第5話「ほら、食べるといい」
「思ったよりは賑わってるな」
荒木は俺の家の近くにあるバス停から数駅先くらいの場所にあるマンションの一室に住んでいるらしいので、今は俺の家までの途中にある商店街に来ていた。
ショッピングモールやスーパー、コンビニなどが広く普及した影響で、商店街の活気が失われているという問題をよく耳にするが、想像以上に人が多かった。
もしかしたらこれでも以前より人が少なくなっているのかもしれない。
人混みが苦手な俺からしたら恐ろしい状況を想像してしまい戦慄する。
「にしても、荒木は商店街でよかったのか?特にすることもないと思うが…」
「私は最近こちらに引っ越してきたのだが、元々住んでいた場所の近くに商店街なんて無くてな。どんな場所か気になっていたんだ」
「そうなのか。前はどこに?」
「福岡にある祖父母の家に住まわせてもらっていた」
「ということは今は一人暮らしか?」
「そうだ。気楽ではあるのだが、家事は面倒だし、やはり…時折、寂しさも覚えてしまう」
普通の私立高校であればわからないが、天蘭高校に通うために他県から引っ越してくる人というのはかなり多く、寮やアパート、マンションなどで暮らす生徒も珍しくない。
昨日の出来事も、一人暮らしの寂しさが関わっていたのかもしれない。
しかし、前は祖父母の家に住んでいたのか。
…両親ではないところが少し気にかかるが、父親がロシア人ということだし両親は海外にでもいるのだろうか?それとも…
「汐、とりあえず見て回ろう」
「…ああ、そうだな」
俺が不穏なことを考えそうになったところで、荒木は俺の先を歩きだした。
それを見て、俺も後を追うように歩き出し、横に並んだ。
◆
商店街にはいろいろな店があった。
小さな本屋、鞄や時計などの専門店系、飲食店などだ。
適当な服屋に入ってみては値段の安さに驚いてみたり、ベンチに座って雑談したり、文房具を買ったりするのは、普段の勉強だらけで忙しない日常からすると非常に穏やかで、心が休まった。
すると、なにやら見つけたらしい荒木に肩をポンと叩かれる。
「汐、駄菓子屋があるぞ!行ってみよう」
荒木は駄菓子屋を指差してテンションを上げている。
商店街の駄菓子屋ということで、古風な駄菓子屋といった感じの店だ。
「早く早く!」
「お、おい荒木!?」
腕を掴まれ、駄菓子屋に引いていかれた。駄菓子屋はそんなに気分が上がるものなのか…
時間はまだ十八時頃ということで、店の中に入ると小学生くらいの子どもの姿もポツポツと見える。
なんというか、高校生の男女で駄菓子屋にくるのも場違い感が否めない。
「お、ねるねるねるねじゃないか。最近見かけないが、ここで見つけるとは」
もっとも、荒木は気にせず楽しんでいるようだ。…あとねるねるねるねは割とどこでもある気がするが。
店に入ったのに何も見ないのもおかしな話なので、俺も周りをざっと見てみる。
すると、保冷庫の中にある瓶のラムネが目に留まった。
昔に行った夏祭りくらいでしか瓶ラムネを飲んだ記憶がないので、少し心惹かれる。
特に味が違うというわけでもないのだろうが…まあそれほどの値段でもないだろうし、買うとしよう。
と、保冷庫の中から瓶ラムネを手に取ったとき。
「汐!これやらないか?」
普段よりさらに抑揚に富んだ声と共に荒木が差し出してきたのは、三つのうち一つだけ酸っぱいブドウ味のガムだった。
子どもの頃にこれで遊んだことがある人も多いだろう。
「もちろん構わないが、二人だぞ?」
「うーん…まあとりあえず一つずつ食べて、余ったのはジャンケンでいいだろう」
「つまり最初に選ぶものによっては確実に酸っぱいものをジャンケンで取り合う事態になるわけだ」
「ふふふ、そうだな」
なんとも滑稽な様子を想像すると、俺も笑えてくる。
「汐はそれを買うのか?」
荒木は俺が手に持つ瓶ラムネを見て俺に聞く。
「ああ。久しぶりに見たから、せっかくだしな」
「いいな、私も買おう」
そう言った荒木は、俺の取った物のすぐ左にあった瓶ラムネを取り出した。
「じゃ、買うか。…ねるねるねるねはいいのか?」
「私別にあれ好きじゃないしな」
好きじゃないのかよ。
◆
会計を終えた俺達は、商店街から出てすぐの緑地にあるベンチに腰掛けていた。
時刻はいつのまにか六時半ほどになっていて、楽しい時間の流れる速さを実感する。
既に日は傾いてきており、橙色の優しい光が俺達を照らす。
荒木の長く透き通った銀の髪はその光を反射していて、その美しさにこの時間もすぐに過ぎていくのだと考えて儚ささえ覚えてしまう。
そんな俺の思考も露知らず、荒木は袋から例のガムを取り出した。
「先に取っていいぞ」
「じゃあ…これで」
俺は真ん中のガムを取る。
「それじゃあ私は端のを」
荒木は自分側にあるガムを取った。
「よし、せーので食べるぞ…せーの」
荒木の合図をもとに、お互い手に持ったガムを口の中に入れた。
味は…うん、普通にブドウ味だ。
久しぶりに食べてみるとガムも案外美味しいものだな。たまに食べてみようか。
「俺は酸っぱくなかったが、荒木はどうだ」
「いや、特に酸っぱくはないな。美味しいぞ」
…ということはつまり。
さっき考えた事態になったわけだ。
「…まあ、とりあえず今のを噛み終えてからにしようか」
「…そうだな。汐の言った通りになるとは…」
暖かい風が吹いている。
荒木は風を防ごうと、髪を手で押さえた。
特になんてことはない日常の一幕なのだろうが、この時間帯に二人で居るという状況も相まってか、些細なその仕草に俺は目を奪われた。
「…どうかしたか?」
俺の視線に気づいたのだろう。
「いや、なんでもない」
「?そうか」
…まずいな。
今自覚したが、俺はまともに関わり始めてからまだ三日も経っていないこの女性が気になっているらしい。
…いや、まだわからないか。なんせ最初に頭を撫でて抱きつかれたのだ。嫌でも意識するだろう。つまり、これは一過性のものである可能性が高いわけだ。
なんとか思い浮かんでしまった思考を振り切る頃には、俺も荒木もガムを噛み終えていた。
「これ、勝った方がもらうのか?」
「馬鹿みたいで面白いじゃないか」
「なるほど、それが面白いのか」
「ああ。よし、ジャンケン」
「「ポン」」
俺はグー、荒木はパー。俺の負けである。
「よし!いやあよかったよかった。ほら、食べるといい」
「くっ…お前意外と茶目っ気があるというか、煽ってくるな…負けてしまったのだし、仕方ないか」
俺の眼前に残りのガムを押し付けてくるので、それを手に取って口に運ぶ。
「…ん?」
「どうした?」
「いや、これ…一個目と全く同じ味がするんだが」
「まさか、そんなわけないだろう。だってそうしたら私が酸っぱいのを…え」
「…味音痴か」
「…うるさい」
そんな、和やかな放課後になった。
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