第37話 幕開け

奥に進むとまだ残っているモンスターも何体かはいた。それはソウタ、ミレイユ、ルシェの連携で倒した。あくまでもリヴィエッタの魔力を温存させるためだ。


順調に歩を進めた一行は、往路と比べてひときわ開けた場所に到達した。


「でかいっ……!」


その中央には天使の巨像が俯いて立っていた。かすかに見える表情からは怒り、悲しみ、不安など多面的な感情が覗いた。


「あれはモンスターじゃないからだいじょうぶだよ~」


「ん? ああなんだ、ただの石像か」


ひっそり耳を赤くしたソウタは像を通り過ぎようとしたとき、異変に気付いた。


「っ! な……なんで……」


石像がしているネックレスだと思われたソレは人間だった。鎖で両腕を吊られ、石像の首から下げられているその人物はソウタも知っている者で、以前、ザラミルで決闘を挑んできた王族のジョシュだった。


ソウタの視線を追って三人とも石像を見上げた。悲鳴を上げたミレイユは口元を抑えながら後ずさった。


「彼は確か……」


「リヴィちゃん、知ってるの?」


「以前、街でソウタと私に絡んできたことがあったの。自分は王族だと名乗っていたわ」


「王族? なんでこんなところに……。禍殃が人間を捕らえるなんて、どの資料にも書いてなかった……」


「ええ、私もそんな話は聞いたことがないわ」


リヴィエッタは瞬間移動で飛ぶとジョシュを吊っている鎖を鎌で断ち切った。既に詠唱を終えていたミレイユが風魔法で彼を受け止め着地させた。


「大丈夫なのか?」


「うん、息はあるみたい。でもかなり弱ってるね」


「一体、何があったのかしら……」


動揺する一行のもとに、二つの人影が近づいてきた。


「ま、待ってくれ。話を聞いてほしい」


この二人はジョシュの連れだった。


翡翠色の長髪をポニーテールのように束ねている男が、武器を構えるソウタたちに対し、自分たちに敵意はないということを必死に伝えた。健康的な褐色肌は血の気を失っており、やつれて疲弊しきっている様子だった。


「お前たちは確か……」


「あれ、まさか君たちは、あのときの?」


「これは……偶然なんでしょうかね?」


長髪の男と、小柄で金髪の男は互いに目を合わせた。


「何があったんだ?」


「実は……」


長髪の男によると、街中で見物人が見守るなか、勇者でもない現場作業員に決闘で負けたということがジョシュのプライドをひどく傷つけた。その悔しさ、悲しみ、怒りは次第に憎しみへと代わった。


ジョシュは王室の図書館へこもると狂ったように本を読み漁った。そして見つけた一冊の古い文献に記されていた方法を用いて、強大な力を得るため禍殃に魂を売った。


まだ具現化する前の禍殃は、自身の魔力をジョシュに送り込むことで、彼を経由して地上を闇で覆う魔法を放った。


これによって世界は人間の負のエネルギーで満ち溢れ、禍殃の誕生が早まってしまった。


一時は禍殃の魔力を与えられ、最強の力を得たジョシュだったが、周囲から見てもその行動や言動がどんどん狂気じみていくのがわかった。


夜中に抜け出してどこかへ行くジョシュのあとを付けていくとこのダンジョンに辿り着き、怪しい男といくつか言葉を交わし始めた。


そこで、自分が禍殃誕生のためにやったことを伝え、更なる力を求めたが、用済みだと言われて磔にされてしまったというのだ。


「それに……」


長髪の男が言いかけたところで、この場の空気が一変した。それはソウタにも分かる変化だったので、魔力によるものではない。単純な恐怖という感情がこの場所に溢れ出したような感覚だった。


「あいつは……」


このモンスター自体はソウタも見たことがあった。最初に討伐をしたボスモンスターのため、当時の恐怖心は今でもあざあざと思い出すことができる。


「そうだ、ケンタウロス。色違いってことは、上級か」


「はい、これはまずいかもしれません」


「この異様な魔力はなんだろう……。すごく、イヤな予感がする」


「私もやるわ。出し惜しみは無しよ」


全員が武器を構え、戦闘態勢に入った。


その直後だった。ケンタウロスの体がバラバラになって消滅したのだ。


「な、なんだ?」


ケンタウロスが消滅した背後の闇から、人影がゆっくりと近づいてくる。影になっているせいでよく見えない。


「まさか、こいつが……?」


「どうやら、そのようね」


深紅の月光を受け、現れたのは一見どこにでもいそうな青年だった。


髪、瞳、衣服は黒で統一されており、上下ワイシャツとズボンという小ぎれいな格好をしている。しかしヤギのような角が人ならざるものであることを証明していた。


その指で紫色に輝く物にいち早く気が付いたのはミレイユだった。


「あれ……うそでしょう!」


「どうしたんだ?」


「ヴィンディの指輪……」


ミレイユが震える声で言ったのを皮切りに、長髪の男は、先ほど言いかけたことを補足した。


ジョシュは自分が力を得るため、王国最強の武器すらも献上してしまっていたのだ。そのことだけを何とか伝えた二人はジョシュを両脇から抱え、足早に去っていった。


「とんでもないことをしてくれたわね。ただでさえ強力な禍殃がヴィンディの指輪を持っているなんて……」


「そんなに強い武器なのか?」


「現存する最強武器のひとつよ。かつてリオが騎士団長だったころ、ヴィンディの指輪を使っていたわ。戦況に合わせて剣、銃、盾なんかを具現化できるの。彼女が除隊してからは王家に封印されたと聞いたんだけど、あのジョシュとかいう男がその封印を解いたんでしょうね」


「封印された?」


「ええ。その理由は簡単よ。あまりにも強力な武器で、あの指輪をもった彼女を、誰も止めることができないから」


「状況としては、考えうるなかで最悪って感じだよ」


禍殃のことを専門的に研究している考古学者のルシェは、ここにいる誰よりも状況の深刻さを理解していた。


「今さら嘆いても仕方ないわ。禍殃は誕生してしまった。私たちで倒すしかない」


「……うん、それもそうだね。勝機があるとすれば、ヴィンディの指輪を持っているとはいえ、禍殃はまだ生まれたばかり。まだ負のエネルギーを前回ほどは吸収できていないはず」


「そういうことよ。それにほら、向こうはもうやる気みたいだし、今さら引き返せないわ」


禍殃が大剣を出現させ、片手で構えた。


――世界を守るための戦闘が幕を開けた。

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