第三章「来訪者」
第三章 - Ⅰ
「臨時の全校集会?」
月曜日の朝。いつものように我が家を訪れたホノカが放った言葉に、僕は思わず訊き返した。
「ああ。昨日、私のスマートフォンに連絡が届いたんだ。どうやら新しく教諭が着任するらしい」
「それで、臨時の全校集会を開いて紹介するってわけね」
傍らのクレインもホノカの言葉の意図を読み取ったようで、その長く綺麗な白銀の髪を翻しながら言う。
「そうだ。生徒会としての仕事は会場設営と全校集会の取り仕切りだ。司会はタカトに任せたい。できるか?」
書記兼会計の役割として、今までもいくつかの集会の司会を経験したことがある。もちろん、今回も承諾するように首を縦に振った。
「うん、分かった」
「よし。会場設営はいつも通り、三人でやろう」
「それにしてもこの時期に新しい先生が来るなんてね。何か裏があるのか疑ってしまいそうになるわ。ホノカは何か聞いていないの?」
不意に疑問を口にしたクレイン。今は秋から冬へと変わる時期、冬休みまでも少しだけ時間がある。急な着任といえばその通りだ。
「そうだな……私は「教諭が着任する」以上の情報を聞いていない。ただ、私たちは警戒しておこう。我々執行兵に関連する人物の可能性は十分にある。この間、お前たちが戦った執行兵の件もあるしな」
「そうね。まだアミナが遺した種の情報も何もないわ。新世代のディカリアが現れる可能性も否定できないし、タカトも警戒しておきなさい」
思えば、ササコ先輩のヴァリアヴル・ウェポンを見破ったのも全校集会だった。何か怪しい箇所があればクレインやホノカに報告はするとして、何もないことを切に願っている僕だった。
「それではこれより、全校集会を始めます。初めに校長先生の……」
生徒会メンバーで首尾よく会場設営を終えた後、僕の司会により始まった臨時の全校集会。校長の講話、校歌斉唱と滞りなく進んでいき、遂に本日の目的である教諭の紹介になった。ちなみに僕は式の前に原稿を渡されたので、その教師が男性か女性か、どんな名前なのかさえ知らなかった。だから、校歌斉唱の際にチラリと確認した時、思わず目を疑った。
――教諭 コルネイユ・カルーラ(化学)
名前だけを見るとまるでネイティブの英語教諭のようだが、どうやら化学の担当教諭らしい。肝心の教諭……恐らく女性だろうか、は舞台袖で待機をしているため、僕たちはまだその姿を拝むことはできない。やがて校歌斉唱も終わり、僕は続けて原稿を読み進める。
「続いて新しく着任される先生のご紹介です。コルネイユ・カルーラ先生、よろしくお願い致します」
僕の言葉を受けた全校生徒たちは当然のようにざわめきだし、壇上への注目が一気に集まった。校長の話と校歌斉唱という集中力を欠くコンボの末にボーっとしていた生徒ですら、その名を前に困惑した表情を浮かべている。それはそうだ、ただ単に珍しいという次元を通り越している。今朝の話ではないが、もしかしたら本当に執行兵の関係者かも知れないという懸念が沸々と湧き上がる。
それから何秒か経過して、件の教諭は姿を現した。
――まず目を引くのはボブカットにまとめられたオリーヴ色の髪と、左目のモノクルの奥に潜む眠たそうな瞳。化学教諭という肩書きに漏れず、膝にかかるかかからないかくらいの丈を持つ白衣を身に纏っている。その下はシンプルなグレーのスーツ。壇上へ上がった彼女は、全校生徒を見下ろしながらスタンドマイクへ近づいた。
「あー……聞こえているかい、生徒諸君。今日をもってこの学校へ赴任してきたコルネイユ・カルーラだ。見ての通りの化学教師だが、正直この世界の事象は化学でも説明がつかないことが多くてね。だから授業は教科書通り淡々と進むかもしれないが、その辺りは留意してくれると助かるよ」
コルネイユ先生の言葉を受けた生徒たちはシンと静まり返る。先程のざわめきは鳴りを潜め、壇上の女教諭へ注目している。それは、彼女の独特な言葉遣いも影響しているのだろう。かくいう僕も、次に彼女がどんな言葉を紡ぎ出すのか興味を抱いている。
そのとき。傍らのクレインが、僕の制服の袖を引っ張る。
「……武器は見当たらないわね」
横目でクレインを一瞥してから、僕も思い出したかのようにコルネイユ先生を注視した。確かに、彼女が身に着けているアクセサリー類にも変わったところはない。ササコ先輩のように耳飾りの類でもなさそうだ。強いて言えばあのモノクルが怪しいが、遠目から覗う限りは人間界のデザインと相違はなさそうだ。
「そうだね。でも、ササコ先輩みたいに隠しているかもしれないし」
「確かにそうね。引き続き見張るわよ」
小声とはいえ会話は目立つ。クレインとのコンタクトはこの辺りにして、再び壇上へと目を向けた。
「クラスは担当しないけれど、質問があったら親身になって相談に乗るよ。もちろん、君たちの方が詳しい事柄も星の数ほどあるだろう。でも、君たちよりは人生経験を積んでいる自負はあるから、私に答えられる範囲ならば何でも訊いてくれて構わないよ。逆に君たちに興味が湧いたら、私の方からも訊くかもしれないけれどね」
ものすごく要約すると「何でも訊いてくれ」ということになるのだろうけれど、僕にはだいぶ遠回しに言っているように聞こえた。ただ、彼女の眠そうな瞳も相俟って、本気で言っているのか否かさえ分からない。それでも生徒たちからは好感を得たらしく、若い女性教諭ということもあり特に男子からの注目は必至のようだ。
「ひとまずはこんなところかな。それじゃ、私はこれで。化学準備室で待っているよ」
マイクの電源を落とし、ヒールを鳴らしながら壇上から降りるコルネイユ先生。傍らのクレインとホノカも首を傾げている。
「あっ……コルネイユ先生、ありがとうございました。それではこれで、臨時の全校集会を終わります。お疲れ様でした」
コルネイユ先生が舞台袖に姿を消した後、僕は思い出したかのようにマイクへ向かった。
何も収穫がないということは、本当にただの人間の教師なのだろうか。僕の心の中では、言葉にできない靄のようなものが渦を巻いていた。
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