第18話 死神化の練習
次の部屋へ進むと、ピラニアのような魚型モンスターが牙をむき出しにしながら水上を滑るように泳いでいた。
「準備はいいかしら?」
「ああ」
リヴィは部屋の入口付近で魔法を発動した。ツルハシに魔力が注ぎこまれ、その姿を大きな鎌に変えた。
やっぱかっけぇ……!
興奮がわずかに恐怖心を上回っているうちに、俺はピラニアを目掛けて鎌を振りおろした。黒い波動が当たり、一撃で倒した。
「よし!」
勢いづいた俺は、続けざまに放った黒い波動で、迫ってきたもう一体のピラニアを狙うが、今度は外してしまった。
「なかなかコントロールしづらいな……って、まずい!」
俺の攻撃に刺激されたらしいピラニアが猛スピードでこちらに迫ってきた。
「う、うわぁっ!」
焦った俺は黒い波動を滅多打ちにした。そのうちの一発が偶然ピラニアを切り裂いた。
「大丈夫?」
「……たぶん」
「そう。ならひとつ、お願いがあるのだけれど」
「ん?」
「さっきから大量に打ち出しているソレ、使うたびに私の魔力を消費しているの」
「あっ……」
「もう少し落ち着いて、よく狙ってみて?」
「すみません……」
興奮、恐怖心、羞恥心、色々な感情が渦巻いた。
俺は深呼吸をして、平常心を取り戻そうと努めた。
しかし少し落ち着きを取り戻してきたことによって、予想していなかった新たな感情が芽生えてしまった。
それは猜疑心だ。
リヴィの命が自分の手にかかっていること、そしてそれを会って二日目の俺に委ねるリヴィへの疑問がどうしても拭いきれない。どうしても彼女の裏の考えを探ろうとしてしまう。そしてそれが集中力をほころばせた。
……ダメだ、集中しろ。同じ過ちを犯すんじゃない!
洞窟を崩落させたときの記憶が蘇り、すぐに意識を目の前の敵に集中させた。
形状がツルハシに似ているせいもあるのか、鎌のほうが剣を練習したときよりも馴染むのが早かった。
ずいぶんと遠くのピラニアにも黒い波動を当てられるようになったころ、部屋は俺とリヴィ二人だけになった。
「ふぅ……」
それにしても、リヴィは俺をどうするつもりなのだろう。経験値を積ませるだけ積ませて、将来的には危険なダンジョンに連行するのだろうか。そうでもないと、リスクのあるこの魔法を使ってくれる意味がわからない。
今だって、目が見えないなら何されるかわからないじゃないか。
リヴィの薄紅色の唇や、雪のような肌を見ながら間近で見ながらそう思った。
「……」
「……」
目が見えていないはずのリヴィとずっと目が合っている。
「あ……」
俺の右手にはツルハシが握られていた。
「たっ、倒し終わりました!」
「ご苦労様」
「さ、さあどんどんいこう!」
勢いでごまかして歩き出したが、振り返って彼女の顔を見るのが非常に怖い。
……ちゃんと付いてきてくれているよな?
俺は前を向いたまま、眼球だけを最大限うごかして背後の確認を試みた。かすかに人影が動いているのが見えるから、彼女も付いてきてくれているらしい。
ふぅ……。ダメだ、もっとしっかりしないと。どうも気がゆるんだり、緊張し過ぎたり、とにかく浮つき過ぎている。ダンジョンどうのこうのという前に、そもそも女子としゃべること自体に慣れていないせいだろう。
気を引き締めていこう、そう心に決めたとき、次の部屋が見えてきた。
「……なんだここ?」
次に入った部屋は雰囲気が違った。今までのものと比べてあまりにも静かなのだ。
円形の部屋の中央には湖があり、その周辺が足場になっている。半分に割ったココナッツのような形状だ。
「……」
「どうする? 引き返っ……いってぇ! なに……あれ? リヴィ?」
振り返った直後、かすかに黒い煙が見えた。まさか、瞬間移動をして俺を突き飛ばしたのか? イタズラのつもりなのだろうか。
「……」
いや、違う。何かがおかしい。
あまりにも突然の出来事に、身体と思考の動きが止まってしまった。
一体、何が起こっている……?
徐々に焦り始めた心をなんとか鎮めながら思考を巡らせていると、黒煙のようなものがとなりに立ちこめた。
「リヴィ!」
続いて水を滴らせたリヴィが姿を現した。
「だ、大丈夫か? 何があった?」
「平気よ。でも最悪だわ。あまり言いたくないけど、今のでかなりの魔力を消費した。やはり水中の移動は疲れる」
声のトーンはいつも通りだが、肩で息をしているところをみると相当な疲労が溜まっていそうだ。
「……なんだ、あれ」
静まり返っていたこの部屋内に突如、しぶきをあげながら巨大な触手が四本、水中から現れた。
「このダンジョンのボスよ」
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