第三章 - Ⅲ

 できれば先生の口からその単語を聞きたくはなかった。

 クレインの仮定が的中し、僕は開いた口が塞がらない。嫌な汗が額に浮かんで酷く不快だった。ただ、これではっきりと彼女がクレインたちと同じ世界から来た関係者だということが分かった。そして、僕を呼んだ理由は。

「……先生も、執行兵なんですか? クレインたちに、敵対する――」

 ディカリアと同じ目的で、僕を殺すため。アミナが散り際に放った、新世代のディカリア。考えれば考えるほど、恐怖が累積されていく僕の脳内。ただ、クレインにも言った通り、彼女が敵だったとしてもすぐには僕を殺しに来ないだろう。アミナやキララがそうだったように、僕の力を利用しようとする可能性も十分にある。まずは逃げられる体制を作ってから、と先生から目を離さずに問いかける。

 しかし、当の本人はキョトンとしたような表情を浮かべて、次の瞬間に吹き出した。

「くくくっ、ふっ……あははははッ! 何を言い出すかと思えば……私が執行兵? あんな野蛮人たちと一緒にしないでくれたまえ。こう見えても私は学者であり、研究者なのだよ」

 学者であり、研究者。数日前に聞いたような響きだったが、誰からどこで聞いたのかよく思い出せない。それよりも、彼女が執行兵を「野蛮人」と呼称したことに驚きを隠せない僕がいた。

「学者? 研究者……?」

「そう。精魂を込め、厳密な計算の元に作られた私の息子たちを横暴に扱って、挙句の果てに跡形もなく破壊してしまう野蛮人。君はそんな奴らと一緒に暮らし、ヒドゥンを倒しているんだ。その罪の重さが分かるかい?」

 コルネイユ先生の声のトーンが一段階低くなり、まるで僕を攻め立てるようなものへと変貌を遂げる。彼女が言わんとしていることはさすがの僕でも理解できた。

 ヴァリアヴル・ウェポン。執行兵がヒドゥンと戦うための武器。私の息子たちと豪語する彼女の台詞から考えると、恐らくコルネイユ先生はヴァリアヴル・ウェポンの開発者。

 そこで、僕はササコ先輩との数日前の会話内容を思い出す。あの夜に出会った灰色の少女。彼女が身に着けていたヴァリアヴル・ウェポンの正体は、武器の開発者に訊ければ早い。ササコ先輩の言葉が正しければ、コルネイユ先生は――。

「コルネイユ先生が、ヴァリアヴル・ウェポンの開発者……?」

「ご名答だ。大方、彼女たちから聞いたのだろうけれど。とはいえやはり君は普通の人間ではないようだ」

 否定の欠片もないコルネイユ先生。僕はそこで間違いない、と確信を得た。しかし、同時に新たな疑問も浮かぶ。なぜ、唐突に武器の話を持ち出したのか。その答えは、彼女自身が教えてくれた。

「竹谷タカト、私はね。自分の息子たちを誇りに思っているんだよ。ヴァリアヴル・ウェポン……ヒドゥンを狩るための道具。道具はそれ以上でも以下でもない存在だと君の仲間は思っているのだろうね。けれど違う。私が自信を持って送り出した息子たち。ある意味では私の分身でもあるのだよ」

 コルネイユ先生の言葉がどんどん熱量を増していく。彼女から明確な殺意は感じられないが、それとは別の「憤怒」を色濃く示しているような気がした。

「実に必然的な話だが、何かしらの存在理由があって、道具はこの世に生まれ落ちる。ヴァリアヴル・ウェポンの場合はヒドゥンの殲滅。それは揺るぎない事実だし、私だって百万歩ほど譲って認めている。しかし、だ。なぜ彼女たちは執行兵同士で戦い、あまつさえ私の可愛い息子たちを惨たらしい姿にするんだい?」

 彼女の言葉通り、確かにクレインたち執行兵はヴァリアヴル・ウェポンを必ずしも丁寧には扱っていなかったように思う。クレインはアマトを明らかに投擲武器として使用することもあった。ホノカは、アミナに破壊されたアマトを足蹴にし目暗ましとして使った。

 そうせざるを得ない状況だったにせよ、多少乱暴な使い方をしていたことは否めない。

「まあ、惨たらしい姿にしたのはルーシャの妹だけだったか。いずれにせよ、彼女たちが戦闘で致命傷を負い、ヒドゥンと同じように光の粒となって消えてしまえば、この世界の物ではないヴァリアヴル・ウェポンも同時に消える。私が作った英知の結晶が、跡形もなくなってしまうんだ。こんなに心苦しいことはない」

 あの一連の戦いで散っていった執行兵たちの存在は跡形もなく消え去った。それは武器も同じ。決して彼女たちは元の世界に戻ったわけではなく、本当に消えてしまったのだ。コルネイユ先生の言葉や思いも、多少は理解できる気がした。ただひとつ、分からないことは……。

「じ、事情は何となくですが、分かりました。それで、先生は僕にどうしろって言うんですか? まさか彼女たちを説得して、ヒドゥンと戦うのを止めろとでも――」

「さっきも言った通りだ。ヒドゥンとの戦いを止めたところで、彼女たちは彼女たち同士で殺し合う。ディカリア……あのアミナが作った組織だ。空っぽの頭なりに二手三手先を読んでいたに違いない。ゲートを通って、新しいディカリアの連中は必ずやって来る」

「そんな……」

 その時の僕はきっと、青ざめたような表情で先生を見据えていたことだろう。実際、アミナの言った通りに事が運んでしまえば、クレインたちに危険が及ぶ。もちろん彼女たちが負けるとは微塵も思っていないが、傷つく姿は見たくない。

 僕の心情を察したように、コルネイユ先生はクスリと笑った。僅かに瞳を細めるその姿は、彼女が何か良からぬ企みを胸の中に描いているような直感を抱く。

「そこで、だ。私はこちらの世界に来る前に色々と考えたのだよ。武器が無ければ、あの野蛮人共は戦いを止めるはずだとね。そのためには、可愛い私の息子たちを回収する必要がある。そして、まず手始めに君をこの場で殺せば、必ず奴らは復讐にやって来る。そこを叩くわけだ。どうだい、我ながらよくできた作戦だろう?」

 身体全体から血の気が引いていく感覚を、僕は久し振りに味わった。コルネイユ先生の言葉が戯言ではないと本能的に感じ取っていたから。彼女は本気だ。僕を試すような口調と視線を向けられてしまうと、この場にたったひとりでいることの愚かさを改めて感じた。

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