第四章 - Ⅱ
「夕食、できたわよ」
会話を続ける僕とササコ先輩を他所に、エプロン姿のクレインが食事の配膳にやってきた。今日の夕食は鮭の塩焼きと卵焼き、ホウレンソウのお浸し。ご飯と味噌汁、漬物も付ければほとんど隙のない和食献立の完成。ササコ先輩は和食が好みらしい、というホノカの言葉からふたりで準備していた様子だ。ふっくらと炊き上がった白米や香ばしい焼き魚を一目見てしまえば今すぐにでも箸を伸ばしたい衝動に駆られる。
ただ、ササコ先輩との話が途中になってしまった。キッチンへと戻るクレインの背中を眺めていると、不意に先輩が僕のワイシャツの袖を軽く引いて、そっと耳打ちをする。
「このお話は食事の後で。あくまで仮説でも、クレインさんが影響されてしまう可能性もありますから」
確かに、クレインならばコルネイユ先生の情報を聞き出すために灰色の髪の少女を探しに行くと言いかねない。今は食事に専念して、後で夜の街に駆り出せばいい。
「ええ、分かりました」
小さく頷きを返すと、ササコ先輩は微笑みを投げた。そして、そのタイミングでクレインが味噌汁の鍋を携えて戻ってくる。僕とササコ先輩に空いた僅かな空間をジッと見つめるクレイン。僕は慌てて少し距離を取るが、時既に遅しのようだ。
「この前もそうだったけど、随分とササコ先輩と仲がいいのね」
「あ、えっと、これは……」
しどろもどろになる僕を見かねたのか、傍らのササコ先輩は微笑みを交えつつクレインに話しかける。
「ちょっと内緒のお話をしていただけですよね、タカトくん。きっとそのうち、クレインさんやホノカさんにも共有しますよ」
「内緒のお話? 本当でしょうね?」
「ええ、必ず。それよりも夕食の準備、ありがとうございます。冷めないうちにいただきましょう?」
「ササコ先輩の言う通りだ。お前もタカトを少し取られたくらいで嫉妬するな」
キッチンから姿を現したホノカは、クレインの琴線に触れそうな言葉をさらりと言う。それに対しクレインの顔が赤く染まり、同時に彼女は僕を半ば睨みつけるように見据えた。
「な……べ、別にっ、嫉妬なんかしていないわ。ほら、早く食べるわよっ」
四人で囲む夕食。その最中も、僕はあることを頻りに考えていた。
僕が立てた仮説は、果たしてササコ先輩に届いただろうか。そして、ササコ先輩はどのように考えているだろうか。
ただ、あの灰色の髪の執行兵は、近いうちに僕たちの目の前に現れる。そんな曖昧にもほどがあるような確信を、僕は確かに感じていた。
「ご馳走様でした。クレインさん、料理お上手なんですね」
夕食後。食器を全て片付け洗い終えてから、ササコ先輩が緑茶を飲みつつそう呟いた。
「私が作ったって、どうして分かったの?」
「我が家の料理はホノカさんに一任しています。そのホノカさんの料理とは味付けが違いましたので。ふふ、将来はいい伴侶になりそうです」
ササコ先輩の言う「伴侶」が果たして誰になるのか。自分の中で、ほんの少しでも、自分だったらいいなという感情が生まれていた。そもそも彼女たちは人間と似て非なる存在。恋愛、結婚などという概念が存在するのかも分からない。
「伴侶って……もう、そんなに先のことなんて考えられないわ。今はこの世界でヒドゥンとアミナが遺した「種」を倒さないと。将来を考えるのはそこからだわ」
「ええ、その通りです。というわけで、今夜のヒドゥン狩りはクレインさんとホノカさんでお願いします。私は少しだけ用事があるので、今夜は控えさせてもらいます」
「用事とは、ゲートの調査のことか?」
片づけを終えたホノカも合流し、今夜の方針が固まりつつある。ササコ先輩が引き続きゲートの調査をしていることは知っていたが、ヒドゥン狩りを欠席するほど熱心だとは知らなかった。
「それもあります。ただ、大学生はこう見えても色々とやることが多くて。もちろん、何かあればすぐに駆け付けますので、ヴァリアヴル・ウェポンで呼んでください」
「ああ、分かった。クレインが言っていた例の執行兵が現れないとも限らない。常に警戒は怠らないようにしよう」
「ホノカと行くのは何だか久し振りね。せいぜい足を引っ張らないように付いて来なさい」
どこか得意気かつ、笑みを湛えたクレイン。彼女なりに、ホノカとの狩りを楽しみにしている様子が覗える。それに応えるように、ホノカも自信たっぷりという口調で返した。
「当たり前だ。その言葉、そっくり返される羽目になるなよ」
「まあまあ。クレインさんもホノカさんも、生徒会の仕事もあるのに頑張っているのは知っていますから。タカトくんも、ふたりのサポートお願いしますね」
ふたりの仲裁に回るササコ先輩。僕も勿論だと言うように首を縦に振った。
「分かりました。先輩もお気をつけて」
こうしてクレイン、ホノカ、そして僕の三人で夜のヒドゥン捜索をすることになった。
家には連絡を入れ、遅くなる旨を伝えておく。最近は夜遅くに帰ることも多くなったが、生徒会の仕事をしているとなんとか言い訳を続けている状況だ。
簡単な準備を終えると、僕たちは制服姿のまま、夜の街へと繰り出した。
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