第4話「汐との距離を縮めるためだ」

「え、あれって生徒会長だよね…?」

「なんで男と…」

「あの男場所変われ」

「汐って人じゃなかった?毎回二位の」

「付き合ってるのかな」

「馬鹿、そんなわけないだろ。生徒会の用事かなんかだ」


 帰る準備を終えて教室を出た途端、周りがザワザワと騒がしい。

 あの生徒会長がよくわからない男と二人でいるのだから、そりゃあ気にもなるだろう。

 

 冷静に考えれば当たり前というか、どうして一緒に帰るのを了承したときにこうなることが思いつかなかったのか自分がわからないのだが。


「なあ荒木、これ広まったらお前に迷惑をかける気がするんだが」

「…?ああ、周りのことか。好きに言わせておいてくれ。別に私は気にしないぞ」

「…ならいいか」

「もちろん、汐に何か絡んでくる奴がいたら私に教えてくれ。これでも生徒会長だからな」

「それは頼もしい」


 自信満々のその表情が経験と実績からくるものだとわかっているので、かなり格好いい。

 この余裕を見せられると、横に立つ女性が遥か上にいるように感じられる。


 荒木の言葉を飲み込んで周囲の言葉を外に流すと、二人で昇降口に向かって歩き出す。


「いや、なぜだか私にファンクラブなんてものができてるんだが、正直なところやめてほしい…好きに周りと関わることもできないし、常に行動を監視されているようで少し気分が悪い」

「大変なんだな。普段の生徒会の業務だけでも相当だろうに」

「本当に。まあ、深く関わりたい人ができたら気にせず親交を持つつもりではあるがな」


 そう考えると、今この状況がかなり異質なような気がしてくるが。昨日の出来事から鑑みても、その「深く関わりたい人」というのが俺な気がしてならない。

 自意識過剰なのだろうか。

 いやしかし、仮にそうなのだとしたら、自分がそうだという意識がなければ不必要な負担をかける可能性もあるわけで。

 …追々判断すればいいか。


「突然考え込んでどうしたんだ?」


 荒木はニヤニヤと俺の顔を覗き込んでくる。


 全部見透かされているらしく、少々居心地が悪い。


「何、今日の自学の計画を立てていただけだ」

「ふふ、そうかそうか」


 そんなこんなで昇降口にたどり着く。


 放課後になってすぐの昇降口といえばかなり混んでいるイメージがあるが、うちの高校は基本的に土足なので雨の日以外混むことはない。

 いつものようにサッと外に出ると、反対車線にあるバス停に並ぶ。


 ふと荒木の方を向くと、荒木は自分の腕にはめた時計を確認している。

 おそらくバスが後どれくらいでくるのか確認しているのだろう。


「あと五分前か」

「少し時間あるな」


 バス通学の生徒は意外に少ない。それは、立地のいいことに電車の駅もすぐそばにあるからだ。

 一番多いのは自転車、次に電車、バスときて最後に徒歩。車の送り迎えは例外として。


 それに加えて、部活動に入っている生徒もかなり多い。確か八割ほどは何かしらの部活に入っていただろう。


 ともすれば、今このバス停に天蘭生はほとんどいないわけだ。

 いや、だからと言って特に何かあるわけでもないが。


「そういえば、荒木がすぐに下校するのは珍しいな」


 常に多忙な荒木は毎日のように放課後遅くまで生徒会の業務に追われている。振り返ると昨日もなのだが、荒木に放課後用事がないことは相当に珍しい。


「一昨日に今日までの二日間の仕事を終わらせたんだ。なんとか放課後に時間を作りたくてな」

「ほう。それはまたどうして」


 そう問いかけると、荒木は横に立つ俺の方を向いて微笑み、答える。


「汐との距離を縮めるためだ」


 その笑顔は、昨日の照れた顔と比べても遜色がないほどに美しく、可愛らしかった。


 …てっきり濁されるとばかり思っていたのが、率直な答えが帰ってきた。

 先ほどの「深く関わりたい人」のことについてもわかってしまったのだが、こうも直接的だと流石に照れ臭い。


 一体荒木はなぜ俺にこのような態度をとるほど好感を抱いているのだろうか?


 知的好奇心というよりもっと俗的な感情が湧き上がる。が、慎重なのかヘタレなのかその疑問を口に出すほどの勇気は俺にはない。


 何か返事を返さなければならないと思い、口を開いたその時。

 荒木は表情を一転させて不安げな表情を浮かべ、言葉を紡いだ。


「実を言うと、私は自分から人と仲良くしようとしたことがないんだ。だから昨日は距離の縮め方を…その、だいぶ間違えてしまった。…気持ち悪かっただろう、申し訳ない」


 それは想定外の謝罪だった。

 

「謝ることはない。気持ち悪いなんて少しも思わなかった。むしろ…その、なんだ、よかったぞ」


 いや弁明させてほしい。

 本当だったら俺の口は「可愛かった」と言うはずだったのだ。

 しかし考えてもみろ。彼女は純粋に俺と仲良くなりたいという気持ちでの行動だったのにも関わらず、俺が下心のあるような言葉をかけるのは気が引けるだろう。


 だがそれにしてもよかったって何だ…もう少し何かいい言葉はなかったのか俺。


「そ、そうか。なら安心だ」


 俺を見つめていた荒木は目を逸らして俯く。

 その仕草はつい一昨日まで見ていたはずの泰然自若な彼女とは違っていて、心持ちに困る。


「…迷惑でなければ、今から少し遊んで帰らないか?」


 俺と目を合わせることなく、呟くように彼女は言った。


 こう自分で考えるのは自惚れを感じてしまうのだが、先ほども言っていたように、荒木は俺との仲を深めようと仕事を終えていたわけで…

 それを断るだけの非情さを俺は持ち合わせていなかった。


「いいぞ。どこに行こうか」



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