第三章 - Ⅴ
コルネイユ先生と別れた後。僕とクレインは生徒会室にいたホノカと合流し、彼女の家に立ち寄ることになった。理由はもちろんコルネイユ先生から聞いた情報をホノカと共有するためだ。先生がクレインたち執行兵の関係者であったことを知ったホノカは肩を竦めながら頭を下げた。
「私の見極めが甘かったようだな。すまない……」
「ホノカは悪くないよ。確かに全員で行った方が心強かったかもしれないけど、僕もクレインも無事だし」
クレインの「ほら見なさい」と言わんばかりの表情が気になったが、ホノカはすぐに俯いた顔を上げる。
「それで、コルネイユ先生の目的は何だったんだ? どうやらディカリアの連中のように、タカトの命というわけではなさそうだな」
「それなんだけど……先生は君たちの世界でヴァリアヴル・ウェポンの開発を担当していたらしいんだ。それも武器に愛着を感じているらしくて。僕らとディカリアの戦いの中で武器が失われたことを受けて、執行兵から武器を回収しようとしているみたいだね。無論君たちは戦えなくなるけど、その対策も取ってるって」
「考えれば考えるほど突拍子もない話だわ。武器に愛着があるのは私たち執行兵も同じよ。それに、あの片眼鏡に「お前たちは用済みだ」って言われているみたいで本当に気に食わないわ。そもそも執行兵でもないあいつがどうして人間界にいるのかも怪しいし。私はもちろん反対、ホノカもそうでしょう?」
ホノカが淹れたコーヒーに口を付けていたクレインがいつもより低い声で言う。コルネイユ先生との数分間の会話でさえ、彼女にとっては腹を立てるのに十分な時間だったようだ。クレインに感化されたように、ホノカもまた口を開く。
「サトラは今まで共に戦ってきた相棒だ。それに、コルネイユ先生は上層部から指示を受けているわけでもなく、ただ自分の私利私欲のために武器を回収すると言っているんだろう? ならば、私たちが従う義理はない。今まで通りヒドゥンを倒すだけだ」
ホノカの赤い瞳に胸に下げたネックレスの光が映り込んで、きらりと輝く。もちろん、それで終わる話ではないのだ。また守ってもらう立場になってしまうことを自覚していた僕はおずおずと切り出す。
「……えっと。クレイン、ホノカ。言っておかなくちゃいけないことがあってさ。クレインが化学準備室に来る前、コルネイユ先生と少し話してたんだけど、先生は君たちを誘き寄せるために僕を殺すって言い出したんだ。もちろん、あの場では何もなかったけど」
ふたりの間に流れる空気が明らかに変わる。かつてヒドゥンの弱点を見破れる特別な瞳を持つ僕を優先的に排除しようとしたディカリアのように、コルネイユ先生もまず僕にターゲットを絞っているこの現状。
「タカトを殺せば私たちが動く、か。なるほど、将を射るには馬からということか。先生もただ武器に固執するだけの研究者ではないようだな」
「感心している場合じゃないでしょう、ホノカ。とにかく、タカトを殺されないためにも武器を奪われないためにも、あの片眼鏡とは戦うことになると思うわ。ヒドゥンに対しては同じく敵のようだから、単純に敵が増えることになって面倒だけど。ただでさえよく分からない執行兵が現れたっていうのに――」
クレインの言葉は僕の胸に引っ掛かりを残す。クレインが言うよく分からない執行兵とは、恐らくあの灰色の髪の少女だ。彼女はクレインと刃を交えたが、どこからともなく唐突に現れ、そして消えた。コルネイユ先生の言葉を総合すると、武器はなくともヒドゥンを狩る執行兵は存在する必要がある。そして、その計画は既に動き始めている――。
何かの点と点が、線で結ばれたような感覚。しかし、確証を持てない以上はクレインたちに話す訳にはいかない。彼女たちのことだ、すぐに灰色の髪の少女を探そうと動き出すに違いない。
「確かに、アミナを倒してヒドゥンの活動も沈静化している状況で別の執行兵を派遣しようとは思わないだろうな。これからもその執行兵のことは注意深く見ていくしかない、か」
顎に軽く手を添えたホノカが小さく首を傾げながら何かを考えていたが、僕と同じ思考に至ったわけではなさそうだ。
「ともかく、タカトを殺されないように細心の注意を払わなければな。君がいなくなってはヒドゥンやアミナの遺志を継ぐ者の思う壷だ。もちろん、私たちも全力で君を守ろう」
「ありがとう、ホノカ。生徒会長にそう言ってもらえると心強いよ」
「そ、それは……別に、執行兵として当然の責務だ。それよりクレイン、お前からも何か言ったらどうだ」
「そうね。私としてもいつも通り、タカトを守るだけだわ。とはいえ今回、あの片眼鏡に接触した行動は少し不用意だったわね。今後は私が、出来るだけ側にいるわ」
改めて僕にそっと寄り添うクレイン。何度も触れているとはいえ、やはり彼女の温もりは落ち着く。それを横目にホノカは小さく息をついた。
「校内では他の人間の目もある。あまりくっつきすぎるな」
「分かってるわ。それより、今日も夕食を食べて帰ってもいいかしら? この前はササコ先輩に作ってもらったし、今度は私たちで用意しましょう」
「なるほど、それは妙案だ。タカトはどうする?」
確かにこのままひとりで帰るのもリスクがある。両親も仕事で遅くなるだろうから、今日も好意に甘んじるとしよう。ササコ先輩にも会ってこの話を報告しなければいけない。
「分かった。家には連絡しておくよ」
「そうと決まればさっそく買い出しね。ホノカ、ササコ先輩ってどんな料理が好きなの?」
「うむ……私の記憶では――」
夕食の準備に取り掛かるクレインとホノカ。彼女たちの背中を見ている最中も、コルネイユ先生の不敵な笑みと僕が自ら導いてしまった仮説が頭から離れなかった。
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