第20話 モグラの戦い方

クラーケンはその巨大な触手を操るにふさわしい胴体をもって、全体的に青っぽい体にうかぶ黄色いふたつの目がぎょろぎょろと俺たちを探している。なんとも不気味な印象を受けた。


「あっ……」


クラーケンは俺たちの姿を捕えると巨大な触手で攻撃をしてきた。


「うわっ!」


尻もちをついた俺をよそに、リヴィはほら穴から飛び降りつつ鎌で触手を弾き返した。


「隠れていて」


「わ、わかった!」


リヴィがクラーケンに立ち向かった一方、俺は先ほど掘った穴を途中までいき、適当な場所で方向を変えてさらに掘り進めた。その先で顔を出すと、彼女は迫りくる無数の触手を鎌で払っていた。隙をついて魔法攻撃を狙うが、発動する直前で触手に邪魔されてしまっているようだ。


……リヴィの戦いに、前回のボス戦のような派手さがない。


それほど水中での瞬間移動は負担が大きかったのだろうか。


「ちょっ……おい」


リヴィが振り下ろされた触手を瞬間移動でかわしたと思ったら、いきなり俺の目の前に現れた。


そして有無を言わさず俺を穴に押し込んだ。


「しっ」


人差し指を口に持っていき、静かにするよう指示すると、密着状態で耳元で囁くように喋った。


「クラーケン、倒すのは問題ないのだけれど、相当な時間が掛かってしまいそうなの」


「ハイ」


「死神化を試しましょう。前みたいにツルハシを対象にではなく、あなた自身に死神の力を与える」


「ハイ」


「そうしたほうが強力な力を手に入れられるはず。でも、人間を対象に使ったことはないの……。やってくれるかしら?」


人間を対象にしたことないってことは、それだけリスクがあるってことだろう。そんな危険な技を、会って二日目の人間とやれというのか。


俺を実験台にして、魔法の練習でもしようというのだろうか。


「ハイ」


まぁ、そのリスクを聞いたところで本当のことを教えてくれるとも限らない。俺は上ずった声で渋々ながら承諾した。


俺は地中を通って、リヴィは瞬間移動でほら穴に身を隠した。地中で死神化の魔法を使うと、いざというとき俺を助けるのに時間がかかるからという理由だ。


リヴィは鎌を地面に突き立てて、死神化の魔法を使った。


以前とは違い、俺の体に死神の魔力が流れ込んできた。それは一瞬で全身を巡り、ツルハシも鎌へと変化した。服も黒い魔力を薄くまとっている。どんどん体が軽くなった。


「いってくる」


不安を隠して自信を見せるように言うつもりが、自分でも情けなくなるほどの声しか出なかった。


俺はコソコソとほら穴から飛び出した。自分を大鎌を手にした死神だと想像すると、あまりに情けない行動に自嘲気味に笑った。


改めてクラーケンと真正面から対峙するとその迫力に気圧された。


……や、やるぞ。これもチートスキルのため……バラ色の異世界生活のため!


牽制をするため、前回も使った鎌を振ったときに出る波動を打ってみたところ、明らかに強力になっているのが打った瞬間にわかった。頭部付近に当たった魔力の鋭い音が洞窟内に響き、クラーケンがのけぞった。


「よしっ!」


そして波動だけでなく、使える技が増えているのが感覚的にわかった。


その感覚に従い、鎌を頭上で横に一回転させると、魔力で生成された無数の鎌がクラーケンの周りに現れ、一斉に回転することで体を切り刻んだ。


「おおっ!」


怒った巨体がドシドシと音を立てながら迫ってくる威圧感に後ずさりをしそうになったが、近距離戦も試さなければならない。もしクラーケンがリヴィのほうへいったとき、俺が戦わなければならないのだから。


迫るクラーケンの動きをよくみながら、振り降ろされた触手に鎌を合わせて当てた。


鎌の攻撃力も上がっているようで、クラーケンの触手を弾き、その返しで本体に斬りかかった。


いける! そう思った俺は鎌でラッシュを仕掛けた。クラーケンに攻撃する隙を与えず、どんどん体力を削っているのがわかった。


リヴィのような身のこなしとは言えないが、死神の力によってふわりとした跳躍力を得ていたため、動きの早くないクラーケン相手には問題なく有利な状況を維持することができた。


「……」


――こうしている今も彼女の目は見えていない。なぜ、自分の命を他者に預けるようなマネができるのか、わからない。


もしかしたら、俺は重大な何かを見落としているのではないだろうか。こうして死神化しているあいだにも、俺の生命力か何かが彼女に奪われていないか。


「えっ……?」


そんな風に考えていると、心の乱れによって集中力が途切れてしまったせいか、だんだんリヴィの魔力を感じなくなってきた。体から出ていた黒いオーラも消えた。


もう何度目かの触手を弾くために振ったはずの鎌は、ツルハシに戻っていた。


「ぐっ!」


俺は咄嗟に腕でガードをした。


自分のせいで状況が悪くなってしまった。その責任感のようなものがアドレナリンを出してくれたおかげか、腕の痛みはそれほど感じなかった。


「繋がりが途絶えた……どうしてかしら」


俺の横に飛んできて訝しげな反応を見せたリヴィだが、俺にはその理由は何となくわかっていた。しかし口にすることはできなかった。


俺はふたたび地中に戻り、リヴィとクラーケンの戦闘が再開された。


リヴィは鎌による物理攻撃のみでしのいでいる。


水中で瞬間移動したことによって魔力の残りが少ないといっていた。恐らく魔法の無駄打ちはできないのだろう。


あのとき、俺がアホみたいにリヴィの魔力を消費していなければ。死神化がもっと成功していれば、状況は変わっていたのだろうか。


……俺が、何とかしてリヴィが魔法を唱える時間を稼がなければ。


いくつか穴を掘って地中で繋げると、そのうちのひとつから頭をのぞかせた。


「うっ!」


目の前に巨大な青い触手が現れ、その衝撃で穴に落ちた。


怖いっ……。でも……。


俺は再び地上へ出ると、今にも破裂しそうな心臓の鼓動を感じながら、クラーケンの触手をツルハシで叩いた。長年ツルハシを使っているが、初めての感触が手のひらを伝った。


すぐさま穴に戻り、また別の穴から身を乗り出して近くにある触手を殴った。


少しはクラーケンの注意をリヴィから外すことができているのだろうか。根気強く続けているが、正直あまり手ごたえは感じていなかった。


「なっ!」


また別の穴から顔をのぞかせようとしたところ、触手が穴のなかに入ってきた。


クラーケンが穴に隠れた俺を捕えようとしているのだ。


「くそっ! まずい!」


生身の状態でボスモンスターの標的にされ、俺は一心不乱に逃げた。


だが逃げても逃げても長い触手が追いかけてくる。逃げ道として地中で繋げた穴をすべて触手で塞がれてしまった。


もっと地中に逃げ道を作らなければ! 一度でも捕まったら終わりだ……地中じゃリヴィの助けも期待できない!


触手が追いかけてくるなか、力の尽くす限り掘り進め、逃げ続けた。これほど一心不乱に地面を掘ったことなど今までなかった。


地中での鬼ごっこはしばらく続いたが、触手の追撃がだんだん緩くなってきたのがわかった。


俺が火事場の馬鹿力で猛スピードを出しているのかと思ったが、やがて触手は完全にその動きを止めた。もしかしてリヴィが倒したのだろうか。


俺は地中を通って、おそるおそる、クラーケンのいるボウル上の場所ではなく、そこからは少し離れた入り口付近に出た。


「……なんだこれ?」


クラーケンはアリの巣のような地面に拘束されていた。複雑に掘られた地中の道で俺を追い続けた触手が地面のなかで絡まっているのだろう。


「お手柄よ」


声のするほうを見ると、リヴィはすでに魔法を発動しており、巨大なアンカーがクラーケンの頭上に出現した。


「でかっ……」


リヴィが手刀で、アンカーを吊るしているチェーンを斬るような動作をすると、軽い金属音とともにチェーンが切れ、アンカーがクラーケンに直撃した。


その衝撃で魔力がクラーケンのいるボウル状の場所を埋め尽くし、溢れた黒い魔力は俺が掘った穴から柱のように吹き上がった。


闇が晴れたとき、クラーケンは消滅していた。


「よしっ!」


またひとつ、リヴィとともにダンジョンをクリアすることができた。


クラーケンは高級な素材をドロップしたらしく、リヴィは分け前をくれようとしたが、俺はそれを断った。


すると今夜もザラミルでの食事が提案され、俺はそれを了承した。

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