第38話 死闘の末に

「いくわよ」


「ああ!」


リヴィエッタは手の平に黒い炎を出現させると、それをふぅっとやさしく吹いた。揺らめく漆黒は敵を目掛けて放たれ、オタマジャクシに鋭い牙がついたような姿となって無数に襲いかかった。


群れを切り裂くように放たれたルシェの弓が先に禍殃を捉えた。


同時にソウタはツルハシで地面を叩き、離れた禍殃の足元にピンポイントで巨大な落とし穴を掘って閉じ込めた。そして自身も地中へ避難。


リヴィエッタが放った、視界を覆い尽くすほどの漆黒が落とし穴を目掛けて上空から襲いかかる。


禍殃は顔色ひとつ変えずに左手を上にかざし、膨大な魔力を手のひらから放出することで闇魔法を打ち破った。


その隙をついて、地中を通って落とし穴の中からソウタとルシェが飛び出した。ルシェが禍殃に岩属性のエンチャントを付与。すぐさまソウタと位置を入れ変わり、前へ出たソウタが穴掘りスキルで禍殃にラッシュをかけた。


ソウタは自分が掘った穴であればその中で高速移動ができるため、落とし穴のなかを縦横無尽に動きながら襲いかかる。禍殃は武器を大剣から短剣に持ち替え、顔色ひとつ変えずに攻撃を防いだ。


一瞬の隙をついた禍殃は高く跳躍して落とし穴から脱出した。


落とし穴を出た先には、リヴィエッタが召喚した異形な召喚魔が空中で待ち構えていた。その召喚魔は長い腕で禍殃を攻撃した。しかしそんな攻撃はものともせず、新たに持ち替えた銃による連撃でその召喚魔を倒したが、倒したことで発動する召喚魔の魔法によって身動きを封じられ、着地するころには一歩も動けなくなっていた。


そこへ、すでに地上に出ていたルシェの弱体化の矢が三本刺さる。さらに落とし穴から高速移動を使って飛び出したソウタが強力な一撃を見舞う。


三人が禍殃を抑え込んでいるあいだ、ずっと詠唱を続けていたミレイユの大魔法が発動された。左右から巨大な炎の拳と氷の拳が合わさり禍殃を潰した。


更なる追い打ちをかけるようにリヴィエッタが闇魔法を放つ。三本の黒い槍がミレイユの魔法ごと禍殃を突き刺した。


「どうだ?」


しかし、槍の封印魔法はその効力を最大限に発揮する前に破壊されてしまった。


煙の中から現れた禍殃はその姿を変えていて、全身に黒い鎧をまとっていた。再び大剣を手にしていることもあり、漆黒の騎士という印象を抱かせた。


「そう簡単にはいかないか……」


自分たちの連携を打ち破られたが、心まで打ち破られた者はここにはいなかった。


「くるわっ!」


地上からさらなる負のエネルギーを吸収した禍殃が攻めに転じた。


魔力が一気に高まったのがわかった。目で追うのが難しいほどの移動速度と、無尽蔵の魔力をもって攻撃を繰り出してくる。特に魔法を使ったりするわけではないが、単純に魔力を打ち放ったり、魔力によって身体強化してソウタたちに襲いかかる。


禍殃の反撃を食い止めるため、今度はリヴィエッタが単身で挑む。


ルシェは弱体化、ミレイユは回復、ソウタは落とし穴によるフォローをする陣形を作った。


自身の体よりも大きな鎌を繰り出すリヴィエッタと、大剣を片手で軽々と振る禍殃が激しく剣を交える。良い勝負をしているように見えるが、禍殃にはまだ余裕がありそうだ。


死闘を繰り広げる二人の動きが早すぎて、三人のサポートが対象に当たらない。


キメラと戦ったときのように、光線を放つ目玉と魔力で構成された剣も使うが、禍殃の高速移動を捉えることができずにいた。リヴィエッタは瞬間移動を使えるにも関わらず、禍殃に俊敏性で押されている。


「あっ!」


リヴィエッタが一撃をもらってふっ飛ばされた。


壁に激突する前に瞬間移動でソウタたちのもとに飛んできたが、鎌でガードしていたようでダメージは少なそうだ。


「ルシェの申告を聞いておいてよかったわ。これじゃ、必殺の魔法があろうが当たるわけがないもの。いったい、先代はどうやってひとりで倒したのかしら」


「ひとりで倒す方法なんて考える必要ない。リヴィには俺たちがついてる」


「それもそうね。作戦を変更しましょう。死神化、いくわよ」


「おう!」


今度はソウタとリヴィエッタの合体技で攻める。


リヴィエッタが鎌の持ち手の先端を地面に突き立てると、自身のまわりに魔法陣が出現。ソウタの衣服は黒いローブのようなものへ、ツルハシは大きな鎌へと姿を変えた。


滅黒石のツルハシを装備したソウタはより深く死神化した。全身からは禍々しい黒い魔力が発せられている。


魔法の副作用で一時的な盲目になっているリヴィエッタはミレイユとルシェが守る。


ソウタは浮遊しながら禍殃へ襲いかかった。岩のエンチャント無しでも、穴掘りスキルの威力がそのまま打撃力となって禍殃に襲いかかる。死神化の力も加わっているため、一瞬でその破壊力を察した禍殃は盾を具現化させてガード。そのまま右手の大剣で反撃をするが、ソウタは鎌でガードした。


ソウタが禍殃を抑え込めるとわかった今、ミレイユとルシェも隙を見て攻撃を繰り出した。


リヴィエッタの鎌術ほどは速さも技量もないソウタだが、強大な力と二人の援護をもって禍殃を押している。


接近戦を不利とみた禍殃が距離をとった。


その一瞬の隙を逃さず、鎌の持ち手の先端についている骸骨の口から、闇の炎の玉がいくつも飛び出し、着地した瞬間の禍殃に襲いかかる。


禍殃はそれを大剣で弾くが、何発かはヒットした。


「ヒト風情が……」


禍殃はふたたび地上から負のエネルギーを吸収した。それによって魔力を蓄えただけでなく、与えたばかりの傷も癒えていた。


「禍殃にあの技がある限り、倒すのは無理ですね……。禍殃が下がったら、回復する隙を与えないように攻撃しましょう!」


「わかった!」


禍殃が更に強大になった力をもってソウタに斬りかかる。


ソウタはそれを鎌で薙ぎ払おうとしたが、逆に弾き返されてしまった。禍殃はそのまま踏み込んできたが、ソウタが剣先を間一髪でかわした。


『くっ! 明らかに力が増している……!』


「……」


高まる魔力で戦況を予想することはできるが、それ以外のことはまったくわからないし、手助けすることもできないリヴィエッタは心配そうな表情を見せた。


その表情を見たソウタは、半ば自虐的に口端を上げた。


『なんだよ、その不安そうな顔は。ひとりでキメラに立ち向かったときだって、禍殃に立ち向かったときだって、もっと涼しそうな顔してたじゃないか……。目が見えなくて怖いのは、自分の身じゃないってことかよ』


禍殃の剣がソウタを捉えた。


「ソウタさん!」


しかし、その剣撃がソウタに傷を付けることはなかった。


「剣がすり抜けた……?」


リヴィエッタを不安にさせたくない思い、信頼の深さが死神化をさらに深くした。


それにより、物理攻撃を無効化することができた。


ソウタは近距離戦で禍殃を圧倒した。


放たれた魔力だけは当たるが、瞬間移動を使って常に近距離で襲いかかるため、禍殃に魔法を打つ隙も、回復する隙も与えず防戦一方にさせている。


勝利の雰囲気をにおわせるほどソウタは押していた。


しかし、それも長くは続かなかった。


物理攻撃を諦めていた禍殃が、ふたたび繰り出してきた大剣の見た目が変わったことに気がついたソウタは、嫌な予感がして咄嗟に鎌で防いだ。重い一撃に体勢を崩され、続いて繰り出された剣撃はソウタの腕をかすめ、傷をつけた。


『剣がすり抜けられなくなっている!』


大剣の見た目は、どこかソウタの鎌と似ている。


『まさか……』


動揺するソウタは一旦引くが、禍殃はそこへリヴィエッタと同じ瞬間移動をして距離を詰めてきた。逃げる隙を与えない連続攻撃を放ってくる。


その戦い方は死神のものに酷似していた。


「死神の力がコピーされてしまった……? いや、それどころか上回ってきている……!」


「……っ」


驚愕するミレイユの横で、ルシェの表情が歪んだ。


「ルシェさん、これって……」


「……前回の禍殃戦でも、スキルのコピーはあった。でもそれは、負の魔力を相当に溜め込んだ終盤戦での出来事だったの。それのせいで王国軍は手も足も出なくなってしまって、それで……死神族の人が、命と引き換えに禍殃を討伐した」


「そんな……っ! それじゃあ、もうあの禍殃はそれだけの魔力を地上から吸い上げたということなんですか!」


この王国最強の武器と無尽蔵の魔力をもって、死神の技をソウタに放ってくる。


とても防ぎきれるものではなく、ソウタがふっ飛ばされた。その衝撃で意識を失ってしまった。


禍殃は顔色ひとつ変えずに大剣を振り上げた。


死神化の繋がりが切れたリヴィエッタは瞬間移動でソウタのもとへ飛んだ。


「援護して!」


禍殃は大剣を振り下ろし、リヴィエッタの使用する黒い波動を放った。


リヴィエッタは同じ技をぶつけ、ルシェが弱体化の魔法を展開し、ミレイユが防御魔法を張ったことでようやく放たれた波動を防ぎきった。


二人もソウタとリヴィエッタの元に駆け寄り、ミレイユがソウタを回復させた。


「ごめん」


「やるな。だが次はどう受ける?」


禍殃は大剣を地面に突き刺すと、穴掘りスキルで四人を巨大な落とし穴に落とした。


「まずい!」


リヴィエッタが叫んだ。


禍殃はリヴィエッタが開幕に使った闇魔法を放ってきた。ソウタたちと同じ連携をしてきたのだ。


ミレイユが防御魔法を張り、ルシェが弱体化の魔法を広範囲に放ち、さらにリヴィエッタが禍殃と同じ闇魔法を放った。


凄まじい衝撃音が落とし穴で反響した。これだけ魔法を重ねたにも関わらず禍殃の闇魔法のほうが押している。既に準備をしていたミレイユが出した二枚目の防御魔法で何とか防ぐことができた。


「ここから脱出するぞ!」


ふらつく足を懸命に動かすソウタが脱出口を作るよりも早く、地中を通って四人のいる落とし穴に禍殃が侵入した。


魔力による衝撃波を放たれ、咄嗟にミレイユの盾とルシェの弱体化魔法を使うが守りきれず、四人は地上へふっ飛ばされ、柱や壁に激突した。


怒涛の攻めによってソウタたちは大ダメージを受けてしまった。誰も動くことができない。


「……っ」


リヴィエッタは鎌で体を支えながら立ちあがった。


仲間たちを見まわすと、三人とも何とか立ち上がろうとしているが、体力も魔力も限界が近そうだ。


「……ここまでね」


目を閉じ、覚悟を決めたようにうっすらと開けたリヴィエッタがつぶやいた。


かすかに聞こえたリヴィエッタの声に反応し、地面に伏しているソウタが顔を上げた。


「リヴィ……?」


「ソウタ。あなたと出会ったあの日、私は本当に迷った。幼い日に捨てたはずの温かさを思い出してしまった。でも私には使命がある。生まれたその瞬間から与えられた使命が。そしてそれが結果的に、あなたを悲しませてしまうことになるかもしれないことも、十分わかっていた。


あれは、私のわがままだった」


リヴィエッタの話がどこに向かっているのか、ソウタにはわかっていた。説得や反論をしたいと心では思っていても、頭と体がついてこない。


「待ってくれ、まだ……」


「最後に、私がこの世界を守る理由をくれて、ありがとう」


そう言った彼女は鎌で小さな体を支えながら、禍殃のほうへ歩き出した。


ソウタは地面に伏しながら、遠のく彼女の背中を見た。


『くそっ……くそっ! やっぱり、チートスキルがないと……』


歯を食いしばり、拳で地面を叩きながらソウタは心で叫び、己の無力さを呪った。


『俺は、リヴィを失うのか……? 本当に?』


重く、冷たい絶望がソウタにのしかかった。目の前が暗く、意識もかすれていく一方、心臓だけが不釣り合いに激しく鳴っていた。


その鼓動は、ソウタの戦意を復活させた。


『……リヴィのいない世界になんて、なんの興味も持てない。そう思わせてくれる彼女に、まだ俺ができることがあるなら……』


うつ伏せのまま、顔を上げた。その力強いまなざしは、小さくなった背中を見据えた。


『前に、リヴィを疑って死神化が解けてしまったことがあった。あの魔法に信頼関係が魔法に関連しているのは間違いないはずだ』


ソウタは地面に両手をつき、上体を起こし始めた。


『……もう一度だけ挑戦しよう。もしもリヴィがいくなら、そのときは、俺も』


立ち上がろうとするソウタから、黒いオーラがめらめらと沸き上がった。


明らかに、今までとは様子が違う。


「託すぜ。俺のすべて」


立ち上がったソウタの姿が、再び死神になった。


長年の習慣から無意識に閉じていた、心に通じる最後の扉。


それを開けたことによって、今まで以上に深く死神化した。


覚醒と同時に強大な魔力があふれ出したり、周囲の物を吹き飛ばしたり、そういった類の力ではない。


ただ冷酷に、静かに終わりを届ける力。


「うそ、あれって……」


「ソウタ……くん?」


あくまで死神化というのはリヴィエッタが使用する魔法のため、リヴィエッタがソウタに発動することで使える魔法だ。しかし、今回はソウタ主導で死神化が行われた。


「ソウタ……?」


『もう不安そうな顔なんて見せるなよ。そんなに心配なら……くれてやる』


リヴィエッタの赤い瞳に黒い魔法陣が浮かんだ。


自分の意思とは関係なく死神化の魔法が発動して振り返ったリヴィだったが、当然その目は見えることはなかった。


刹那、初めて死神化したソウタを目視することができた。


ソウタ主体で発動した死神化の魔法にとまどっているなか、発動中にも関わらず死神化したソウタを目視していることに驚くリヴィエッタ。


彼女の目に映ったソウタの姿は異様としかいえなかった。漆黒のフードで覆った顔からかすかに覗く目は全体が黒くなっており、発せられている魔力もよりいっそう禍々しさを増している。


「な、なんですかこの魔力は……。あれが、本当にソウタさん?」


「今まで感じたことのない類の魔力だね……禍殃のものとも違う、黒い魔力」


何が起きているのかわからないまま凝視していると、ソウタが消えた。


リヴィエッタと同じ瞬間移動の魔法を使い、地上から負のエネルギーを吸収しようとしていた禍殃に鎌が一閃。


「ぐっ……」


繋がりが深くなったことで、ソウタはリヴィの鎌術、魔法を完全に扱えるようになっていた。


リヴィエッタに渡したことでソウタの目は見えていないが、探知スキルによって問題なく動けている。


「な、なんて力なの!」


ルシェとミレイユが驚く一方で、ソウタの戦闘ぶりを見たリヴィエッタは軽くうつむき、薄く笑った。そして顔を上げると、魔法陣の浮かぶ両目で力強く前を見た。


「……もう、最後の魔力を残したりはしない。あなたと、必ず倒してみせる!」


そう言って禍殃のもとへ飛ぶ直前、やっぱり私ってワガママなのかな、と誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。


ソウタの力が増し、リヴィエッタと共闘できるようになったことで、徐々に禍殃を押し始めた。


回復する隙を与えないほどの連撃。


魔力が少なくなってくると、比較的、消費魔力の少ない闇魔法を駆使してソウタたちを攻撃し始めた。だが、禍殃は極めて人間と近い構造になっている。禍殃は闇魔法の多くが血液も消費することを知らなかったため、徐々に動きが鈍くなってきていることにふたりとも気がついていた。


ソウタが痛烈な一撃を禍殃に与えた。


うずくまる禍殃にリヴィエッタがトドメの一撃を与えようとしたとき、魔力で引き寄せた貴族の男を盾にした。


「……っ!」


「クク」


攻撃を止めてしまったリヴィエッタに禍殃が魔力を放ち、彼女は壁に叩きつけられた。その衝撃で死神化が終わってしまった。


ソウタはすかさず穴を掘って逃げた。


「貴様はいつでも殺せる。まずは小娘からだ」


禍殃がリヴィエッタに襲いかかる。彼女は疲労とダメージが大きく、動くことができない。先ほどまでも、ほとんど気力だけで戦っていたような状態だったのだ。


「これで終わりだ」


禍殃が大剣を振りかざすと、足元の地面が欠落した。


ソウタは自分の保身ではなく、リヴィエッタのために穴を掘っていたのだ。


ひょっこりと地面から顔を出すソウタ。


「ルシェ! 最大パワーで光玉を!」


ゴーグルをかけながら叫んだソウタ。


「わかった!」


ルシェが放った光の玉は、禍殃の目を焼いた。


「ぐぁぁぁあああ」


禍殃はその人物の技だけでなく特性もコピーしてしまうということは、闇魔法で血液を使用していたことからわかっていた。穴掘りスキルをコピーしたことで、目が光に弱いという特性も得ていたのだ。ただ眩しさを感じているだけではなく、明らかに大きなダメージを負っている。


詠唱を終えたミレイユがリヴィエッタを回復させた。


リヴィエッタは最後の力を振り絞り、三本の闇の槍で禍殃を貫いた。


先ほどは槍が突き刺さった時点で破壊されてしまったが、それぞれの槍は掴についている鎖で繋がれており、それは禍殃を囲むと闇に閉じ込める黒水晶を形成した。


「いけっ……!」


人間らしかった見た目も崩れ、必死に抗おうとするが、どんどん黒水晶に吸い込まれていく禍殃。


しかしその魔法が完成する間際、禍殃は不気味な笑みを浮かべた。もう逃れられないと悟ると、剣を出現させ、リヴィエッタを道連れにしようとしたのだ。


体のほとんどを黒水晶に吸い込まれながらも、もはや人間とは似ても似つかない怪物のような顔と片腕だけでリヴィエッタに襲いかかった。


ミレイユとルシェが同時に彼女の名を叫んだ。


彼女に、もはや逃げるだけの力は残っていなかった。


しかし満足そうに目をつむるリヴィエッタ。




――そんなことはソウタが許さない。




地中を通って彼女の前に飛び出すとき音を置き去りにした。


ツルハシをかまえると、それは瞬時に鎌に変化した。


「死ねぇぇぇえええ!」


剣がソウタの眉間を突き刺した。


だが、ソウタは瞬きひとつせず、鋭い視線で禍殃を貫いていた。


ソウタの命を貫く代わりに、銀の腕輪が砕け散ることを微塵も疑ってはいなかった。


「はぁぁぁあああっ!」


渾身の力で、鎌を禍殃の頭に叩き込んだ。


憎しみのこもった断末魔とともに、禍殃は黒水晶に吸い込まれていった。


禍殃を閉じ込めた黒水晶は一瞬、怪しい光を放ったが、直後に砕け散り、光の粒となった。


「や、やった……のか?」


地面に座った状態で、まだ緊張感の解けないソウタ。


その背中に、額を付くかたちでもたれかかるリヴィエッタ。


「……リヴィ」


「……ありがとう、ソウタ」


「はは。こちらこそ」


ダンジョン内が美しい月夜に変わった。


ソウタたちは世界を救ったのだ。


その喜びを四人で分かち合い、動けないリヴィエッタをソウタに任せたミレイユとルシェはリオのもとへ急いだ。


しかし、それも杞憂で済んだ。彼女も無事だったのだ。


手にしている半分ほどが焼け焦げた魔道書と、黒焦げたいくつものクレーターがもうひとつの激闘を物語っていた。


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