第二章 - Ⅱ
「いらっしゃいま――タカト? お前さっき上がったばかりだろ、忘れ物か?」
店内に入ると、皿洗いを済ませたであろう店長がエプロンで手の水滴を落としながら現れた。首を傾げつつ、最早お約束の反応をされた僕は隠す気もないので傍らのササコ先輩へ視線を移した。
「お疲れ様です。いえ、ちょっと……」
「こんにちは、マスターさん。今日はタカトくんと一緒なんです。お席、空いていますか?」
僕の隣に身を寄せるササコ先輩。店長は一瞬目を疑ったようだが、何かを察したようにニンマリと笑う。
「なるほど、そういうことな。タカトも隅に置けないな、あの白い髪の子がいるっていうのに、ササコちゃんにまで手を出すとは」
「なッ、なんてことを言うんですか。手なんて出してませんって」
数日前の母親といい、第三者は何かとクレインを引き合いに出したがる。もちろん先輩とやましいことなどしていないので、僕は首を横に振った。
「分かった分かった。今日はお客さんも少ないし、好きな席に座ってくれ」
何か多大なる誤解をされたまま席に通されたような気がするが、ひとまず置いておこう。
疎らな店内を一目見て、僕とササコ先輩は窓際のふたり掛け席に着いた。早速メニューを先輩に手渡し、尋ねる。
「ササコ先輩、注文はどうしますか?」
「カフェラテにします。あと、ミルクレープも」
コートを脱ぎながらメニューを眺め、ほんの数秒で注文を決めてしまう先輩。僕がいないときに来ると言っていたから、お決まりのメニューなのかもしれない。
直々に注文を取りに来た店長に伝え、冷やかされながらもその場は切り抜ける。
「ふふ。タカトくん、すっかりマスターさんに遊ばれちゃってますね」
「いつものことですよ。それより……なんだか、先輩とここに来ると初めてディカリアの人たちと会ったときのことを思い出しますね」
「あ、私も思いました。あのときは、いきなりタカトくんの家に押しかけてごめんなさい。びっくりしましたよね?」
随分と懐かしい話題だ。ディカリアの面々と出会う前、突然ササコ先輩が僕の家を訪ねてきて「会って欲しい人がいる」と切り出したのだ。彼女の来訪にはもちろん驚いたが、そのときの僕は先輩に命を奪われるものだとばかり考えていたので、思わず拍子抜けしたのを覚えている。そしてディカリアのキララ、アミナと出会ったのがここだった。
「はい。ついにディカリアが僕を殺しに来たのかと」
「そう思われても不思議じゃありませんよね。タカトくんは私のメリンに気づいていたんですから。ヴァリアヴル・ウェポンは肌身離さずが原則とはいえ、学校内で耳に付けておく必要はありませんでした」
少しだけ肩を竦めるササコ先輩。僕以外に、クレインもホノカも彼女の武器の正体に気づいていた。本当に一瞬、あのピアスが光らなければ分からなかった。あの日までは、ササコ先輩のことを人間だと信じて疑わなかった僕がいる。
「それでクレインたちと生徒会室に乗り込んだから、僕もディカリアと会うことになったんですよね」
「ええ、そう考えることもできます。タカトくんの情報は既に入手していましたが、確証がなかったので。クレインさんたちと一緒に居る人間の男の子ということで、合点がいきました」
「先輩は、クレインやホノカが執行兵だって分かっていたんですね」
「ホノカさんに関してはご自身で言っていましたし……クレインさんは、ルーシャにそっくりですし。タカトくんは会ったことがありませんでしたよね。一度、ぜひルーシャと顔を合わせてお話してもらいたかったです。クレインさんのこと」
ルーシャさん。話の中でしか現れない、僕にとっては出会うこともない人物。もしゲートを通って彼女たちの世界に行けたのなら、その写真くらいは拝むことができるのだろうか。
ゲート、という言葉が脳裏を掠めたので、僕は先輩に話を振ることにした。
「ササコ先輩、そういえば「ゲート」の調査状況はいかがですか?」
先輩の表情が引き締まった。そう、大学生という肩書の傍ら、彼女はずっとゲートの調査をしていた。執行兵やヒドゥンがゲートを通り、この世界に来ていることは周知の事実。しかしその場所や転送方法は未だに判明していない。ゲートを開いた張本人であるアミナは既にこの世を去っており、訊く手段はないのだ。
彼女は一度僕から視線を外した。数秒経って、髪の色と同じ澄んだブラウンの瞳で、再び僕を見つめる。
「……ゲートがどこにあるのかは、もう分かっています」
「えっ!」
「そんなに驚くことではありませんよ。確かに、私たちは気づいたらこの街にいました。ということは、ゲートの場所もこの街とそう離れていないはず。そう仮定して、付近を探し回ったんです。そこでようやく、とある山の頂に夜だけ現れる光の空間を見つけました。ですがヒドゥンの反応が強く、接近は断念しています。仮にゲートを通りたいとのことであれば、あの溢れんばかりのヒドゥンをどうにかしないといけませんね」
そうだ、アミナがゲートを開いた理由は、彼女たちの世界からヒドゥンを呼び寄せるため。アミナがどんな理由でこの街にゲートを開いたのか分からないが、たまたま彼女たちの世界とこの街が繋がってしまって、たまたまこの街に僕がいた。そんな理由がしっくりくるだろうか。
いや、逆も考えられるかもしれない。僕がいたから、この街にゲートが開かれた。つまりこの街が結ばれるのは必然だったという説。アミナが居ない今、それを訊くことは叶わない。
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