第26話 3人目の依頼主

女性の話声で目が覚めた。


ひとつは間違いなく、ここ最近は夜の冒険を共にしているリヴィのものだろう。そしてもうひとつ、俺のすぐ上で聞こえる声は、聞き覚えのないものだった。


起き上がるため、大きく深呼吸をすると、かすかに甘い香りがした。


俺は目をあけると、聞き覚えのない声の持ち主に膝枕されているのがわかったが、顔は豊満なふたつの丘に遮られて確認することができない。


「……っ!」


寝覚めは悪いほうだが、今回はすぐに覚醒することができ立ちあがった。


「……だれですか?」


俺を膝枕していたのは、やはり面識のない女性だった。白シャツに青いスカートを身に着け、ゆるく巻かれた白銀の髪は、毛先が丘の上でとぐろを巻いて休んでいる。


「おはよう、もう少し寝ていてもよかったのに~」


ささやくように喋るその女性の声は聞き心地がよく、再び眠りについてしまいそうだった。


「私はルシェ。よろしくね~」


「よ、よろしく……というか、なんでうちに?」


「壊してほしい岩があって訪ねてきたら、ソウタくんが玄関先で倒れてたんだよ」


そうなのか……。昨夜はゴーレム戦で消耗したし、今日の仕事もハードだったから疲れたなとは思っていたが……。


「だから睡眠を利用した回復魔法で眠ってもらってたんだ~」


「確かに、体が軽い……。ということは助けてくれたのか」


でもそんな都合の良いことあるか?


一応はお礼を言ったが、倒れたところに都合よく現れるなんて、なにか裏がありそうな気がするが……。


一連のやり取りを聞いたリヴィは、また依頼か、という顔を見せると立ち去ろうとした。


こんな怪しい依頼人とふたりでダンジョンになんて行かせないでくれ! その心の声をどうやって口で伝えようか迷っていると、依頼主本人のほうからリヴィを引きとめてくれた。


「リヴィちゃんにもいっしょにきてほしいな」


「……私のことも知っているようね」


「もちろん知ってるよ~。最近じゃあ結構有名だよ? 闇魔法を操る死神の末裔と現場作業員のコンビは。それと、ソウタくんが街中でやっつけた貴族の話も巷じゃ笑い話として広まってるみたい」


「そうなのか? でもあれはリヴィが手助けしてくれただけで……」


「もちろんそうだろうね~。でも、やられた本人は気でも狂ったように悔しがっているみたいだよ」


「へ、へぇ……」


こりゃ復讐が怖いな……。だからいざこざは嫌いなんだ。


「あ、そうだ。ちなみに私は対象を弱体化させる魔法が得意なの。だからリヴィちゃんの魔法も、弱体化させてからバリアで受ければ何とかなるよ~」


リヴィはお決まりの鎌を見せることもなく、小さくため息をつくと、外へ出るように言い、ルシェはそれに従った。


寝起きで混乱しているせいか、未だによく状況が飲み込めていない俺も表に出た。仕事を終えたときはまだ明るかった空がすっかり暗くなっていた。


「私の攻撃を、その弱体化魔法で防いで見せて」


「おっけ~。いつでもいいよ~」


リヴィはゴーレム戦でも見せた眼球を出現させる魔法を発動した。今回はひとつだけだったが、放たれた光線に対しルシェはバリアのようなものを自身の前方に展開した。バリアと言っても、昨日ミレイユが使ったような固い盾のようなものではなく、見た目は小さい滝のようだった。その流れをくぐったリヴィの魔法はすぐに失速し、ルシェに届く前に消滅した。


「合格よ。そのくらい弱体化ができれば、私の魔法にも耐えられるわ」


どうやら、この前ミレイユと冒険したときと同じ流れになっている。ということは、これから三人でダンジョンへ行くのだろう。


「弱体化の魔法が得意なら、ルシェは誰かの援護をするスタイルなのか?」


「そうだよ。武器も弓だから、大体はうしろのほうにいるかな~。あとは、エンチャントも得意だよ」


「エンチャント?」


「対象の人物、物体に属性を付与させることだよ。例えば火属性のエンチャントをかけられたひとは、火属性の魔法が強化される」


「私が使う死神化の魔法も、分類的にはエンチャントになると思うわ」


「そうなのか! ってことは、もしかしてルシェも俺のことを強くすることができるのかな」


死神化のほかにも自分でモンスターを倒す方法があるのか、期待を込めて聞いた。


「どうかな~。まず、闇魔法のエンチャントは使えないから、リヴィちゃんには使えないんだ。それとソウタ君だけど、私が得意なのは属性を付与するエンチャントであって、肉体や魔力強化の魔法じゃないから、君にどのくらい効果があるかはわからないかな」


「でも、ツルハシにそのエンチャントをかければ、炎をまとったツルハシになるんじゃないかな? ファイアーツルハシに!」


「普通の剣士なら、モンスターの弱点属性を付与するだけで有効に働くけれど、ソウタ君の場合はやってみないとわからないなぁ。普通の剣士じゃないからね~」


「そっか……」


モンスターを倒すことで経験値をたくさん得て、チートスキル取得に繋がると思っていたのでルシェの言葉を聞いて残念な気持ちを抱く一方で、疑惑も抱いた。


このルシェとかいう女性、やけにリヴィについて詳しくないか? 話がトントン拍子に進み過ぎているというか……。


「……ひとつ聞きたいんだけど、ルシェはどうしてそのダンジョンをクリアしたいんだ?」


「橙色の扉なんだ~」


俺の質問に即答したルシェだったが、それを聞いたリヴィの顔つきが変わった。


「橙色? そんな貴重なダンジョンを、見ず知らずの私たちと攻略するって、どういうことかしら」


「どういうことだ?」


「橙色の扉のダンジョンは、レアアイテムが眠る可能性がすごく高いの。これ目当てにダンジョン探しをする専門家もいるくらいよ」


「そうなのか」


確かにリヴィの言う通りあやしいと思った。ルシェという女性は何か企んでいるのだろうか。


「もちろん、決まり通りドロップアイテムは山分けするよ。私だけじゃ、岩が邪魔で入れないし、リヴィちゃんがいれば心強いからね~」


「死神を心強いっていうなんて、あなたも相当な変わり者ね。ここのところ変なひとにばかり会うのはどうしてかしら」


「それって俺も入ってる?」


「あなたが筆頭よ」


「ええ……」


庭でのおしゃべりもほどほどに、俺たちはダンジョンを目指した。例のごとくジッパーの魔法で近くまで移動することになったが、行き場所を聞いたリヴィが露骨にイヤそうな顔をした。


「私、寒いの苦手なのよね」


「そうなの? じゃあ私が温めてあげる~」


軽くじゃれようとしたルシェの目の前に鎌の刃が現れた。


「結構よ。なるべく扉の近くに移動したいから、詳細に教えて」


どんな極寒地帯よりも冷たい対応だと思ったが、鎌が自分に向くのがイヤだったため口には出さなかった。

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