第四章「クローネ」

第四章 - Ⅰ

「あら、いい香りですね」

 僕たち三人が夕食の準備をしているところに、ちょうどいいタイミングでササコ先輩が帰宅した。暖かそうなニットを中心にしたコーディネートは先週の土曜日と似ているが、持っていたトートバッグからすると大学の帰りだろうか。

「お帰りなさい、ササコ先輩。夕食、私たちが作るわ。エプロン借りてるわよ」

「クレインさん、それにタカトくんも一緒なんですね。一昨日ぶりですけど、なんだか賑やかですね」

 クレインとホノカは普段あまり見慣れないエプロン姿だ。そんなふたりに微笑みを返しつつ、コートを脱いだ先輩はリビングのソファへと腰掛けた。主な料理はクレインとホノカに任せているため、僕は先輩に温かい飲み物を持っていくことにした。

「お疲れ様です。コーヒー、ブラックでよかったですか?」

「ありがとうございます。外、寒かったので助かります」

 先日のことがあったとはいえ、僕とササコ先輩の距離は至っていつも通りだ。しかし、少なからぬ緊張感を抱いている自分も確かにいる。マグカップを彼女に渡す際、報告しなければいけない話題を頭の中で必死に反芻していた。

「それで、ササコ先輩。今日、僕とクレインがお邪魔したのは――」

「ええ、何かあるんですよね。私に話さなければいけないことが。とりあえず座りませんか?」

 僕の言葉を待っていたかのように声を重ねながら、ソファへぽんぽんと触れ僕を促すササコ先輩。やはり彼女は何かを察知していた様子だ。お言葉に甘えてササコ先輩の隣に腰掛ける。彼女が僕と視線を重ねたとき、左耳のヴァリアヴル・ウェポン「メリン」がキラリと光った。

「失礼します」

「ふふ、カフェで向かい合うのもいいですけれど、こうやって隣同士になるのも新鮮ですね。タカトくんがより近くなった気がします」

「せ、先輩……」

 ここにはクレインもいる。一昨日ですら少しばかり彼女の機嫌を損ねてしまったのだ、あまり近くに居すぎるとクレインの視線が怖い。ただ、それを差し引いても先輩の隣に座れている現状に一種の安心感を覚える。

「あまり揶揄うとタカトくんが困ってしまいますね。このくらいにしておきましょうか……本題、いいですよ」

 ローテーブルの上のマグカップにそっと触れ、温かさを確認してからそれをゆっくりと口に運ぶササコ先輩。つい先輩にペースを握られがちだが、少し間を作ってもらえたので言葉と情報の整理ができた。

 まず何から話そうかと考えて、最初に飛び出したのは当然、僕たちの「敵」となり得る存在の話だ。

「えっと……今日、高校に新しい化学の先生が着任したんです」

 ササコ先輩は恐らくヒドゥンやディカリア関係の話題だと踏んでいたのだろう。高校で起こった話を耳にして小首を傾げる。

「この時期にですか、珍しいですね」

「そうなんです。名前は、コルネイユ・カルーラ先生」

 その名を口にした瞬間、ササコ先輩の表情が明らかに緊迫感を帯びた。クレインやホノカとは一線を画す反応。やはり、先輩は何かを知っている。

「コルネイユ……まさか、人間の世界でその名前を聞くことになるとは思っていませんでした」

「先輩はコルネイユ先生を知っているんですか?」

「ええ。彼女はこの前お話ししたヴァリアヴル・ウェポンの開発者です。私は直接会ったことがありませんが、ルーシャやアミナとは頻繁に会っていたようです。ヴァリアヴル・ウェポンの開発には彼女たちも関わっていますから」

 コルネイユ先生を前にその名を伝えたところ、彼女は否定をせずに首を縦に振った。これでササコ先輩からも言質が取れ、コルネイユ先生の正体がぼんやりとだが見えてくる。

「しかし妙ですね。執行兵ではない彼女が、どうして人間の世界に――」

「それも、聞きました。何でも、執行兵のヴァリアヴル・ウェポンを回収することが目的みたいです」

「ヴァリアヴル・ウェポンの、回収……?」

 訝しげに僕の言葉を復唱するササコ先輩。当然、それだけでは何も分からないはずだ。

 僕は続ける。

「はい。先生は武器のことを「息子たち」と呼んでいて、これ以上武器を失わないために回収すると言っていました。多分、先のディカリアとの戦いで多くの武器が失われたから、こういう行動に移ったんだと思います」

「なるほど。随分と簡単に自分の素性を話すんですね、そうしてくれた方がこちらとしても対応し易いですけれど」

 先輩の言う通り、敵の目的が明確であればその対応も容易だ。ヒドゥンは人間、特に僕を中心に襲ってくるのでクレインたちが僕を守るようにヒドゥンを狩っている。それと同じ理屈。

「コルネイユはタカトくんにそれ以上の情報を教えたんですか?」

「情報というか、僕を殺してクレインたちを誘き寄せる、みたいな話はしていましたけど」

「行動原理が単純で助かります。ディカリアの連中と変わりませんね、私たちは今まで通りタカトくんを守るだけです。あなたが殺されたら悲しむ人がたくさんいますから」

 ササコ先輩の言葉からは心強さしか感じない。例えコルネイル先生やあの灰色の少女が僕を襲っても、彼女たち執行兵がいれば安心だ。そこで、クレインやホノカには話さなかった僕の「仮説」を思い出した。もし非現実的なことであったとしても、一種の可能性として誰かに共有しておくべきなのかもしれない。

「……えっと、ササコ先輩。あくまでも僕の仮説なんですけど、聞いてくれますか?」

「はい、なんでしょう」

「コルネイユ先生が武器を回収するということは、人間の世界に来ている執行兵がヒドゥンを倒せないということになりますよね。先生は、それに対して「既に計画は動き出している」って言っていたんです。もしかすると、僕とクレインを襲った灰色の髪の執行兵って――」

 時期的にもちょうど一致する。あの灰色の髪を持つ執行兵に襲われて程ない今日、コルネイユ先生が着任したのだ。となると、自ずと僕と同じ説に行きついても不思議ではない。

「……! もしかして――」

 ササコ先輩は小さく口を覆った。そう、恐らく彼女も閃いたはずだ。

 

 ――灰色の髪の執行兵はコルネイユ先生と繋がっている、と。

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