第一章 - Ⅵ

 あの日の壮絶な戦闘が、脳裏を掠める。クレインが打ち倒したディカリアの長、アミナ。彼女は確かにその命を散らす間際、言っていた。


 ――アタシが蒔いた種も、芽を出すかもしれない――


 その「種」が、目の前の少女だとしたら? クレインたちの後輩にあたる執行兵が、既にアミナにより作られた……ディカリアの支配下に置かれているとしたら?

 でも、ディカリアはヒドゥンと協力する執行兵たちのはず。グルタ型を葬った彼女は、果たしてディカリアの一員といえるのか?

 考えれば考えるほど、少女に対しての疑念は深まるばかりだ。しかし、少女は。

「質問に答える必要はありません」

 まるで壊れた機械のように、無表情で同じ言葉を繰り返す。そこからの行動は早かった。少女が鋭く地面を蹴ると、クレインとの距離を一気に詰め右手のナイフを一閃する。

「ッ!」

 寸でのところでファロトの盾を使用し、斬撃を受け止めるクレイン。ただ、少女の攻撃は一度では終わらない。二度三度と斬撃の軌跡を重ねると共に、少女の顔にも険しさが増していく。クレインは、そんな少女の攻撃をただひたすらに受け流した。一見すると防戦一方のクレイン。しかし、槍を強く握り込む右手は変わらず、反撃の機会を待っているようだ。以前の彼女とは違う心の余裕が垣間見える。

 そして、その瞬間は訪れる。

 少女が繰り出す斬撃が、次第に遅く鈍くなる。スタミナが切れ、疲労が蓄積しているのが僕にも分かった。その一瞬を、クレインは見逃さなかった。

「そこ、よッ!」

 クレインは少女の斬撃に合わせて左手の盾を殴打の要領で振り抜いた。咄嗟に対応できない少女は武器こそ弾かれなかったものの、バランスを大きく崩す。そこに襲い掛かるファロトの槍。鋭い突きが迫ると、少女は表情を歪めながら半身になり避けた。しかし、その腹部に槍の先端が掠る。

「う、ぐ……っ!?」

 痛みにより低くくぐもった声を発した少女。すぐにクレインと距離を取って武器を構え直すが、攻撃により上がった息は簡単には整わない。

 少女とは対照的に、クレインはあくまでも涼しげな表情で言い放つ。

「そんな攻撃では甘いわね。確かに動きは早いけれど、あなた程度ではアミナやササコ先輩の足元にも及ばないわ」

 クレインの言葉は実に頼もしく響いた。ディカリアとの邂逅を経て、様々な戦闘を経験したクレインは目の前の少女程度の障害を捌くなど容易いことなのかもしれない。クレインが負けるとも思えないが、少女の正体がまるで分からないのが気掛かりだ。ヴァリアヴル・ウェポンを所持していることから、執行兵で間違いは無さそうだが……ディカリアでもない執行兵が、どうして僕たちに刃を向けるのか。

 少女が、再びナイフの切っ先をクレインに突きつける。

「は、ぁッ……好きに、言えばいいです。命令は絶対、命令は……っ、う、あ……!?」

 しかし。ナイフを持っていない左手で頭を押さえつつ、少女は突如苦しみ出す。訝し気な表情を浮かべるクレイン。呼吸の間隔は短くなり、肩で何とか息を整えようとしている姿が痛々しい。

「まさか、私の動揺を誘おうとしているのかしら?」

「そうは見えないけど……でもクレイン、気を付けて」

「当たり前よ。あの灰色女が武器の秘匿された力を引き出せる可能性もあるし、いざとなったら私もファロトの力を解放するわ」

 クレインは僕を守るよう、ファロトの盾を全面に突き出して少女の出方を窺っている。でも、少女の苦悶の表情は晴れることは無い。がくんと膝を突いて、右手のナイフも光を失い、武器から別の姿へと変貌する。あのナイフのもうひとつの姿は、ブラックメタルの懐中時計だった。

「情け、ない……ッ! 私は、何も――」

 少女の大粒の瞳に浮かんだ確かな涙。思わず困惑しそうになる僕。ただ、文字通りそれまでだった。少女はふらつく足取りで何とか立ち上がると、そのまま漆黒の闇へと溶けていく。辺りに残ったのは、長い静寂。

「タカト、大丈夫? いったい何だったのかしら……念のため、帰りは警戒するわよ。あの執行兵がまた襲い掛かって来るかもしれないし」

 ファロトを元の腕輪に戻しつつ、クレインは僕に向き直って告げた。少女の行方はともかく、無事に戦闘が終わりホッと息をつく。

「僕は大丈夫。クレイン、どうしてあの子が執行兵だって断言できるの?」

「どうしてって、武器を持っていたわ。あの黒いナイフは間違いなくヴァリアヴル・ウェポンよ。それにあの灰色女が着ていた服。あれは、執行兵の養成校で支給される制服。あまりにも懐かしかったから問い掛けたけれど、結局真意は分からなかったわね」

 クレインが少女の服装に着目した理由がようやく分かった。つまり、クレインやホノカも同じ制服を着用していたということになる。軍服のようにフォーマルでいて、相応の可愛らしさも演出しているあの衣装が脳裏に蘇る。

「とにかく、帰りはホノカに会っておくべきね。ササコ先輩には会えなくても、ホノカから伝えてもらいましょう」

 クレインの言葉に頷きを返して、僕たちは公園から引き上げる。

 ただ、どうしてだろう。今日、高校の正門前で出会ったクレインとよく似た少女と、今しがた消えた灰色の少女が、全くの無関係ではないという直感を抱いてしまっていた。何故、両者の繋がりを意識したのかは自分でもよく分かっていない。確かなのは、間違いなく人間ではなく、執行兵と関係のある人物だということだ。


 あまりにも衝撃的なふたりの少女との出会い。それが全くの偶然ではなかったことを、僕はこの後思い知ることになる。

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