第一章 - Ⅳ

純白の少女との邂逅からほんの僅か、クレインとホノカがこちらへ歩み寄ってきた。例の用事を済ませたようで、帰り支度は万全だ。

「お待たせ、タカト。帰りましょう?」

 微笑むクレインに、どうしても先程の少女の顔を重ねてしまう僕がいる。駄目だ、彼女はまだ執行兵だと決まったわけでもないのに。とにかく、あの出来事をクレインたちに話さなくてはいけない。

「あ、クレイン。うん、えっと……」

「タカト?」

 思い悩んで、結局僕は何も告げることができなかった。クレインやホノカに話したら、次世代のディカリアだと街中を探し回りかねない。そんな彼女たちを止めるだけの気力は僕にはない。

 そう。純白の少女が瞳に焼き付くように想起されている、今の僕には。

「なんでもないよ。今日はバイトもないし、真っ直ぐ帰ろうか?」

「私に何か隠してる? さっき、誰かと会ったとか」

 核心を突くクレインの一言に、行動には示さないまでも心臓が跳ね上がるような感覚に見舞われる僕。まさしく僕は見知らぬ誰かと会って、その容姿がクレインととても似通っていて、もしかすると次世代のディカリアである可能性がと思ったところだ。クレインはその辺り、僕のことなどお見通しなのかもしれない。

「い、いや。誰とも会ってないし、仮に会ってたとしてもクレインたちに隠す必要なんてないよね」

 クレインが完全に納得していない様子だったのを見かねたのか、傍らのホノカが援護射撃のように彼女の肩に触れた。

「確かにそうだな。クレイン、お前の思い込みすぎだ。もう少しタカトを信じたらどうだ」

「ホノカまで……まあ、いいけど。もし後になって何かあったら許さないわよ」

「分かってるよ」

 シラを切ることに成功した僕は、今後あの純白の少女とクレインが鉢合わせないことをひたすらに祈っていた。



 その夜。普段はクレインとホノカ、ふたり体制で向かっているヒドゥン狩りだが、今日はササコ先輩がゲートの調査から戻る日だということで、ホノカは家で先輩の帰りを待つことになった。従って、僕とクレインのふたりで夜の街を歩いている。

「さ、今日もヒドゥンを探すわよ」

 何処か嬉しそうな表情で隣を歩くクレインは、ワンピースにカーディガンを合わせた秋仕様の格好だ。最近ではヒドゥンを探しに行っても空振りで終わることの方が多く、ササコ先輩が以前言っていた「ヒドゥンの数は確実に減少している」という言葉の裏付けになっていた。そのおかげで外を歩く機会も減っていて、尚且つ大体においてホノカと三人での行動をしていたため、確かにクレインとふたりきりという状況は珍しい。

 部屋では一緒に過ごしているはずなのに、こうして外にいると別の緊張感を覚えてしまう自分がいる。

「ヒドゥン、今日も現れないといいんだけどね」

「あら、私はいつでも大歓迎よ。どんなヒドゥンが相手でも、あなたとこの「ファロト」があれば怖くないわ」

 ヒドゥンの弱点を見極める僕の特別な瞳は健在だ。それと、彼女の武器であるファロトがあればその辺りのヒドゥンなど怖くはないはず。しかし、僕はいつも不安に駆られている。

「そうかもしれないけど、もし君が怪我をしたらと思うとね」

 クレインは一瞬だけ綺麗な青い瞳を見開くと、その口元に緩く笑みを浮かべて、少しだけ僕に寄り添った。

「そういうあなたの優しいところ、嫌いじゃないわ」

 個人的には素直に「好き」と言われたい場面だったが、これでも十分に好意を伝えて貰っている状況だと今なら分かる。

 やがて、かつて幾多のヒドゥンと激闘を繰り広げた大きな公園に辿り着く。深夜に近い時間ということもあり、辺りの人影は皆無だ。この公園は街灯の数も疎らで、月明かりのない夜はシンと静まり返る。

 そして。今日は、奴がいた。


「――ッ、タカト、気を付けてッ!」


 鼻を突くような異臭が漂ったかと思うと、目の前に巨大な犬か熊のような生物が姿を見せた。奴の名前はヒドゥン「グルタ型」。一番多く見る型のヒドゥンだが、幸い肉質は柔らかく倒しやすい。例の弱点は、セオリー通り奴の脳天にある。

「グルタ型か……クレイン、弱点はいつも通り頭みたいだよ」

「タカトも板に付いてきたわね。私たちと過ごしていれば当たり前かもしれないけれど。とにかく、時間は掛けていられないわ。すぐに終わらせる――ファロト!」

 ヒドゥンと僕の間に立ち塞がるように躍り出るクレイン。彼女の声と共に、彼女の腕輪が眩い光を放って、武器へと変貌を遂げる。

 ヴァリアヴル・ウェポン。彼女たち執行兵が異形、ヒドゥンと戦うための武器。今のクレインは、亡き姉の形見とも呼べるヴァリアヴル・ウェポン「ファロト」を用いて戦っている。右手にはかつて彼女が携えていた「アマト」とよく似た形の騎兵槍。もう片方の手には、天使の翼を模した大型の盾。一対の武器となり彼女の手に収まった。

 クレインの青い瞳が、目の前の異形を見据える。口元から涎を垂らし、今にもクレインに襲い掛からんとするヒドゥン。彼らの目的は紛れもなく、この僕だ。僕は彼らの弱点を見る瞳を、なぜか持っているから。天敵となる存在は排除、それはヒドゥンの間でも共通の認識なのかもしれない。

 先に行動を起こしたのはヒドゥンの方だった。グルタ型の特徴である鋭い爪を振り上げ、クレインを引き裂かんとばかりに叩きつけようとする。しかし、そんな大振りで見切りやすい攻撃ほどクレインにとって好都合な物はない。盾を使うまでもなく、後方へ飛び退いての回避をするクレイン。

「遅いわね。今度は私から、行くわよッ!」

 回避の勢いを殺さぬまま、クレインは地面を蹴り込む。ヒドゥンが爪を振り下ろした衝撃は計り知れず、その反動も大きい。満足に動けないヒドゥンの頭、剥き出しになった弱点に、クレインが迫る。まずはその行動を封じようと、左手の盾を使っての殴打を仕掛けた。

「グ、アァッ!?」

 醜い叫びと共に夜の公園に鈍く重い音が響き、ヒドゥンはくらりとバランスを崩す。防御のための盾を攻撃に転用する、元々一対の槍を使っていたクレインらしい立ち回りだ。

「呆気ないものね。せいぜいあの世で悔やみなさい、この世界に来てしまったことを――」

 こうなればクレインの勝利は間近だ。ヒドゥンは脳震盪を起こし動けない、そこに右手の槍が肉薄する。そのまま槍の先端は、ヒドゥンの脳天を捉え、いつものように光の粒となる……と、僕が確信していたときだった。

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