第30話 キメラ希少種
武器を構えた俺たちの存在に気付いたキメラが咆哮した。この距離からでもわかるほどの凄まじい圧力を放っている。
怖気づいている俺をよそに、リヴィは歩き出した。
「全開でいくわ。巻き込まれないように注意して!」
「ああ、わかった!」
リヴィが瞬間移動によって単身で突っ込んだ。
キメラの近くに出現したときには、既に光線を放つ眼球をいくつも召喚していた。
瞬間移動でキメラの攻撃をかわしながら、眼球からの光線攻撃をしつつ、魔力で構成された剣を降らせた。それに加えて手にした鎌での攻撃。
それら三つを使いこなすことで初めて、氷の息吹を吐く口、電撃をまとう爪、毒牙を持つ尻尾で攻撃してくるキメラを抑えることができていた。
瞬間移動によって飛び回ることで翻弄しているかに見えたが、キメラの背後は尻尾になっているヘビが守っている。少しでも油断をすれば攻撃をくらう危うさがあった。
リヴィは標的から少し距離を取り、鎌を地面につきたてると、巨大な魔法陣がキメラを中心に出現した。それはドーム型を形成して檻のようにキメラの巨体を包んで閉じ込めると、中で幾多の三日月型の刃が回転して斬り刻んだ。
宙に浮いたリヴィが捕えたキメラへ追い打ちをかけるように、闇の魔力で構成された巨大な剣を二本出現させた。
「はぁっ!」
「ソウタくん下がって!」
闇の大剣がキメラを貫いた。部屋全体に魔力が衝撃波として広がった。それをルシェが弱体化魔法の滝を出現させて身を守った。
死神は仲間の命すらも食らう。その言い伝えを体現するような戦いを見せている。
そんな戦いぶりに見入ることなく、ルシェは弓を構えた。煙でキメラの姿を確認することはできないが、魔力が消失していないのがルシェにはわかるのだろう。
キメラは咆哮で煙を吹き飛ばしてふたたび姿を現した。残念ながら、その勢いに衰えた様子は見られなかった。
凄まじい連撃だったが、やはりそう簡単には倒せないか。
ルシェはリヴィの戦うペースをつかんだのか、彼女の邪魔にならないよう何本も矢を打ちこんでいる。魔力で構成された矢は的確にキメラを捉えた。
「ダメだね……ぜんぜん手ごたえがないや。あと何発あてれば効果が出てくるんだろう」
「全て命中しているじゃないか。確実にダメージを与えられているんじゃないか?」
「私が今打っているのはダメージを与える矢じゃないんだ。相手の攻撃力と防御力を下げる弱体化の矢を打ちこんでるんだけど、まったく効果が見られない」
「それほど強力なモンスターってことか……」
ルシェが弓による弱体化魔法を放って敵のステータスを下げているあいだに、俺は落とし穴の準備をした。今回もキメラの自重で落ちるようになっている。
落とし穴をふたつ作って地上に戻ると、リヴィの怒涛の攻めはまだ続いており、キメラと激しい戦いを繰り広げていた。
目印に気が付いたらしいリヴィが瞬間移動で後ろに下がった。それを追って飛び付いたキメラが深い落とし穴にかかった。
「ソウタくんナイス!」
その隙にリヴィは闇魔法で、ルシェは弓を連射してキメラを攻撃した。
自身の倍以上も大きな落とし穴にもかかわらず、キメラが落とし穴から抜け出すのに時間はかからなかった。大きな爪でよじのぼって地上へ出ると、すぐさまリヴィとの死闘が再開された。
次はもっと深く掘らないと……。
本気のリヴィと常に連携を取るのは難しいため、あくまでサポートというかたちで俺とルシェは戦った。
攻めのペースを崩さないまま時間が進んだ。
作戦はうまくいっているように見えた。こちらの攻撃はすべて当たっているし、敵の攻撃も完璧に避けることができている。しかし、ふたりの表情が晴れない。
「キメラが弱る様子がまったくないね……。このままだと、私たちの体力が持たない」
確かに、あれだけの攻撃を受けているにも関わらず、動きのキレや威圧感はほとんど衰えていなかった。
何か、手を打たなければ……。
ふと、ゴーレムを倒したときの成功体験が脳裏をよぎった。
「そういえば、エンチャントってモンスターにもかけられるのか?」
「かけられるけど、かけたってこっちが不利になるだけだよ」
「試したいことがあるんだ。あいつに、岩属性のエンチャントをかけてくれ!」
四つ目の落とし穴の場所へキメラを誘導して落としたあと、ルシェはエンチャントをかけるため、危険を冒してなんとか暴れるキメラに触れた。
「できたよ!」
ツルハシを握りしめ、キメラを見据えて走り出した。走りながらも、こんなリスクを冒してまで戦っている自分がおかしく思えてきた。でも、心も体も動き出している。それを頭で止めようとして俺は何度も同じ過ちを繰り返してきたんだ。
「おらぁっ!」
キメラの横腹にツルハシを叩きつけた。岩属性を付与されたキメラには穴掘りスキルが通用し、その巨体を吹き飛ばすことができた。
「うそっ! ソウタくんの攻撃が効いてる!」
ルシェはキメラにも通用する攻撃力に驚いているようだが、俺としては逆の意味で驚いていた。
ゴーレムのときのように瞬殺とはいかなかったのだ。
このとき初めて俺たちが相手にしているボスモンスターの強さを体感した。
キメラは敏捷性に優れているため、落とし穴にかかっている時間が極端に短い。今回もすぐに抜けだされ、俺に牙をむき出して威嚇してきた。
リヴィはこんな化け物と殴り合いをしていたのか。近くで見ると威圧感がまるで違う。
震える手元で銀の腕輪が光った。
「……」
この部屋はそれほど広くないため、落とし穴を掘ることができるスペースはあと中央を残すだけとなってしまった。このスペースはいざというときのためにとっておきたい。
俺もキメラとの真っ向勝負をするしかない!
人間を丸飲みできるほどの口で噛みついてきた牙をツルハシで打ち返した。
「尻尾は任せて」
リヴィは鎌で毒蛇の相手をしている。
ルシェはリヴィの攻撃に巻き込まれる心配がなくなったため、先ほどまでよりも至近距離に寄って爪を攻撃している。近くに寄ったことで今までよりもダメージが上がっているようだ。
猛り狂うライオンの頭をツルハシで叩く。
俺にキメラの攻撃をかわすことはできない。使いなれたツルハシで、何とか攻撃を弾いているだけだ。攻めているというよりも、守りながら攻撃をしている。
「ソウタよけて!」
まずいっ、キメラが氷の息吹を吐く際のわずかな挙動を見過ごしてしまった!
咄嗟に目をつむって腕でガードした。
冷凍庫をあけたときのような冷風が頬を撫でた。
「え?」
いつのまにか近くにきていたルシェの弱体化バリアが俺を守ってくれていた。
「ありがとう!」
「どんどんいくよっ!」
俺たちはこの連携でキメラを完全に抑え込んだ。リヴィひとりに頼り切る攻撃ではないため、ペースも良さそうだ。
「攻撃が効いている。このまま押し切るわ!」
半ば勝ちを確信した俺たちだったが、キメラの様子が変わった。
建物ごと吹き飛ばしそうなほどの咆哮をしたキメラを中心に落雷が発生した。
「まずい! 離れて!」
「ぐっ!」
地面に逃げようとしたが間に合わず、俺は落雷を食らってしまった。
脳天からつまさきまでを一瞬で駆け抜けた電撃による衝撃は凄まじく、痛みで一歩も動けない。視界も真っ暗だ。
俺は今、立っているのか? 横になっているのか?
わずかな落下感のあと、キメラから遠ざかったのが音でわかった。
額に冷たい感触を覚えた。
「やめろ……!」
「……っ」
瞬間移動で俺を助け出してくれたリヴィが、自身にダメージを移す回復魔法を使おうとしたのを声を絞り出して止めた。
「俺なら大丈夫だ。あいつを、倒すぞ」
上級モンスターの攻撃を受けても俺が死ななかったのは、ルシェの弱体化魔法が効いてきている証拠だ。攻撃力が下がっている分だけ、防御力も下がっているはず。そしてそのことは、俺だけじゃなくふたりとも理解しているだろう。
「わかったわ。次でケリをつける」
死を覚悟したほどの痛みだったが、幸いまだ体は動く。
渾身の力で立ち上がり、俺たちは最大連携で仕留めにかかる。
リヴィがキメラを引きつけて時間を稼いでいるあいだ、俺は部屋の中央に今までで一番深い落とし穴を掘り、ルシェは弓に魔力を込めた。
「できたぞ!」
リヴィが中央に誘導して落とし穴にはめた。
「この距離なら!」
ルシェが放った弓は今までよりずっと大きく遅かったが、身動きのとれないキメラに至近距離から打つことで被弾させた。
「最大の弱体化魔法を当てた! リヴィちゃんお願い!」
リヴィが渾身の大技を叩き込むため宙に浮いた。
さっきは魔法陣によってキメラの動きを封じたが、今回は落とし穴がその役目。リヴィは巨大な闇の剣を四本出し、キメラに突き刺した。そして、以前クラーケン戦でも見せたアンカーをキメラの頭上に出現させて打ちおろした。
落とし穴から闇の魔力が噴き出した。
静かになる落とし穴。
「……やったのか?」
俺たちの希望を打ち砕くかのように、キメラが這い上がってきた。
「うそ……」
戦意喪失した俺とルシェは武器を構えることができなかったが、リヴィだけは違った。もうかなりの魔力と体力を消耗しているのは明らかだったが、それでも鎌を構えて迎え討つ準備をした。
「……こいよ」
牙をむき出しにして、一歩踏み出したキメラは、崩れて光の塵となって消えた。
しばらく誰も喋る者はいなかった。
「や、やったぞ!」
「つっかれた~。もう一本も打てないよ」
喜ぶ俺たちをよそに、リヴィは無言でキメラがいたところに近づいていくと、ドロップしたらしいふさふさの毛を拾い上げた。
それを確認してほっとした表情を見せると、突然地面に伏した。
倒れたリヴィに駆けよると、彼女の顔からは生気が失せていた。慌てふためく俺をよそに冷静なルシェが彼女の脈をみたり色々調べてくれたが命に別状はいとのことだった。
「みっともないところを見せたわね。大丈夫。魔法で血液を消費し過ぎただけ」
「無茶しすぎだ……。でも、リヴィのおかげで倒せたよ」
「それは違う。私のわがままに付き合ってくれたふたりのおかげで倒せた。私ひとりじゃ無理だった。……仲間っていいものね」
「……ああ、そうだな」
俺は力を振り絞り、出口までの穴を掘った。そしてリヴィを抱きかかえ、モンスターとの戦闘を回避するために地中を通って扉の前までくると、神殿のようなダンジョンをあとにした。
今や恒例となった、ダンジョン後の食事会は今日は無いものかと思っていたが、リヴィはルシェを誘い始めた。
「私はいいけど、リヴィちゃん大丈夫なの~? 帰って安静にしてたほうがいいんじゃない?」
「そんなに心配するようなことじゃないわ。貧血で倒れるなんて、昔はしょっちゅうだったから」
「もしかして、リヴィが生肉を食べるのって血液を補充するためなのか?」
「ええ、そうよ。だから皆が行かなくても私は行かないと」
ダンジョン終わりにいくザラミルの店でリヴィがいつも注文する生肉は、最初は驚いたが今はもうすっかり慣れていた。毎回注文するから、相当好きなんだと思っていたが、そういう理由があったのには気が付かなかった。
「そういうことなら付き合うよ。でもここからザラミルまでは結構あるだろう? ジッパーを使う余力はあるのか?」
「これは血液を消費する魔法じゃないから大丈夫。さ、いきましょ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます