第35話 もう一人の正体
ダンジョン攻略へ向かう前に見る月が好きだった。
退屈だった日常を変えるきっかけになった日を思い出すから。
少し冷えてきた夜の空を明るく照らす月の異変にいち早く気づいたのは、そんな習慣からだった。
「……」
じっと立ち止って夜空を見上げている俺をふしぎに思ったらしいリヴィが俺の視線を辿ると息を飲んだ。
「どうして……っ!」
「え?」
美しい月に照らされた彼女の表情が固い。
前を歩いていたミレイユとルシェも、リヴィのただならぬ雰囲気を感じ取ったようだ。同じように空を見上げ、リヴィと同じ反応を見せたのはルシェだった。
「そんなっ! 時間はまだあるはず……でも、あれは……っ!」
俺とミレイユは何が起きているのかわからない、というふうに目配せをした。
「いったい、どうしたっていうんだ?」
「禍殃が復活すると、地上が闇に覆われる。心を闇に支配された者たちは争いを始め、それが禍殃の糧となる……」
禍殃という単語が俺とミレイユの心臓を貫いた。
「な、なにを言っているんですか? 禍殃?」
「時間がない。リヴィちゃん、いちかばちか、この前ソウタくんが掘ったシェルターのところへ運んで!」
短く頷いてジッパーを出現させたリヴィ。有無を言わさない空気を感じ取り、先に入ったルシェに続くように俺とミレイユもそそくさとジッパーに入った。
先日、滅黒石のツルハシの使い心地を試すために掘ったシェルターの場所へやってきた。いつもはのんびりしているルシェが小走りでシェルターに入った。後ろからリヴィにも急かされて四人でシェルターに収まった。
一番乗りで入ったルシェは早速、光玉でシェルターを照らしてくれていた。
「そろそろ説明してくれ。何が起きている?」
「禍殃が復活する」
間髪入れずに発せられたリヴィの短い一言が俺の体内でこだました。
「禍殃が、復活? だってそんなのは、まだ先の話だって……」
「多少の時期のズレは分かるけど、今回はあまりにも早すぎる……どうしてだろう……」
「何かの勘違いじゃないのか?」
希望も込めて言ったのだが、ふたりは禍殃の復活を確信しているようだ。
「月に現れた紋章、見たでしょう。あれこそが禍殃復活の前兆なのよ」
「あの薄い模様が? いつもと違うから変だなとは思ったけど……。たぶん、影か何かと間違えたんだろう。ちょっと確かめてくるよ」
シェルターを出ようとした俺の腕をルシェが掴んだ。
「今外へ出るのは危ないよ。恐らくもう、負の魔力で溢れかえっているはず。その魔力に触れると悲しみとか、怒りとか、憎しみの感情が増長して正気を保てなくなる」
シェルターに沈黙が流れた。
リヴィとルシェは、それぞれ何か考え事をしている。残された俺とミレイユが口を挟める雰囲気ではなく、ただふたりが何かしらの結論を出すのを待つしかなかった。
そんな沈黙を破ったのは、突然の訪問者だった。
突如、空中に人影が現れたと認識したときにはすでに俺は押し倒されていた。
「いってぇ……」
「これがラッキースケベというやつですか。さすがは転生者様でございます」
俺にまたがっていたのは、役所の受付嬢だった。
「あなた……役所の?」
いつの間にか鎌を構えていたリヴィが受付嬢に迫った。
殺気を放つリヴィにたじろぐことなく立ち上がると、手には半分ほど焼け焦げた本を持っていた。
「武器を収めてください。私は貴方たちの敵ではございません」
何から聞くべきか悩んでいると、受付嬢は自分から説明を始めてくれた。
「何の前触れも無く、嫌な魔力がカウラを覆いました。私は何とか魔力が自分に触れるのを防ぎながら状況を打破する方法を模索いたしました。その結果、ソウタ様の魔力が安定していることに気が付いたのです」
「どうして、俺の魔力が安定しているってわかったんだ?」
「私の本来の役目は、転生者を見張り、暴走するようならば始末すること。そのために監視魔法をソウタ様に仕組ませて頂いております」
「まさかあなたが……?」
リヴィが驚きの反応を見せたことで、以前に彼女が言っていたことを思い出した。この世界には、暴走した転生者を狩る最強の勇者がいることを。
「王国軍が最も強かった時代の騎士団長……」
「リオと申します」
俺以外の者たちは信じられないという反応を見せたが、リオの話を聞くうちに信じる気になったようだった。
俺たちは、リオも仲間に加えて作戦会議を始めた。
そしてリヴィとルシェの知識をすり合わせながら、いくつかの仮設を立てた。
まず禍殃は既に復活を遂げていて、ダンジョンのなかにいるということ。そして、そのダンジョンは普通のダンジョンとは比べ物にならないほど高密度なエネルギーを持っており、禍殃以外にも大量のモンスターで埋め尽くされていることが予想されること。
「非常に強力なモンスターによる仕業だとは思いましたが、まさか禍殃だとは」
「信じられないかもしれないけど、それしか考えられないわ」
「承知いたしました。先ほどのお話ですと、死神族の方々は禍殃討伐について研究を重ねてきたようでございますが、負の魔力が満ちているなか、どのようにして戦われるのでしょうか」
「私ひとり分だけなら防御魔法を使うことができる。本来は一人で始末する予定だったから。ただ今回は仲間の分も展開できるように改良をしていたところに、禍殃復活が早まってしまった」
「おひとり分の防御魔法が使えるのでしたら、私の結界魔法と合わせれば広範囲に渡って防げるかと。先ほどは力業で防いだ為に魔導書が焼き切れてしまいましたが、そうすれば魔導書を壊すこともなさそうです」
「わかったわ」
「禍殃以外のモンスターについては、私が引き受けます。禍殃の手前までの道を作りますから、四人は禍殃戦に備えて待機してくださいませ」
「そんな大量のモンスターをひとりで? そんなことができるのか?」
「心配ご無用です。私は強いので」
リオは当たり前のように言い放った。酒場で言う輩はごまんといるだろうが、彼女の淡々とした言い方が、それが事実であると信じ込ませた。
「最強の勇者に心配は無用ね。それじゃあ、通常モンスターの対処はお願いするわ。このひとが通常モンスターを討伐するのを待っているのは時間がもったいない。そうしているあいだにも禍殃はどんどん力をつけていくから。前にミレイユと試したときのように、ソウタの穴掘りスキルでモンスターをダンジョンから外に出しましょう」
「そのようなことが可能なのですか? それならば好都合です。ダンジョンの周辺に結界を張り、その内部で通常モンスターを抑え込みます」
「それが一番良さそうね」
「ただ、私の魔道書はここへくるときに焼き切れてしまいました。どなたか、剣か魔道書をお持ちではいらっしゃいませんか?」
「初級用のものでよければ私が持ってるわ。ただ、あなたの力に耐えられるとは思わない」
「何も無いよりはずっと良いので、恐れ入りますがお貸し頂けますか」
「あっ」
「どうしたのソウタくん?」
「いや……今思い出したんだけど、そういえば俺の家にも変な形をした剣と良くわからない魔導書ならあるなと思って。両方とも高かったから、もしかしたら物はいいのかもしれない」
「申し訳ございませんが、両方貸して頂けますか」
リヴィのジッパーの転生魔法を使おうと提案するが、負の魔力に引っかかる恐れもあるため、やはり安全が確保されている地中から向かうことに。
リオが地上で感じた魔力の出所を禍殃のダンジョンがあると仮定し、その方角に全力で穴を掘った。滅黒石にグレードアップしたツルハシは、一回打つだけで目視できないほど遠くまで続く洞窟を掘ることができた。他のみんなには先に向かっていてもらい、高速移動ができる俺は剣と魔道書を取りに自宅へ戻ることにした。
自宅の下まで掘り進めると、転生初日に買った剣と魔道書が置いてある棚の床を破壊し、地中へ落とした。
「げほっげほっ!」
埃をかぶった剣と魔導書を手にして地中を高速移動で進んだ。すぐに追いつくかと思ったが、みんなもジッパーでショートカットしながら進んでいたため、待たせるかたちになってしまった。
俺にはわからないが、強大な魔力を頭上から感じるらしく、この真上が禍殃のいるダンジョンの入り口で間違いないという。
剣と魔道書をリオに渡した。
「最高級ショーテルと、メテオ用の魔導書。なぜこれを初めに手に取ったのか、非常に興味深いです」
そのふたつにまつわる話はしたくないと思った。
右手に剣を、左手に魔導書を構えたリオが魔力を込めると、すさまじい圧力を感じた。
「すごい! これほどの力なら、私とルシェさんがここに残って、リヴィさん、ソウタさん、リオさんの三人で禍殃のところへいったほうがいいんじゃ……」
「それは辞めたほうが良いかと。予定通り禍殃以外のモンスターは私がひとりで抑えます。リヴィエッタ様と同じで、私の戦闘スタイルも共闘に向いていないのでございます。それに皆様四人以上に、わたし一人が強いわけではございません。剣と魔道書がこれですから」
まるで、ちゃんとした装備なら俺たち四人がかりでも勝てないような言い方だな……。
「参ります」
剣撃で天井に穴をあけ、リオが飛び出した。
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