第25話 手中の岩人形

「……っ!」


彼らは本当に同じ人間なのだろうか。ただ声で威嚇されているだけだというのに、身体の芯が震えるような本能的な恐怖を覚えた。


そして彼らの声に呼応するように、武装したゴーレムが突進してきた。


「きますっ!」


戦闘開始だ。


と思ったところ、二人の前に巨大な岩壁が現れた。


「って、まさかのゴーレム任せですか!」


虚を突かれたミレイユが一歩さがってバリアを張ると、リヴィが無数の眼球を自身の周りに出現させた。


「あっ!」


俺も穴掘りで逃げようとしたが、砂が邪魔をしてスキルが発動できない!


「ミレイユごめん!」


リヴィの闇魔法はすでに発動されている。俺はやむなくミレイユがひとり用に展開したバリアに押し入った。


「ちょっ……近いんですけど!」


「砂が邪魔で穴掘りができないんだ!」


リヴィが出現させた無数の眼球から光線が放出されたが、ゴーレムの巨大な両腕によって防がれてしまった。その防がれたビームは跳ね返り、いくつかミレイユのバリアに当たった。


「そういうことですか……なら、これでどうでしょう」


地中に行けない理由を聞いたミレイユは短い詠唱のあとに風魔法で部屋中の砂を吹き飛ばして端に寄せてくれた。


「助かる!」


俺はそそくさと穴を掘り、逃げ道をいくつか作った。


その間、地中が揺れるほど激しい戦いが地上では行われていた。


頭を出して様子を見てみると、リヴィは攻撃を打ち込むがゴーレムの装甲がそれを弾いていた。


ふたたび地中に戻ろうとしたところ、ミレイユの頭上で何かが光った。


「あぶないっ!」


ミレイユがリヴィの攻撃をガードしたあとバリアを消したのを狙って落石の魔法が放たれたのだ。恐らくあの女の仕業だろう。


急いで地中から彼女の足元まで移動して、穴を開けて彼女を地中に落とした。巨石は落とし穴に引っかかり、ミレイユに直撃することはなかった。


突発的な攻撃を回避するために必死だったせいで彼女の身体に触ってしまったがお互いそのことには触れずにいた。


「だ、だいじょうぶか?」


「あ、はい! ありがとうございます」


「よかった。でもこの状況、まずくないか?」


「そうですね……こちらにはリヴィエッタさんがいるとはいえ、向こうにも魔法で強化されたゴーレムがいます。ゴーレムとだけ戦っていたのでは、こちらのスタミナが持ちません」


「二人の前にある壁に穴を開ければ、リヴィが瞬間移動で攻撃できるはずだ。……やってみる」


「わかりました! くれぐれも気を付けてください」


ミレイユが穴から出たあと、俺も顔を覗かせた。


ゴーレムの位置を確認し、地中を通って壁のほうへ向かった。俺は穴掘りスキルを使って壁を貫通させた。


何も合図を送っていないにも関わらず、すかさずリヴィが瞬間移動で二人の元へ飛んだ。


壁にあいた隙間から戦闘の様子を覗いた。リヴィの手にかかれば瞬殺かと思いきや、二人は予想以上にやるようで、しかもテイムされ、魔法で強化された小型モンスターが二人の防御を固めている。なかなかネックレスを奪うことができない。


地中からこっそり忍び寄るか? 


リスクはあるが……やるしかない。


俺は地中から突っ込み、ネックレスの奪取を狙うことにした。


人間を、しかも犯罪者を相手にするのはかなり怖いが、勇気を出して突っ込んだ。


「……っ!」


穴から飛び出したところ、恐ろしい表情をした女がこちらを見ていた。


あまりの恐怖に体も思考も硬直したところ、リヴィが瞬間移動でこちらにやってきた。


リヴィは、死神の名を体現するような、女に負けず劣らずの怖い表情をしていた。


逆さの状態のリヴィがそのまま体をひねったと思ったら金属音が鳴り響いた。


どうやら俺に向けられたナイフをリヴィが鎌で弾いたらしい。


リヴィはひねった体の回転をそのまま手を伸ばし、空中で女の首からネックレスをもぎ取った。


「引くわよ」


「ああ!」


リヴィは瞬間移動で、俺は地中を通ってミレイユの元に戻った。


「良い陽動だったけれど、無茶はしないで」


「あ、ああ。ごめん」


リヴィはネックレスをミレイユに返した。


「ありがとうございます! ああ、よかった……」


ミレイユはそれを首から下げた。


「反撃を開始します!」


装備を取り戻したことで強化されたミレイユは自分にバリアを張りながら詠唱を始めた。これで通常モンスターの攻撃を防ぎつつ詠唱することができるそうだ。


俺はゴーレムが這い上がってこれないほどの巨大な落とし穴を掘って動きを止めるため、地中へ潜った。


リヴィは次々と現れるテイムされた小型モンスターを倒しつつ、ゴーレムの攻撃をいなしながら、敵ふたりに襲いかかった。多数の敵を相手にしている状況だからこそ、仲間の命すらも食らうという死神の戦いぶりに地中から覗かせた目を見張った。


しかし見惚れてばかりいるわけにはいかない。俺も自分の仕事をしなければ。


ちょうどこの部屋の中央にゴーレムを収めることができるほどの落とし穴を準備した。


あとはミレイユの詠唱が終わるのを待つのみ。


リヴィは一人で全員を相手にしている。俺は少しでも手伝おうと、ゴーレムの足を引っかける程度の穴を掘って一時的に動きを止めた。


「ソウタ、いくわよ」


「わかった」


ミレイユの詠唱が終わりそうだと見たリヴィが一旦引いて、ゴーレムをおびきだした。


俺は身の安全を確保するためミレイユの背後に行った。


「よしっ!」


リヴィに誘導されたゴーレムが落とし穴にはまった。


「これで終わりです!」


ミレイユの気合いと共に現れた水の龍がうねりながらゴーレムを目掛けて突進し、その体を飲み込んだ。


――しかしゴーレムはまだ立ち上がった。銀色の装甲は剥がせているが、ゴーレム自身にはほとんどダメージは無さそうだ。


「うそっ……あの魔装、とんでもない硬さです……。また装着されたらまずいですので、それより早く次の魔法を打ちます!」


ミレイユは再び詠唱に入った。


「わかったわ。足止めは任せて」


ゴーレムはすでに落とし穴から抜け出しており、リヴィは再びゴーレムのほうに飛んだ。


「くそっ!」


しかしゴーレムがこちらに向かってきてしまい、焦りから俺は思わず叫んだ。


身を隠すため、先ほど掘った穴に戻ろうとしたところ、中からサソリが出てきた。


まずいっ……!


ゴーレムは俺に向かって攻撃をしてきた。


ゴーレムの大きな拳が目の前に。


こうなったら……!


俺はヤケクソでツルハシを構えた。


超集中のせいか、動きが止まって見える。


「止まってみえるぜ!」


――ツルハシがゴーレムの拳を捉えた刹那、巨石のような右拳が消し飛んだ。


「え……?」


装甲が外れているとはいえ、リヴィやミレイユが傷つけることすらできなかったゴーレムを、ただのツルハシで破壊することができた。ということは、まさか……。


「……というか、ゴーレム止まってる?」


よく見るとゴーレムの周囲に魔力で作られた鎖が刺さっており、それが動きを封じているようだった。恐らくリヴィが俺を守るために発動してくれたのであろう。


止まって見えるぜ! と叫んだのが物凄く恥ずかしくなった。


微動だにしないゴーレムの左拳も同じようにツルハシで叩くと消し飛ばすことができた。


「……そういうことね」


「すごい! とっても興味深いです!」


リヴィも、そしてミレイユも俺と同じ結論に達したらしい。


穴掘りスキルが岩属性であるゴーレムに通用することわかった今、恐れるものはない。


残った両足を消し、胴体を消し、最後に頭部を消した。


き、気持ちいい……! これがチートスキル使用者の感覚!


ゴーレムバスターズ設立しようかな。


そんなことを考えながらゴーレムを片付けている間に、リヴィは小型モンスターを一掃したうえ二人組も捕らえていた。


「なぜ、ダンジョンにいるの」


「なぜだと? 俺たちぁ暇で暇で死にそうだったんだぜ!」


「ひゃひゃひゃ。だがオメェらのおかげで命拾いしたぜェ」


他に聞き出したいことはなかったらしく、リヴィは動きを封じた二人に対し、意識を奪う魔法をかけた。


「あとは町へ連れて帰って、役所に引き渡すだけですね」


「無事に終わってよかった……」


「ほんとです。ソウタさん大活躍でしたね! ゴーレムは岩属性だから、穴掘りスキルが通用したのかもしれませんね」


「ああ。でも、もしあの装甲がまだあったら、通用したかわからなかった」


「確かに、そうですね」


「ミレイユの魔法もすごかったよ」


「ふたりがいてくれたから、時間をかけて詠唱することができたんですよ。それに、リヴィさんに比べたら大したことないです」


俺とは違い、このような戦いには慣れているはずのリヴィが放心状態とは考えられなかったが、彼女は自分の話が出たにも関わらず反応がなかった。


不思議に思い、ミレイユと二人そろって彼女のほうを見た。


「……あら、ごめんなさい。私になにか言ったのかしら。さっきの魔法、一時的に聴力を失うの。もうすこし近くで、ゆっくり喋ってくれるかしら?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る