第34話 滅黒石

覚悟は決まった。もう迷わない。


リヴィは、本当はオリハルコンではなく滅黒石で鎌を作りたかったと言っていた。少しでも彼女が生き残れる可能性があるのであれば、何がなんでも滅黒石を集めにいく。


まずはリヴィが依頼した武器屋に向かった。聞いてみると、あと二週間ほどで鎌作成に着手するとのことだった。


採れる保証のない材料を待つために行程を遅らせるのは違うと思ったので、二週間以内に集めきることを決意した。


俺は仕事終わりに図書館で資料を読み漁ったり、色々な街の武器屋や鍛冶屋で聞き込みをして滅黒石が発見されたことのある採掘場の場所を調べた。


「よし、やるか」


滅黒石が発見されたことのある鉱山のひとつがカロンの町から遠く離れた場所にあった。


ひと気のない場所に佇むその鉱山を見上げた。ところどころ角ばっている箇所があるのを見る限り、幾度となく採掘が試みられたのがわかった。


山の持つ独特な威圧感によって気おくれしそうになったが、俺は登山を始めた。


「ぐっ!」


鋼のクモが岸壁を伝ってこちらに降りてきたので、俺はとっさに山の中に穴を掘って身を隠した。


『念のため、山の内部に逃走経路を掘っておく必要がありそうだな……』


ここは人間が出向くには最悪の環境だった。強い日差しが照りつけると思えば、急に天候が変化して台風のような雨風が襲ったり、巨大な竜巻が発生した。そして、その劣悪な環境に耐えうる強靭な身体をもった高レベル帯のモンスターがそこら中にいるのだ。常に死と隣り合わせの状況だった。


俺には穴掘りスキルがあるから状況にあわせて身を隠したりできたが、それができなければまず掘削作業など不可能だろう。もしやるとするなら、大所帯の掘削部隊と、それを援護する勇者部隊が必要だと感じた。


仕事終わりに半日掘ったが、初日は一つも見つけることができなかった。念のため山の中に逃走用の経路として掘りながら下山した。


滅黒石を初めて手にしたのは三日目だった。月明りさえ飲み込んでしまうその黒さはこの世界においても異様さを放っていた。


そして一一日目。ある程度は集まったように思えるが、鎌を作るのにどのぐらい必要なのかを聞くのを忘れていた。区切りが良かったので、俺は一旦ザラミルの鍛冶屋に見せた。


「えっ……」


「これ、ぜんぶ滅黒石ですか?」


「ああ」


「あ、あなた、いったい何者なんですか……」


驚いてくれるかなとは思ったが、鍛冶屋の反応は予想をはるかに上回った。


「ただの鉱員だよ」


「だとしたら世界一の腕ですね! そんなお客さんにふさわしい最高ランク武器、張りきって作っちゃいますよ~!」


「以前、ここへ黒い髪の女の子がオリハルコンの鎌を依頼しただろう。その代わりに、この滅黒石で作ってほしいんだ。あとどのくらいあれば足りるかな?」


「量的にはこれで十分です! ただ本当なら、依頼主以外の変更は受け付けられません。でも滅黒石となれば話は別です。うけたまわりました~!」


「ありがとう」


「むしろこれだけあれば、鎌を作ったとしても少し余りますねぇ。小さめの武器なら、もうひとつ作れそうですよっ! なにか作りますか~?」


そういえば、残りの王のたてがみは最初に最高ランク武器の素材を集めたひとが使って良い決まりだったな……。


俺は一度自宅に戻り、ふたたびザラミルの鍛冶屋を訪ねた。役所の受付嬢さん風にいうと、奴隷生活の賜物として得た貯金を渡した。


「頂戴します! それで、何にするんですか? 短剣? それとも槍? ……ツルハシ! はえ~……」


三日後には出来あがると言われ、そのまま自宅へ戻った。


今日も俺の身なりはひどいものだった。全身が黒ずんでいて、厳しい掘削の日々で出来た痛々しい生傷が体中にある。ただ、つらいと感じたことはなかった。


染みる傷の痛みに耐えながらシャワーを浴び終わるとベッドに倒れ込み、一時の安心から泥のように眠った。




三日後、仕事終わりに鍛冶屋を訪ねると女の子が自慢げに滅黒石の鎌、そしてツルハシを渡してくれた。


妖しく光る黒い鎌と、同じ素材でできたツルハシ。前々から形が似ていると思っていたが、こうして並べて見るとツルハシも小型の鎌に見えた。


「うちの最高傑作ですよ! どこで作ったか聞かれたら、遠慮せずにうちの名前を出してくださいね!」


「あ、ああ。わかった。ありがとう」


俺は自宅に戻るため町に向かった。


右手にツルハシ、左手に巨大な鎌を持って歩いていると半端なく目立ったので、そそくさとポータルで自宅のあるカウラへ飛んだ。


しばらく家で待っていると、ドアがノックされた。


心臓が高鳴った。


ドアを開けると、そこにはリヴィが立っていた。


短い間だが毎日会っていたので、久しぶりに会う感じがした。


「こんばんは」


「お、おう。久しぶり」


部屋に入ると、リヴィはいつもの席に座った。


「部屋の様子は前から変わっていないようね」


「まぁな」


以前は感じたことのない、微妙な空気が流れた。俺は勇気を出して言葉を口にした。


「失望させたわよね」「失望させたよな」


リヴィも同時に、しかも同じことを言った。予想外の展開に、お互いに顔を見合わせた。


「ふふ」


リヴィが笑ってくれたおかげで、俺の心のもやが一気に晴れた。


「はは。あ、そうだ。見せたいものがあるんだ」


俺は滅黒石で作られた鎌をリヴィに渡した。


「えっ……」


「あとこれ、俺も同じ素材で作ったんだ」


人生初のサプライズプレゼントが黒い大鎌になるとは思いもしなかった。しかもツルハシとペア。


リヴィはおもむろに俺の手を取った。


「すごい傷……」


「ああ、別にこのぐらい、ふつうに仕事していてもできるから」


「……ありがとう」


ミレイユとルシェも、滅黒石の武器を見ると一様に驚いてくれた。


俺がどれだけ苦労して石を集めたかを聞かせ終わる前に次のひとがきたので、最初にきたリヴィは話しの導入の部分を三回も聞くはめになった。


興奮気味のミレイユは改めて役所で死神化の鑑定をしてもらおうと提案したが、俺の希望でまずは滅黒石の調子を試すため穴掘りをすることにした。


以前は地中で迷子になるという大事故をやらかしたが、今回は仲間がいるというので心強かった。


以前と同じくコラドの町へ飛んで、山間の開けた場所でツルハシの具合を試す。


「とりあえず、軽く掘ってみるか」


力は込めず、ただ振り上げて振り下ろした。


すると巨大な穴が俺たちの足元に出現した。


「うわっ!」


落下が始まった直後、少しの浮遊感のあと元いた場所に足をついていた。リヴィが全員をひとりずつ瞬間移動で運んだのだった。


「これは、練習が必要ね」


「だな」


三人にアドバイスをもらいながら、滅黒石のツルハシで穴を掘る練習をした。


「細くするイメージで……っ」


ツルハシを振り下ろすと、最初の数メートルは人がギリギリ入れるほどの細い穴が続いたが、途中で爆発音のようなものが鳴った。


「恐らくエネルギーを込めすぎなのよ。コントロールを失った段階で、込められたエネルギーが爆発して大穴を開けてしまったんでしょうね」


「私、入ってみたいです!」


「え?」


「地中を探検してみたいです!」


ミレイユの提案で、アクシデントで作ってしまった洞穴を潜ってみた。


進んだ先は地下シェルターのようになっていて、そこでルシェが光玉という光魔法を発動させたことで内部が明るくなった。


「まぶしっ」


たまらず俺はゴーグルを装着した。


「そんなに眩しい?」


「穴掘りスキルを使うと、少しのあいだ光を感じやすくなるんだ。でもじきにおさまるよ」


「本当にモグラみたいね」


俺たちは、しばらく談笑をしながら過ごした。


やはり皆と過ごすこの時間が好きだ、改めてそう思わされた。このかけがえのない時間を絶対に奪わせたりなんかしない。


ルシェによると、禍殃が誕生するのは早くても数年先ということだった。彼女たちの話を聞いて早とちりしてしまった俺は、すぐにでも禍殃が復活してリヴィとお別れになってしまうと思っていたのだ。


残された時間を使って、禍殃討伐のため更なる力をつけることを、リヴィの笑顔を見ながら誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る