第三章 - Ⅳ
そんな恐怖を悟られまいと、震える声ながらも僕は反論をする。
「作戦……ですか。残念ですけど、クレインたちは強いですよ」
しかし。コルネイユ先生は間髪入れずに、僕を鼻で笑いながら言う。
「彼女たちの武器を作ったのは誰だと思っているんだい? 当然だが息子たちの特徴、特性、弱点は全て把握しているよ。その上で言っているんだ、分かるかい?」
少し頭を捻れば分かることだ。コルネイユ先生の話が本当ならば、クレインのファロトも、ホノカのサトラも、ササコ先輩のメリンも、全て彼女が作り出したことになる。自分が作った武器を「息子たち」と呼ぶくらいだ。少なからぬ執着心が見え隠れしている。言われてしまえば、僕も声を上げることはできない。言葉に詰まって、思わず一歩だけ後退る。
「怖気づいたのかい? その反応は予想通りで実に面白くないが……ともあれ、最終的に君を殺すことは決まっているとしても、今すぐというわけではないよ。作戦遂行にイレギュラーが生じては意味がないからね。何が起こってもいいように、もっと君たちのことを「監視」させてもらうことにしよう」
僕が感じた恐怖が晴れていく。息の詰まるような緊張が安堵に変わる。だが、疑問までは拭えない。
「この話を僕がクレインたちに伝えるとは思わないんですか……?」
「賢明かつ真っ当な選択だ。戦う術を持たない君が私たちに対抗できる唯一の手段、それが彼女たち執行兵に協力を仰ぐことだ。伝えて対策を取ったところで、無駄な足掻きだとは思うけれどね」
コルネイユ先生の言う通りだ。僕がクレインたちに先生の情報を伝えても、出来る対策は限られる。しかしそれは、かつてディカリアとの戦闘を繰り広げたときと同じこと。アミナと出会ったあの日のように、一時的に敵と相まみえているだけ。手探りでも、きっとクレインたちであれば勝機を見つけられるはずだ。
「それは……そうかもしれません。けれど、彼女たちはディカリアを退けました。きっと、負けません。僕はそう信じています」
「信じる信じないは勝手だが、思いだけではどうにもならないことを理解するべきだ。と、言いたいところだけど、さっそく君の思いが伝わったらしいね」
不意にコルネイユ先生の視線が外へ動く。つられるように窓へと目を向けると、白銀のロングヘアがふわりと踊る様が瞳を奪った。
「タカト、大丈夫!?」
綺麗な青い瞳、華奢な身体、そして腕に装備された武器。コルネイユ先生の瞳はクレインが持つファロトを見つめているように覗えた。彼女が「息子たち」に固執している様相が手に取るように分かった。
「やあクレイン。まさか君が、竹谷タカトをひとりで向かわせるとは思わなかったよ」
「その口振りだと私たちの関係者で間違いないようね。コルネイユ、だったかしら? あなたは執行兵なのね」
「竹谷タカトに話したことをもう一度話すのは面倒だが、私は執行兵じゃない。むしろ、あんな野蛮人と一緒にされては困る。人の息子たちを破壊するような連中とはね」
僕に言った言葉とほとんど同じだ。それでも、当事者が目の前にいるという事実には変わりない。自らを野蛮人呼ばわりされたクレインの眉がピクリと動いた。
「あなたもそんな野蛮人の関係者なのでしょう? というか、息子たちって何のことよ」
「やれやれ、自分が奪った命のことは忘却の彼方かい。私は今でも、息子たちの最高傑作は「アマト」だと思っているけどね」
かつて自分を支え、数多の敵を奢った武器の銘。コルネイユ先生の一言である程度の情報を理解したらしいクレイン。一瞬だけ言葉に詰まるも、ある種の確信を持ったような声でコルネイユ先生に向けての質問を続ける。
「ッ……息子たちって、ヴァリアヴル・ウェポンのことなの?」
「ああ、如何にも。もちろん君のファロトも私の息子のひとりだ。とはいえ、ファロトは所謂プロトタイプのようなものでね。性能面ではアマトに遠く及ばないはずなんだよ。まあ君たちは「秘匿された力」を引き出せる存在だから、武器の性能なんて関係ないのかもしれないけれどね」
コルネイユ先生の話は少しだけ理解することができた。元々ルーシャさんの所有物であったファロトは最初期に作られたヴァリアヴル・ウェポンのはず。クレインたち次世代の執行兵たちが所持する武器の方が高性能になって然るべき。もっとも、使い手の技量や「秘匿された力」の存在で、その戦力は簡単に覆る。
「そう、あなたが作ったのね。このファロトも、アマトも」
「ようやく気付いたのか、ルーシャの妹にしては察しが悪いね。それでファロトを持つ資格があるのかい? そもそもどうして君がファロトを扱えているんだい? その手品の種明かし、そろそろしてもらってもいいんじゃないか?」
「知らないわよ、そんなこと。私の思いがお姉ちゃんに届いた、としか言いようがないわね」
「そんな非現実的なことがありえるはずがないんだ。実際に起きてしまった事象をあれこれ詮索するのは野暮というものだが、生みの親としては気になるんだよ」
そう。ヴァリアヴル・ウェポンは執行兵に与えられた世界にひとつだけの武器。当事者以外が扱うことはできないはず。ファロトをササコ先輩から託されたクレインは、文字通りの奇跡を起こしてアミナを倒したのだ。それを奇跡だと断定して思考停止したくはない、というコルネイユ先生の思いがひしひしと伝わってくる。とはいえ、間近で見ていた当事者のひとりである僕でさえ、クレインが何か特別なことをしたとは思えない。
「それなら好きなだけ気にしていればいいわ。起こった事実に変わりはない、私はこれからもヒドゥンを狩り続ける。それだけよ」
「残念ながらそれは許可できないね。君たちにヴァリアヴル・ウェポンを預けたままでは私の気が休まらない。悪いけれど、全て回収させてもらうよ」
回収、という言葉にクレインの眉がぴくりと動いた。
「武器がなかったらどうやって戦えばいいのよ。まさか素手でヒドゥンと殴り合えとか言わないわよね?」
「無論、奴らを倒すためにはヴァリアヴル・ウェポンが必要不可欠だ。その点に関しては安心したまえ。私にも考えがあるし、もう既に計画は動き出している。君たちはのんびりと人間界での生活を楽しむといい」
コルネイユ先生の「計画」という単語が気になるところだ。執行兵たちの力を借りずともヒドゥンを狩り続けられる算段があるとでもいうのだろうか。だが、当の本人は当然ながら納得できない様子だ。
「……冗談じゃないわ。私たちはヒドゥンを狩るために派遣されたの。誰かの勝手なエゴで武器を取り上げられていいはずはないわ。私は私の任務を全うする、そこに誰の横槍も入っていいはずはない」
クレインの主張は至極当然だ。武器がなければヒドゥンと戦えない、その武器を取り上げられようとしているのだから。自分の相棒を奪われる気持ちは僕には分からない。
コルネイユ先生は短く息を吐き出しながら、パイプ椅子から立ち上がった。
「そうか。まあ、ここで君と話していても平行線だろうね。一応、竹谷タカトには全てを話したつもりだ。私はここで失礼するとするよ。今度学校以外で会うときは……恐らく敵同士だけれどね」
白衣の裾を翻しながら化学準備室を後にするコルネイユ先生。僕に襲い掛からなかった挙句、クレインに宣戦布告をし去っていくその後ろ姿を、僕とクレインはただ見据えていた。
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