第21話 新たな依頼主

水のダンジョンでクラーケンを倒した翌日の今日、仕事終わりに役所へ寄り、チートスキルを使えるようになっていないかと期待を膨らませたが、まだ新しいスキルを覚えることはできずにいた。


「よし……っと」


しかし落ち込んでいる暇はない。今夜も冒険に備えて準備を整えていると扉がノックされた。リヴィだと思って開けると、茶色のローブを着て、きれいな金髪を三つ編みでおさげにした、緑色の目の女性が立っていた。


「夜遅くにごめんなさい」


申し訳なさそうに言った女性は、ローブと似たような色の大きなつばの三角帽をかぶっており、それが魔法使い感を出していた。


「こ、こんばんは」


「あなたの活躍を見てこちらにきました、ミレイユと申します」


少し緊張しているらしく、用意してきた台詞を読み上げるように言い終えるとおもむろに新聞を差し出した。若干面食らいながら受け取ると、隅のほうに小さく俺がリヴィと出会った日のことが書かれていた。




<掘削業者の活躍>


建設業や鉱山の掘削業を行っているチームランドウの一員が、独力によって先日本紙にも記載をした『岩魔法によるダンジョン破壊の妨害』問題のうちのひとつを解決した。


新規開拓されたムズリ地方のダンジョンの入り口を~~~




「こんなものが出ていたのか……知らなかったな」


俺は新聞を返しながら言った。


「あなたの上司……ランドウさんには、すでに話は通してあります。何も聞いていませんか?」


ランドウから? いや、そんな話なかったぞ……。


……っ! もしかしてコイツ、岩魔法を置いた犯人じゃないのか? 俺に仕返しをしにきたんじゃ……。


「……」


疑いの目を向け、真偽を確かめるための質問をいくつか用意しているところへ聞きなれた野太い声が飛んできた。


「間に合わなかったか! わりぃなぁ、すっかり伝えるのを忘れていた。じゃあ、あとは頼んだぞソウタ!」


「あ、ちょっとランドウさ……」


「じゃあなソウタ!」


それだけを言うとランドウは振り向きもせず足早に去っていった。


いやランドウのやつ、都合よく現れすぎだろ! さては俺が断ると思って、この件のことをわざと黙っていやがったな……。


「……はぁ」


「えっとー……」


「ああ、すみませんつい……。えっと、仕事のことについて聞いてもいいですか」


「はい。実は、おとといとあるダンジョンの攻略に失敗したとき、落し物をしてしまったんです。それで昨日、慌てて取りにいったんですけど……」


「……岩で塞がれていたっていうわけですね」


「はい……引き受けてもらえますか?」


あんまり普段と違うことはしたくないんだけどな……ランドウを通した依頼じゃ、断るに断れない。


「はい、もちろん。ただ、今夜は先客があるんです。ミレイユさんの用事も恐らく一刻を争うと思うので、予定を変更してもいいか、その先客に確認させてください」


もうすぐ来ると思うので、と言って家の中で待つよう招き入れようとしたところ、当の本人がやってきた。


「あら、お客さんがいたのね。じゃあ、私はまた今度にするわ」


「待ってくれ。実はこのひとも、入口を塞ぐ岩魔法で困っているらしいんだ」


リヴィに状況を説明すると、私は良いけど、彼女はどうかしらね、と意味深なことを言った。


するとリヴィは初めて俺に会ったときと同じように、大きな鎌を出現させて見せた。


それを見たミレイユは短い悲鳴をあげた。


「あ、あなた……死神……本当に?」


どうやら、この反応が正解だったらしい。俺ときたら、知っているフリをしてごまかし切ろうとするなんて、なんと浅はかで愚かなことをしてしまったのだろう。俺はひっそりと顔を赤らめた。


第一印象のとおり、やはり彼女は死神だったのだ。この世界での死神の扱いがよくわからないが、ミレイユの反応から察するに、恐れられている存在だということはわかった。


となると、俺は魔法使いも恐れる死神とずっと行動を共にしていたのか……。


「ええ。それじゃ」


ミレイユの反応を確認したリヴィは鎌をしまって立ち去ろうとした。


「待ってください! 私たちといっしょに、ダンジョンへきてもらえませんか?」


ゆっくり振り返ったリヴィがミレイユの目をまっすぐ見据えた。


「あなた、私が怖くないの?」


「正直ちょっと怖いですが、それよりも私は感動しています! 死神族のひとは初めて見ました。いきなりこんなことをいったら失礼かもしれませんが、あなたにすごく興味があります。ぜひ、同行を願いたいです!」


ミレイユはとても興奮しているのか、ひとりで喋り続けたあと、ふぅっと自分を落ち着けるための呼吸をした。


「リヴィどうする?」


「私が同行しても、この方を巻き込んでしまうだけよ」


「そういうけど、俺と初めてダンジョンにいったとき、黒い炎みたいなのを鎌にまとわせて戦ってたじゃないか。あれなら巻き込まずに済むと思うんだけど」


「今回いくダンジョンの扉の色は?」


「緑です!」


「なら、あんな弱い技では戦えないわ。あれは初級ダンジョンだったから通用しただけよ」


「死神は仲間の命さえも食らう……。あの言い伝えは、強力な魔法が共闘する仲間にも当たってしまう、という意味ですよね。それなら、私はバリアで自身を守れるので大丈夫です!」


ミレイユはどうしてもリヴィと一緒にダンジョン攻略がしたいようだ。


「その防御魔法、張ってみてもらえるかしら」


「え? あ、はい!」


家から少し離れ、ミレイユが自身の周りに半透明のバリアを張ると、リヴィはそれに手を当てた。


「何をしているんだ?」


「魔力を打ち込んで、強度を確かめているの。……合格よ。このくらい強度があれば、私の魔法にも耐えられるわ」


「ふぅ、よかった、ギリギリでした。……あっ」


視線を落としたミレイユにならって目を向けると、手にした魔導書が半分ほど焦げていた。


「ごめんなさい……」


珍しくリヴィがしゅんとして謝った。


「い、いえっ! ぜんぜん、気にしないでください! この本、私の魔力にも耐えられなくなってきていたので、そろそろ買い替えなきゃと思っていたんです」


「……貴方の大切なものではないのね?」


俯きがちに上目遣いで聞いているところを見ると、あっけらかんとしているミレイユよりもリヴィのほうがよほどショックを受けていそうだ。


「ぜんぜん!」


ミレイユの言葉を聞いたリヴィは安堵したように一息ついた。


「そう、ならよかった。その魔導書、弁償させていただくわ。ダンジョンに向かう前に、魔具屋に寄っていきましょ」


遠慮して断ろうとするミレイユを、リヴィは半ば強引に説得した。俺たちは魔具屋を目指して歩き始めた。


「でも、ソロでの活動を貫くといわれている死神の相棒が現場作業員だなんて、ふしぎで仕方がないです」


「あなたも知っているとおり、死神の魔法は味方さえも巻き込んでしまう。このひとは地中に身を隠せるから、相性がいいのよ」


「なるほど……勇者以外のひととパーティを組むなんて常識的にはありえないですが、理由を聞けば確かに理屈は通っていますね」


ミレイユが色々と俺やリヴィに質問をしていたら、あっという間に目的地に着いた。


あ、そっか。魔具屋ってここか……。


魔具屋に到着した途端、転生したばかりの頃に訪れたことがあったのを思い出した。おまけに魔導書を頭に乗っけて原始人のような行動をしたことまでしっかりと。


「どうかしたの?」


「い、いや、何でもない」


「入りましょう!」


前に接客した店員が居ないようにと祈りながら俺は扉を開けた。

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