第二章 - Ⅵ
「思ったより時間が掛かりましたね。コハク型、ホノカさんが苦戦したのも分かる気がします。彼らは本能だけでなく、理性によっても行動をするのですね。ただ、先程武器をタカトくんに投げずに私に投げたように、ある程度の感情の起伏もある、ということです」
メリンを鞘へと納めて先輩が何かを念じると、それは元の小さなピアスへと姿を変えた。ササコ先輩の冷静な分析。あのホノカが何回も斬り結んで、いよいよ決着が付かなかったところへヒメノが援護射撃を加えたのだ。執行兵が束になってかかっても厳しかった相手を、僅か数回武器を振るっただけで倒してしまうとは。ササコ先輩の実力の高さが浮き彫りとなる。
「先輩、怪我は大丈夫ですか?」
「ええ、この通りピンピンしてます。そもそもあまりヒドゥンと接触をしないまま倒してしまったので、彼らがどんな動きをしてくるかも分からなかったですね。ただ「ゲート」がすぐ近くにある影響で、今後コハク型も姿を現すでしょう。その時はまた、私が仕留めますので」
涼しい顔で言うササコ先輩。そういえば、彼女の荷物を持ったままだったことをすっかり忘れていた。僕は小さな手提げとベージュのウールコートを先輩に差し出した。
「これ、お返しします」
「あ、ありがとうございます。けれど、もう少しだけ持っていていただいても大丈夫ですか? 先ほどの戦闘で、身体が温まってしまって。家に帰るまでなら、このままの格好でも大丈夫そうです」
ということは、ホノカと先輩が住んでいる家に着くまでは僕がこのコートを持っている必要があるということだ。ササコ先輩の香りに包まれているような感覚。心臓が高鳴っていく音が聞こえてしまいそうだ。
「さて、ホノカさんも帰ってきている頃ですね。ふふ、クレインさんも一緒にいるみたいですよ」
先輩が提示したスマートフォンの画面には、ホノカからのメッセージが記載されていた。思ったよりも高校での用事が長引いたため、クレインも含めて夕食をという誘いだ。
「クレインもいるみたいですし、僕もご一緒していいですか?」
「ええ、もちろん。本当はタカトくんとふたりで食べたいところでしたけどね」
先輩の微笑みは、本当に分からない。どこまでが本心なのか、僕にどんな反応を求めているのか。
歩き出して何分か考えていたが、僕は意を決して隣の彼女に話しかける。
「ササコ先輩、今日はありがとうございました。えっと、さっきのマフラーの件、なんですけど」
「一緒に来てくれますか? さっきはああ言いましたけど、もちろんクレインさんやホノカさんもご一緒に。そういえばホノカさんも、冬物が欲しいって言っていましたし」
「あ、そうなんですね……」
ふたりきりがいい、という言葉は、やはり不意に零れたものだったのだろう。先輩とふたりきりという状況を期待してしまった僕だが、よくよく考えてみればクレインやホノカが居てくれた方が気は楽だ。クレインもそろそろ冬物の服が欲しい頃だろうし、タイミングはちょうどいい。
しかし。ササコ先輩は僕に振り向いて、意味深な微笑みを覗かせた。
「がっかりしました? さっきの言葉は嘘じゃないですよ。私はタカトくんとふたりきりで回ってみたいです。けれど、あんまりタカトくんを借りちゃうとクレインさんに怒られてしまいますから。ほら、あんなふうに」
気づけば、ホノカとササコ先輩が暮らしている家の近くまで辿り着いていた。家の前には制服姿のクレインが立っており、僕とササコ先輩を認めるなり小さく頬を膨らませていた。僕は慌てて彼女の元へ駆け寄る。
「ただいま、クレイ――」
「随分とお楽しみだったみたいね。こんな時間までふたりきりなんて」
「ええっと、これには深い事情があってさ……途中でヒドゥンと戦ってたんだ。ほら、例のコハク型が現れて」
「ササコ先輩なら、ヒドゥン一匹くらい造作もなく殺せるわ。それを差し引いても少し帰りが遅すぎじゃないかしら」
「あらあら、クレインさん嫉妬ですか? 可愛いですね。確かにクレインさんが仰るようにちょっと話し込んじゃいました。久し振りに会えたんですから、そのくらいは大目に見てください」
「む……」
相変わらず納得のいかない様子のクレインだったが、ササコ先輩に煽られるような言葉にも突っかからない辺り、先輩のことを認めていると言えるのかもしれない。
「さあ、せっかく皆さん揃えたんですから、夕食にしましょう。今夜は私が作りますよ」
「ササコ先輩が、ですか?」
彼女の料理はもちろん味わったことがないし、彼女が料理をしている姿を想像出来ない自分がいた。
「ふふ、私も人間界が長いので、タカトくんの知らないところで色々と経験しているんですよ。そういう女性の方が、魅力的だったりしませんか?」
「ちょ、ササコ先輩っ! もう……今日はやたらと饒舌ね。タカトも、いつまで先輩のコート持ってるのよ」
クレインに半ばひったくられるようにササコ先輩のコートと荷物を手放す。先輩のぬくもりが離れていく感覚。そのとき感じた寂しさは、果たして僕の本音なのだろうか。
「さ、遠慮せず入ってください」
ニコニコと微笑みを浮かべながら僕を迎えてくれる先輩。今日は彼女の笑顔だけではなく、色々な面を見た日だったなと改めて思った。
――しかし。ササコ先輩が口にした、彼女たちの武器の開発者である姉妹。
人間の世界に来ているわけはない、けれど、何処か不思議と引っ掛かりを覚えている自分が確かにいた。
その予感が現実のものとなったのは、週明け月曜日のことだった。
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