第29話 死神の目的

指揮棒を持ったこの小さなモンスターが踊りの評価をしてくれるらしいが、今回は普通よりちょっと良い評価をもらえたようで、良いアイテムをドロップしてくれた。


「俺が転んだりしなければ、もっと良い評価がもらえたのかな」


「そうね。でもこの難易度の曲であれば、報酬も最高級ではないわ。気にしなくて大丈夫」


「ありがとう。ところで、リヴィはどうして鎌を振り回していたんだ?」


「もっと難易度が高くなると、攻撃を受けながら踊る必要があるの。それの練習をしていたのよ」


「つまり、あの程度のレベルじゃ物足りなかったのか。どこのダンジョンでも演奏魔が突発的に出るなら、もうダンジョンに行くのやめようかな……」


「演奏魔なんて滅多に出ないんだけどね~。でも私が教えてあげるから、安心していいよっ」


「ありがとう。今後どうするかは考えておくよ……」


まだボス前だというのに、どっと疲れた。ここから先のモンスターはルシェの弓に任せて、ボス前までに気持ちを落ち着かせよう。


そう思いながら足を進めた。


そしてしばらく行ったところで、突然リヴィが立ち止った。


「初めての演奏魔で消耗しているところ悪いのだけれど。扉に入る前、橙色のダンジョンはレアアイテムがメインだから、すごく弱いモンスターか、上級者でもきついほど強いモンスターが出るって言ったのを覚えているかしら」


「え? ああ」


「残念ながら、今回は後者みたいよ」


「やっぱり、リヴィちゃんもそう思う? かなり強い魔力を感じるもんね」


「でも、ふたりがいれば倒せるんじゃないか? 強力な闇魔法を近距離で使うリヴィと、遠距離から援護するルシェは相性が良さそうだし」


「相性は実際にやってみなければわからないけど、そもそもそんな問題じゃないのよ。恐らくこの先にいるのは、一〇人程度のパーティを組んで倒すレベルのボスモンスターなの」


「うん、私も魔力の感じからしてそのぐらいの規模だと思うな~」


一〇人がかりで倒すような化け物が、この先にいるのか。たった今まで陽気な音楽に合わせてダンスをしていた分、その衝撃による気分の落差が激し過ぎて目まいがした。


「とりあえず、姿だけ見よっか? もし無理そうなら諦めて帰ろうよ~。今回は演奏魔からのドロップも良かったし、わたし的にはそれで十分だからさ」


「そうね、そうしましょう」


リヴィを先頭に、ルシェ、俺と続いた。俺は魔力を感じることはできないけれど、ふたりの空気感からこの先に待つ敵の凶悪さがわかるような気がした。


次の部屋が見えてきた。


明るいこのダンジョンでは、そのボスモンスターの真っ白な姿が遠くでもよく見えた。


「ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つモンスター、キメラ。……しかも、色違いの上級だね」


ルシェの声色が変わらなかったら、てっきり想像よりも弱いボスモンスターなのかと思ったが、発せられた言葉は真逆のものだった。


「こんなレアな上級ボスモンスターを逃すのは勿体ないけど、これは無理だね。リヴィちゃんがいるから多少は無理しちゃおうかなって思ったけど、さすがに相手が悪すぎるよ」


そういって引き返そうとしたルシェに俺は続いたが、リヴィは一歩も動かなかった。


「リヴィちゃん?」


「あなたたちは戻って。私は戦う」


自分の耳を疑うかのように固まるルシェだったが、自分の聞いた言葉の意味をようやく理解したかのように、呆れた様子を見せながら問い詰めた。


「なに言ってるの? ひとりで色違いのキメラを狩るなんて、無理に決まってるでしょ」


「ソウタにも言っていなかったけど、私はコイツを倒すためにダンジョン巡りをしていたの。だから、どれだけ時間がかかっても構わない。ひとりでも倒してみせる」


そう言い放った彼女の背中からは揺るぎない覚悟と、死神として今までひとりで戦ってきた誇りや寂しさが感じられた。


もし俺が勇者だったら、強い戦闘スキルを持っていたら、彼女を助けたかもしれない。だが、現実はそう甘くない。穴掘り程度じゃ何もできない。恐らくルシェも参戦しないだろう。


「……はぁ。なら、私も付き合うよ~」


何かを察したのか、ルシェはあえて肩の力を抜いて言ったように見えた。


「ちょっと待ってくれ! 本来なら一〇人がかりで倒すんだろう? それをふたりでやるつもりなのか? もっと冷静に考えよう。一旦戻って、仲間を集めて狩るんじゃダメなのか?」


「ダンジョンの入り口を隠していた岩を壊してしまった今、一度外へ出てしまうと他のパーティに奪われる可能性が高い。それに、私はあのキメラがドロップする素材が欲しいの。パーティの人数が増えれば増えるほど、その分け前が減ってしまうわ」


そういえば出発するとき、パーティを組んだらドロップしたアイテムは山分けするという決まりがあると言っていた。


「それでも、無謀なまねをしてやられてしまったら終わりじゃないか……」


「……やらなければならないのよ」


俺はただ、チートスキルを得るための経験値を稼ぐためにリヴィを利用していただけだ。こんな危ない戦いに加担する必要はない。


……リヴィも、穴掘りスキルを持つ俺と相性が良いから、そして仮に魔法で巻き込んでしまっても身よりのない俺ならば問題ないと判断して誘ったのだと思った。


しかしリスクのある闇魔法で俺を救ってくれていた。


色々な考えが頭の中でぐるぐる回った。どうにも思考の整理がつかないので、俺は柄にもなく自分の心に従うことにした。


「……俺もやる。力になれるかはわからないけど……」


一瞬、キメラを前にして燃える真紅の瞳が鎮火されたように見えたが、瞬きひとつで元に戻った。


「ありがとう。あなたたちは、私の命に変えても守る」


「それじゃ、いきますか~」


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