第33話 モグラの決意

「……」


放心状態のまま歩き続け、気が付いたらザラミルの街で夜の海を眺めていた。


気持ちを落ち着けるために深く深呼吸をすると、かすかに潮の香りが鼻をついた。


綺麗な景色だ。初めてリヴィと会った日も、こんな月が出ていたっけ。でも、あの日見た月のほうがよっぽど綺麗だ。


「……はぁ」


勇気を出して行動したことを、つい先ほどまでは誇りに思っていた。そのおかげで充実した毎日を手に入れたと。


でも、今は真逆の感情を抱いていた。


多くの時間を共有し、それなりに信頼関係も生まれたと思っていた。それが、世界を守るために自分の命を投げ出すというのだ。


そんな彼女を否定することなんて、もちろんできない。むしろ感謝するべきだ。


自分を犠牲にして俺を回復させてくれたように、今度は世界のために自分を犠牲にするのだから。


頭ではわかっていても、やりどころのない怒りや悲しみが体中をむしばんでいるのがわかった。頭痛がするし、胃がムカムカして今にも吐きそうだ。


……クソっ! なんで、こんな思いをしなきゃならないんだ。消えていなくなってしまうのに、どうして俺と仲良くしてくれたりしたんだ。


なんで……。俺に良くしてくれていたのは、この絶望を与えるためだったっていうのか?


こんな思いをするぐらいなら、ずっとひとりでいればよかった。


――ひとなんて信じなければよかった。


いつも通り、変わったことをせずに職場と自宅の往復だけしていれば、こんな思いをすることもなかったじゃないか。


こんな思いをするのがイヤで俺は他人と距離を置いていたんじゃなかったのか。それを一時の気の迷いで他人と関わったばかりに最悪の気分を味わっている。それは誰のせいだ?


「……結局、なにもかも俺が悪いんだよな」


彼女と行動を共にすると決めたのは俺自身だ。チートスキルを手に入れるために。


……諦めよう。もう、何もしたくない。




リヴィの目的を知った翌日からは、また以前の日常に戻った。


朝起きて、働いては自宅に帰るという日々。


いやなことを思い出さないよう、普段以上に仕事に熱心に取り組んだ。


今日も日暮れ頃に仕事を終え、帰宅しようとしているとランドウから声をかけられた。


「おうソウタ! お疲れさん」


「お疲れ様です」


「このあと、コラドにあるキューザックの店に食べ行こうと思ってるんだ。一人で食ってるから、ひまだったら来てくれ」


「あ、はい。わかりました。もう終わったので、先に行ってますね」


俺が食事の誘いを了承したのが意外、といった反応がかすかに見て取れた。


「そうか! なら一緒にいこう!」


ランドウとこうして二人でご飯を食べるのは初めてかもしれないと、海賊が食事をしそうな騒がしい店にて向かい合わせに座ったとき思った。


適当に注文を終え、少し仕事の件について話したあと、ランドウが岩魔法を破壊する仕事について聞いてきた。


「あれからまだ続けているのか?」


「そうですね……あのあと――」


俺はリヴィと出会ってからのことを要約して話した。最初にリヴィの依頼を受けてダンジョン内部まで付き添ったこと、そしてランドウが受けて俺に黙っていた依頼者のほかに、もうひとり依頼者が来たこと。それぞれの依頼者とダンジョンを攻略したこと。


ランドウは終始、興味深そうに聞いてくれた。


話していて思ったが、こうした冒険談を誰かに話すなんて、今まで経験したことのないものだった。当時を思い返しながら、その思い出を他者と共有するというのは良い心地がした。


禍殃の件は極秘っぽかったから伏せつつも、先日その仕事は辞めたことを伝えた。


「……まぁ、色々あるわな」


少し歯切れが悪かった俺の口調から察したのか、特に詳細を聞いてこようとはしなかった。


「ただひとつ言えることは、お前はその仕事を通じて確実に成長した」


「そうですね。穴掘りスキルの精度が上がったのは、ダンジョン攻略のおかげです」


「もちろんそれもあるが、お前はそれ以上に成長したぞ」


「どういうことですか?」


「俺ぁ口下手だからよ、気ぃ使って遠回しに言おうとすると返って逆効果になっちまうから、俺が感じたことをありのまま言わせてもらう」


普段とは違うランドウの物言いに、俺はつい構えてしまった。


「正直なところ、あの洞窟での事故は起こるべくして起こったと思う。あの当時のお前の調子じゃ、いつかは何かやらかすと思っていたからな。今だから言えるが、チームのお前への評判はあまり良くなかったんだ」


「……」


「だがあの事件をきっかけに、お前は自分から一歩を踏み出した。そして成長した。その行動が認められて、周りからの信頼もかなり厚くなってきている」


「……」


「俺はお前に、この仕事は信頼し合うことが大切だと伝えた。そしてお前はほかのやつを信頼できるようになっただけじゃなく、自分のことも信じられるようになってる」


「え?」


「うまく説明できねぇが、しゃべり方だったり、仕事の仕方だったりがぜんぜん違う。以前よりも自信を持っているのがわかる」


「……それは気づきませんでした」


「俺もここまで急速に変化してくれるとは思わなかったよ」


「ありがとうございます」


「ただ、ひとつだけ気になる点もある」


「なんですか?」


「上司としてはもう文句はない。ただ友人として言わせてもらうなら、もう少し元気を出してくれ。悲しそうにしているお前を見たくないんだ」


「はは。俺、元気ないですかね」


「洞窟崩壊前の、以前のお前よりさらに元気がなくなってるぞ」


「……」


「どういう事情かはわからないし、あれこれ詮索するつもりもない。不器用な俺じゃあロクなアドバイスもできねぇだろうからな。ただ、もしまだ礼ができていないのだとしたら、最後にそこだけは筋を通せ。じゃないと一生後悔するぞ」


「……」


「ついでに、俺からの礼も伝えといてくれ。うちに最高の仲間をもたらしてくれたことについてな」


あまりにストレートな物言いをするランドウに照れてしまい、思わずうつむいた。


すると、手元で光る腕輪が目に入った。


この腕輪はダンジョンに同行する俺の身を案じて持たせてくれたのだった。


リヴィと冒険を続けていくことになった日のことを思い出した。まだ会ったばかりだったから、お互いにどこかよそよそしさがあったっけ。


でも冒険を続けていくうちに打ち解けて、危ない思いもしたけど楽しい日々を過ごせた。新しい仲間も増えた。


この腕輪だけじゃない。リヴィはいつだって俺のことを気にかけてくれていた。俺に絶望感を与えるために近づいたわけなんかじゃない。それは絶対にない。


「……」


今までリヴィがしてくれたことがフラッシュバックした。


彼女は俺に色々な景色を見せてくれた。


大切なことも教えてくれた。


――今度は、俺がリヴィを助ける番だ。

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