第6話「泣きそうじゃなぃ…ぐずっ」
[篠山(しのやま) 絢音(あやね)視点]
お風呂から上がって髪を乾かし終えると、毎回の様に勉強どうこうの話をしてくる母親を避けて自分の部屋に向かう。
スリッパを乱雑に脱ぎ、飛び込む様にベッド上に横たわる。
ベッド横の照明台に置いてあるスマホを手に取り、電源をつけると、予定通りに風香から連絡が来ていた。
〈準備はできたか?落ち着いたら連絡をくれ〉
風香からの連絡は四十分以上前に来ていた。
私も早く話を聞きたいのでできる限り急いだが、やはりお風呂は魔の空間である。私の鋼の意志を持っても離れられないとは…
〈待たせてごめんね。準備できたよ〉
スマホをいじっていたのか、一瞬で既読がついた。
〈電話するぞ〉
〈どうぞ〜〉
ブーっとスマホが振動し、スマホの画面が切り替わった。
緑色の電話マークを押すと、風香の声が聞こえてくる。
『こんばんは。すまない、風呂に入っていたとかか?』
「こんばんは。うん、待たせちゃってごめんね」
『いや、時間を決めていたわけではないからな』
昼休み頃、風香から「今晩相談したいことがある」という主旨の連絡が届いた。もちろん私は二つ返事で「いいよ」と言ったので、今この状況なわけだ。
「それで、何か相談があるって話だけど…」
『ああ、そうだ——』
紡がれた言葉は、私の度肝を抜いた。
『——まず、少し前から気になっている男子がいるんだが』
「は?」
…さて、私の手を赤く染める時が来たらしい。
「風香の彼氏は高身長で高学歴でイケメンで面倒見が良くて現実的だけど面白くてなんでも付き合ってくれるような人じゃないと許さんけんね!」
『いやそれは絢音が決めることでは…というかおそらく全部当てはまってはいるが』
なにその完璧超人。
もう風香じゃん。
「えっそんな人いるんやね…」
『いないと思って言ったのか…?あと方言出てるぞ』
「はっ、いけないいけない」
みんな標準語なのに方言丸出しだと田舎人みたいで恥ずかしいから頑張って矯正しているのだが、木が抜けるとすぐこれだ。
「…で、まあ五億歩くらい譲って気になる男子が居るのはわかったよ」
『それはよかった。で、仲を深める時間を作るために、昨日で今日と明日の仕事を終わらせたのだ。そして今日の先ほど話しかけた…のだが』
「のだが?」
『もしかしたら…うん、もしかしたらなんだが、距離の縮め方を間違えたかもしれない…』
「なるほど?いきなり名前で呼んじゃったとかそんな感じ?」
いやー中学校に上がった時それで若干気まずくなったものだ。
結局その子とはだいぶ仲良くなれたからよかったけど。
『…色々あって、数分間頭を撫でてもらった挙句抱きついてしまった』
「風香アホなん?アホやろそれは」
何があったらそうなるん?…いや本当に。
『なっ、アホとは何だ!』
「いやいや…え?正気?」
『…これでも考えがあってだな』
「言ってみ?」
『まず、恋愛のステップとしてはABCがよく言われているものだろう?』
「そうやね。それが?」
『それが、今ではHIJKというものに変化してきているらしいんだ』
そんなものがあるのか。私は聞いたことがないけど…
『最初にエッチ、次に愛が生まれて、子供ができて、結婚の流れだ』
「ああ〜…まあ確かに最近よく聞く流れではあるんやけど…」
『これから考えるに、手っ取り早く仲良くなる、つまり好印象を抱かせるには肉体接触だろうと』
「そう行っちゃったんかあ…」
流石にそのHIJKにも前提としてある程度の関係性があるとは考えなかったのだろうか…いや確かに本当にそこから入る人たちもいるにはいるらしいけども。
『しかし、家に帰ってよくよく考えてみると、流石に関係値ゼロの状態から肉体接触は早計だったのではと…どう思う?』
「いやその通りよ?早計以外の何ものでもないけんね?」
『なに!やっぱりそうなのか…』
「話したことないのに突然甘えてくるやべー女と思われてる可能性すらあるもん」
『え…そこまで…』
電話越しに聞こえてきたのは今にも消え入りそうで、生きているかもわからないような声だった。
…これ、もう気になってるとかそういう次元じゃないやん…好きやん完全に。
「…いやでも、撫でてくれたってことは、相手は少なくとも風香を悪くは思ってないんやろうし、まだわからんよね」
『…っ、うぅ…そ、そうだよな!』
「風香泣きそうやん!そんな!?」
『泣きそうじゃなぃ…ぐずっ』
もう泣いてるように聞こえるが、気のせいなのだろう。たぶん。
「まあ、一旦明日は様子見てみなよ。今度は焦らないようにね」
『うん…ありがとう…』
完璧な生徒会長が「甘やかしてもらえないだろうか…?」なんて言うので甘やかしてみると、想像よりだいぶ可愛かった 芳田紡 @tsumugu0209
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