敵するポテンシャルは秘めているはずだよ」

 研ぎ澄まされた刃はサトラやメリンの輝きにも劣っていない。人間の首程度ならば簡単に刎ねてしまえそうだ。

「ホノカ、下がりなさい。ここは私が引き受けるわ」

「待て、クレイン。私も――」

「あなたは怪我をしているし、その灰色女がもし目覚めたら面倒よ。なら、私が戦うのが最善策よね」

 確かに怪我をしているホノカを前線に立たせるわけにはいかず、かつ灰色の少女も無視はできない。もしこの状況で灰色の少女が目を覚ましたら、僕は膾斬りにされて終わりだ。ならば、怪我をしているとはいえホノカの力を借りたい。

「分かった。くれぐれも気を付けろ」

 ホノカもクレインの意見には同意だったようだ。ネックレスを手に握り締め、いつでも刀へと変えられるような体勢を取り、クレインから離れ灰色の少女の元へ駆け寄る。まだ目を瞑り気絶している様子の少女。ホノカの足取りを確認したクレインはファロトの盾を前に構え、鋭い眼光でコルネイユ先生を睨んだ。

「私が相手よ、片眼鏡」

「先生のことは敬いたまえと言っただろう。生徒会の、それも副会長がそんな態度でいいのかい?」

「人間の世界での肩書きなんてどうでもいい。私は執行兵のクレイン。任務を果たすためにあなたを討つ。異論は認めないわ」

「私を討つ、か。ふふ……ファロトの性能を最も理解していたのはルーシャだが、君は事実、秘匿された力を引き出している。脅威と言えば脅威だね。まあ、恐れることはない、かなッ!」

 裾の長い白衣をもろともしないコルネイユ先生の突進。両腕の武器を低く構え、クレインに肉薄する。そのまま下から斬り上げるように刃を振るも、ファロトの盾がそれを阻んだ。二度、三度と火花を散らす刃、ヴィロト。ただ、堅牢な守りを崩すには至らない。

「この程度? アミナやササコ先輩の足元にも及ばないわね」

「攻撃を何度か受け止めたくらいで随分な態度だね」

「これでもあなた以上に修羅場は潜ってきているつもりよ。ディカリアの連中も容赦がなかったし、あなたと違って明確に私を殺そうと刃を振るってきた。それに比べればあなたの攻撃には勢いも覇気もないわ」

 クレインが放った言葉はコルネイユ先生の琴線に触れたようだ。斬撃から一転、距離を取って武器を構え直す。

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