第36話 最後の戦いへ

「あれ? ……なぁ、この辺って山なかったか?」


「はぁ? そんなわけないだろう」


「そうだよな……」


山間を歩く、驚いた様子の男。つい最近もここを通ったのだが、そのときに見たはずの山が無くなっているという非現実的な発見は、勘違いとして相棒に一蹴されてしまった。


しかし、それは勘違いなどではなく、紛れもない事実だった。


ソウタは、ひとりの女性のために山ひとつを消し去っていた。


鉱石採取は本職ではないが、穴掘りスキルを使用することで常人には不可能な速度で滅黒石を集めた。幸い滅黒石は非常に固い素材のため、多少荒く掘り進めても壊してしまうことはなかった。


そんな最上級素材で作った武器を手に、ソウタたち一行が地中から向かった禍殃の待ち構えるダンジョンは、大量に発生している通常モンスターで溢れかえっている。これを倒しながら進むとなると、最深部へ到着するころには体力、魔力を大幅に消耗してしまう。


それを避けるためリオが禍殃以外のモンスター討伐を引き受けた。


先陣を切って地中から飛び出したリオは白いワイシャツに黒のタイトスカートを履いているが、動きにくいと判断した為、黒タイツに気を付けながらスカートを左の太ももに沿うように剣で切り込みを入れた。それだけではなく、続いて靴のヒール部分を片方ずつ順番に斬り落とした。


その隣に瞬間移動で現れたリヴィエッタ。着地の瞬間、かすかにゴシック・アンド・ロリータ調のフリル付きドレスが揺れた。


「普通に発動すればいいのかしら?」


「はい、宜しくお願い致します」


リヴィエッタの展開した負の魔力を防ぐ魔法陣の中央にリオが立ち、結界魔法を構築した。ダンジョンの周囲を完全に隔離したことで、この結界内であれば負の魔力の影響も受けずに済むだけでなく、世界から感知できないようにした。こうすることで、他の勇者たちが騒ぎを聞きつけて参戦し、その結果、憎しみが連鎖するという事故を防ぐことができる。


「結界の設置が完了いたしました」


リオの合図で、ガンクラブチェックのつばの広い三角帽に、同じ柄のインバネスコートをまとったミレイユが地上に出た。


「うわっ、すごい結界ですね! こんなにも厚いのは初めて見ました」


「どれどれ~? あ、ほんとだ。なかもすごく濃い浄化魔法で満たされてるね」


続いて出てきたルシェも驚いた様子を見せ、白いノースリーブのブラウスと空色のサスペンダースカートに着いた砂を軽く叩いた。


最後に出てきた男、髪も瞳も濃い茶色をしたソウタは青い襟付きシャツの袖をまくり、濃紺デニムをサスペンダーで止め、足元は茶色のワーカーブーツ、手元にはツルハシを持っている。首から下げたゴーグルも相まって、とても勇者とは思えない格好をしているが、このパーティでは非常に重要な役割を担っていた。


「じゃあソウタ、よろしく」


「ああ、わかった」


ソウタは入口下からダンジョンの中央へトンネルを掘った。滅黒石のツルハシの扱いにも随分と慣れてきており、あっという間にダンジョンの中心部と外部を繋いだ。そうすることでダンジョン内のモンスターが外にあふれ出してくるというのは、以前ミレイユが考案した実験にて確認済みだ。


「こ、これが通常モンスターですか……?」


「どの子も普通のダンジョンならボス級だね……」


穴を通って次から次へと出てくるモンスターは、そこら辺のダンジョンにいる通常モンスターとはワケが違った。中、上級クラス、つまりゴーレムやキメラ級のボスモンスターも交じっていた。


それらを倒すのに苦労したソウタたちは、この場所の死守を一手に引き受けるというリオの身を案じた。


「本当にひとりで大丈夫なのか?」


「心配ご無用です」


平然と言ったリオだったが、リヴィエッタは鎌を構えて戦闘態勢に入った。


「少し手伝うわ」


少しでも数を減らすため、リヴィエッタがキメラに一閃。色違いとはいえ苦戦した前のキメラを瞬殺した。


「すごい……」


滅黒石の鎌を使った戦闘を初めて見るソウタは目を見張った。


「おやめください、リヴィエッタ様。魔力はすべて、禍殃にぶつけて頂きたく存じます」


そう言って前へ出ると、剣と魔導書を構え、次々と溢れ出てくる通常モンスターの標的になるリオ。


ソウタはその後ろ姿に妙な既視感を覚えた。


『――あれ? この後ろ姿、どこかで……』


じっとリオの後ろ姿を見つめた。何か嫌な記憶が蘇りそうな感覚を覚えたが、構わずに記憶を辿った。


「あっ……」


ソウタは思い出した。


初めてツルハシを購入して穴掘りスキルを試した日、地中で迷子になった末に強力なモンスターに囲まれた。その際に自分を助けてくれたのがリオだったことを。


『……そうだったのか』


ソウタはうつむき、拳を固く握った。


礼を言いたかったが、今は戦闘に集中するべきときだと判断したため見送った。


「でも剣と魔道書を使うのであれば、オーソドックスな魔剣士のスタイルですよね。どうして共闘できないんですか?」


リオはミレイユの問いに言葉ではなく行動で答えた。


刀身が大きく湾曲した形をしているショーテルの剣先をモンスターの群れに向けた。開いた分厚い魔道書が光り、巨大な火の玉が飛び出してモンスターを焼き払った。


「うわ~……」


「ファイアーボール? なんて大きさなの!」


これにはソウタ以外の全員が驚いた。ルシェは半ば呆れていたし、ミレイユは目を見張った。


正直、ミレイユの魔法のほうが強そうじゃないか? と言いたげな表情をしているソウタに対し、リヴィエッタが説明をしてくれた。


「火属性魔法のなかで最も初歩的なのが今のファイアーボールで、通常は手のひらほどの大きさよ。ソウタには想像がつきにくいかもしれないけれど、今ので確信したわ。このひとは化け物よ」


「なるほどな……」


「確かに、あの魔力でメテオを使われたら、周囲一帯は焼け野原になっちゃいますね……」


半信半疑だったソウタたちも、先ほどの一撃でリオの実力を思い知らされた。


「それでは皆様。お気をつけていってらっしゃいませ」


もう説明は十分だろうと言わんばかりに、役所から見送るかのような雰囲気でソウタたちに言った。


この場をリオに任せ、一行はダンジョンの扉の前まできた。扉の色は、一切の光を飲みこんでしまいそうな漆黒。闇を泳ぐように不気味な模様が絶え間なくうごめいている。


「この先が、禍殃のダンジョン……」


「禍殃を研究している考古学者としては、これ以上ない感動なんじゃないか?」


「す、すごいです! これ、なんですかこの扉の色と模様!」


「なんでミレイユのほうが興奮してるんだよ……」


「さ、開けるわよ」


中へ入るとダンジョンの中は閑散としていた。


人間の負のオーラを最大限に吸い込んで構築されたダンジョン。


顔を上げると不気味な星空が広がっており、リヴィエッタの瞳のような赤い満月が浮かんでいる。家屋、岩や草木もあるのだが、荒れ果てたうえ暗い闇の色をしている。まるで腐り果てた地球のようだ。


「こんなにも気味の悪いダンジョン、今まで見たことないです……」


「負の魔力は結界で抑えられてるはずなんだけどね~……なんだか、すごくイヤな空気がただよってるよね」


「ああ。魔力がわからない俺でさえ嫌な雰囲気を感じるよ」


もしかしたら、禍殃を止められなければカウラやクラドもこのような姿に成り果てるのだろうか、そんな不安がソウタを襲った。


「大丈夫よ」


そんなソウタの緊張をほぐそうと、リヴィエッタは肩に手を置いて優しく微笑んだ。彼女から伝わる温かさは心の芯まで沁みてゆき、小刻みな体の震えを止めた。


「ありがとう」


このやり取りは、他の者たちの緊張もほぐした。


リヴィエッタのかすかな気遣いが、幼い頃から禍殃討伐という使命を背負い、遠の昔に腹をくくっているのだという頼もしさを覗かせた。それが彼らに安心感をもたらしたのだ。


「いこう」

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