第19話 海の怪物

恐らく、リヴィは触手に襲われそうになった俺を瞬間移動をすることで突き飛ばし、自身を身代わりにしれくれたのだろう。そのことに対する礼を言わなければならないことは理解したが、恐怖心が口から出す言葉を変えた。


「このまま戻るか?」


「あれを見て」


「? ……っ!」


リヴィに言われて視線を移すと、先ほどまでいた部屋ではモンスターの大群が待ちうけていた。


「いったいどこから沸いて出たんだ!」


「落ち着いて。このボスモンスターを恐れているのか、こちらの部屋には入ってこれないみたいよ。普段ならあの程度のモンスターであればすぐに片づけられるのだけど、魔力が乏しいこの状況であの大群をやり過ごすのはほぼ不可能だわ」


「……たぶんリヴィひとりだけならモンスターの攻撃をかわしながら脱出できるんだろう。でも俺が、穴掘りを使えないこのダンジョンでは逃げ切れない」


「あら、ずいぶん落ち着きを取り戻せたようね」


自分のほうがよっぽど危ない目にあったにも関わらず、彼女は俺の身を案じているようだった。それが俺の気をぐっと引き締めた。


「どうする? 適当な壁に穴を掘って脱出するか?」


「あなたも、無限に掘り続けられるわけじゃないでしょう。地中を移動できるならまだしも、水のせいで今回はそれができない。適当に壁を掘った先にモンスターの群れがいたら、今度こそ終わりよ」


そう言っているあいだにも、触手はまた俺たちに襲いかかった。それをリヴィが鎌で払ったが、俺の目にもリヴィの力が弱まっているのは明らかだった。


「とりあえず、ここはまずい。こっちにきてくれ」


俺は適当な壁を掘って階段を作り、地上からは少し離れた場所に身を隠せる場所、ほら穴を作った。


「よし……さて、これからどうするか」


「便利なスキルね」


例のボスモンスターが襲ってこないことを確認してから質問を投げかけた。


「あの長い触手みたいなのは何なんだ?」


「あれはクラーケン。触手のような複数の手足を使って攻撃してくる、水系の中級モンスターよ。強力だけど、水中から引き出せれば耐久力はそれほど脅威じゃない」


「リヴィはあいつを倒したことはないのか?」


「あるわ。クラーケンと戦うときは、離れたところから触手を目掛けて遠距離魔法を打つ。怒って水中から出てきたクラーケンを近距離攻撃で倒すのが一般的よ。でも今回はダンジョンの形状があまりにもクラーケンに有利すぎる。水中にいる状態で、触手がどこまでも追ってくる」


「そうなのか。となると……なんとかして、あいつを水中から引きずりださないとだな……」


「引きずり出すといったって、この部屋の形状じゃクラーケンを陸におびき寄せたとしても地上戦をやる場所がないわ」


「多少なら壁を掘って形状を変えることはできるが、手足だけであんなに大きな巨体を揚げられるほどの場所を作るのは難しそうだ……」


「ええ。それに、そんな場所を作っている時間を、クラーケンが与えてくれるとは思えないわね」


「だよな……。あっ、そうだ! あいつを引き上げるのが難しいなら、水のほうを引き抜けばいいんじゃないか?」


意味がわからないといった反応をするリヴィに作戦を説明すると、最初は感心していたような様子だったが、出した答えはノーだった。


「なんで!」


「理由は簡単よ。危険すぎるわ。そんなことしたら、あなたの身が危ない」


「……」


ダンジョン攻略のプロ、勇者であるリヴィが危ないというのだから、相当な危険を伴うのだろう。


俺だって、こんなことはしたくない。でも、それ以外にここを生きて出る方法がない。もしあるなら、リヴィだって否定するだけでなく代替案を出しているはずだ。


「……大丈夫だ」


恐怖心を抑え、勇気を振り絞って出した言葉だったが、予想の半分の声量も出ていなかったし、かすかに震えていた。全然大丈夫そうじゃないのが自分でもわかって笑いそうになったが、リヴィのまなざしは真剣だった。


「俺はこの世界にきてからというもの、ずっと穴掘りスキルとツルハシだけを使ってきた。……その、俺が頼りないのはわかるけど、ここは任せてほしい」


リヴィエッタが何かを言おうとしてそれを飲み込んだのがわかった。


「……わかった。掘削に詳しい貴方を信じるわ。でも、絶対に無茶はしないで」


「ああ」


深呼吸をひとつして、ゴーグルをかけるとツルハシを地面に突き刺した。特に掘りづらい地質ではなかったので、作戦を実行するのに十分深いところまで順調に掘り進めた。


掘り進める過程で、クラーケンが潜んでいる湖がどの程度の大きさ、深さなのかが湿り気などから感覚的にわかった。それと同じか、少し大きい空洞をクラーケンの真下に作った。


その中心部から、上へ向かって掘り進める。長いあいだ掘削の仕事をして身についた職人の勘なのか、あと一回ツルハシを入れれば、大量の水がこちらへ流れ出すのがわかった。


慌ただしくなる呼吸を整えた。


練習なし、ぶっつけ本番で瞬間移動のスキルを試す。


リヴィの下着を見たときを思い出すんだ……。


「……よし」


意を決してツルハシを入れた。


亀裂が一瞬で広がり、大量の水が入り込んでくる前に俺はきびすを返し、掘ってきた道を最速で進んだ。役所で説明されたとおり、穴の出口を目指して瞬間移動をするぐらいの気持ちで進んだ。すると普段の何倍も早く動くことができて、洪水が俺を飲み込む前にリヴィが待つほら穴へ戻ることができた。


「こ、こえー……」


「状況はどう?」


「たぶん、うまくいってると思うんだが……」


リヴィと共にクラーケンのいる部屋を見下ろすと、水が徐々に抜かれていく様子がわかった。


「成功したみたいね」


「ああ。で、これがクラーケンか……」


水かさが減っていくことによって、その全貌が徐々に明らかになってきた。

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