第一章 - Ⅱ
どこでどう運命が捻じ曲がったのか、何の因果がそこにあったのかは分からない。けれど、事実として僕たちは高校の生徒会に所属している。一番の要因は、既に高校を卒業したササコ先輩による斡旋だ。生徒会の役員は厳格な選挙によって選ばれるのが普通。ただ、僕たちが生徒会に入った年、つまり去年はササコ先輩が僕たち三人を強く推し、それに意を唱える生徒は皆無だったとのこと。執行兵特有の記憶操作でその辺りはどうとでもなるのだろうか。ササコ先輩の人柄であれば小細工をしなくても生徒たちを振り向かせることはできるかもしれないけれど。
発足した生徒会は何故か僕たち三人だけだったのがとても疑問だったが、深くは突っ込まないことにしておいた。これで僕以外の人間がクレインたちと深く接してしまったら、それはそれでややこしいことになりそうだから。
「タカト、クレインちゃん、ホノカちゃんが来たわよー」
そのとき。下の階から僕の母の声が聞こえた。クレインと一緒に降りると、そこには長い黒髪を靡かせるひとりの少女が凛とした佇まいでリビングの椅子へ座っていた。すっかり馴染んでしまったなと苦笑しつつも彼女に挨拶を投げた。
「おはよう、ホノカ」
「ああ、おはようタカト。クレインは相変わらず眠そうだな」
「仕方ないでしょう、朝は弱いのよ」
腰に手を添えて僅かに頬を膨らませるクレイン。でも、彼女の表情に以前のような殺気は欠片もない。かつては姉の仇だと自分を追い込み、ホノカを殺そうとしていたクレイン。今となっては、ふたりはとても息の合った仲間だと胸を張って言える。
「ホノカちゃん、いつも来てもらって悪いわねー」
母親の言葉を受けて、改めてホノカが「友達」としてこの家に遊びに来た日の事を思い出した。クレインや僕の友人であり、かつ生徒会のメンバーであれば家に上げることは何の問題もない。
「とんでもない、お母様。私もひとりより、タカトやクレインと登校したいので」
「ま、お母様だなんて! ちょっとタカト、あんたクレインちゃんといい感じなんじゃなかったの? まさかホノカちゃんにも手を出してるの?」
母親にまくし立てるように言われ、ホノカの笑みとクレインの視線が痛い。確かにこのふたりが生徒会のツートップになった際、学校中の生徒が沸き上がったのもまた事実。とにかく人目を引く容姿を持つ彼女たちは、高校でも人気の存在となっている。
「ちょ、母さん……まあいいや、行ってくるよ」
「おばさま、私も行ってきます」
「三人とも気を付けてね、生徒会、頑張るのよ」
玄関から出て、朝日を浴びる。まだ生徒たちの姿は疎らだ。少し早めに家を出るには、それなりの理由があった。ササコ先輩もよく行っていた、恒例行事だ。ホノカが僕たちに向き直ると、左腕の腕章と彼女の首に掛けられたネックレスが光った。
「タカト、クレイン。今日は正門前に立って挨拶だ。私が先導する、挨拶くらいは元気よく、だぞ?」
「はいはい、分かってるわよ。あなたこそ張り切りすぎて空回りしないようにね」
「張り切りすぎくらいがちょうどいいんだ。私はササコ先輩のようにはなれない。だから、私のやり方で生徒会を運営する。ササコ先輩もそれを望んでいるはずだ」
ササコ先輩を立てつつ、自らのやり方を貫き通す。真の通った生徒会運営、それが生徒会長、焔火ホノカの方針だ。
朝は校門の前で挨拶を、昼は普通に授業を受け普通に昼食を摂り、午後の授業へ。そしてあっという間に放課後がやってくる。生徒会の運営に際しては特に話し合うことは現状ないのだが、放課後に生徒会室へ集まることが通例となっているため、自然と僕たち三人は集合していた。深紅の腕章を身に着けたホノカが、歴代生徒会長の定位置である窓際の席へと移動する。皮張りの椅子の座り心地はかなりのものだそう。ぜひ僕も一度座らせてもらいたいところだ。
この部屋に来ると、ササコ先輩に直談判をしに行ったときのことを思い出す。当時もこうして、クレインとホノカと三人で殴り込みに近い行為を働いた。きっと先輩はあの頃から、アミナたちに隠れてヒドゥンを狩っていたのだ。いくらディカリアに対する目暗ましだからといって、先輩には悪いことをした。
「さて、今日も一日終わったな。私たちの活動はここからだが」
「そうね。近々の話題だと、学祭かしら。去年はかなり盛り上がったし、今年も上手く運営できるといいわね」
「去年はササコ先輩に手取り足取り教えてもらったようなものだからな。正直、今でも教えを乞うことは多いが……今年は、できれば我々だけで成功させたいものだ」
ホノカとササコ先輩はあのミオリの家で一緒に暮らしている。高校を卒業し、大学へと進学した先輩は相変わらず執行兵やヒドゥンの通り道……ゲートの調査をしていて、僕とクレインも定期的に先輩の報告を聞いている。大学生になっても先輩は先輩で、忙しいはずなのにホノカに稽古を付けたりと執行兵の先輩としても活躍している。
「タカト、各クラスからの出店要請は集まっているか?」
「うん、こっちは大丈夫。ちょっと現実的じゃない内容のものを省いたりしてるけど、概ね予想通りかな」
学祭ではクラス毎に行いたい出し物を話し合い、出店要請として生徒会に提出することになっている。書記兼会計の僕がその内容を精査して生徒会内で話し合い、最終的に学校側の承認を得るところまでが僕たちの仕事。今はその精査段階というわけだ。
「何か突拍子のない企画があったか?」
「あったよ。キノコ料理専門店とか。自分たちが採ってきたキノコを使いたいらしいけど、衛生面から却下だね」
「あら、私は嫌いじゃないわ。キノコって毒を持つ個体も多いのよね、生きるか死ぬかで楽しめそう」
鈴を転がすような声で笑うクレイン。彼女たちは毒キノコを食べても死なないかもしれないが、人間にとっては致命傷だ。文字通り命を落とすこともあるというから恐ろしい。
「クレイン、遊びじゃないんだぞ」
「冗談よ。でも、年に一度の祭典なのだから人間たちもある程度は羽目を外したいのかなって思うのよね」
確かに、その意見には同感だ。学祭は校内で行われるイベントの中でも特別な物だと思う。参加する側ではなく運営側に回ってみて気づくことも多かったが、あちこちで学祭の話題が飛び交っているし、生徒はかなり協力的だ。それだけ、彼らにとっても楽しみな祭典だということの表れなのかもしれない。
「確かにそうかもしれないな。とはいえ、学校行事として学祭を成功に導くのが我々生徒会の役目だ。遊び感覚でやっていてはササコ先輩に怒られてしまうからな」
あのササコ先輩が怒る様子を見てみたい、と少しでも思ってしまった自分がいる。優しく諭してくれるのか、それとも鬼のような形相で怒るのかは定かではないが。
「そうね。まあ、命に関わるようなことじゃなければ許可してもいいんじゃないかしら? ねえ、他にはどんな企画が出てきてるの?」
皮張りのソファでクレインと密着するように、彼女がこちらを覗き込んでくる。その様子を見据えたホノカの視線が地味に痛かったが、その場は特に何も言われずに終わった。
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