第16話 モグラの能力

仕事終わりに家で休んでいると、誰かがドアをノックした。出てみると、昨日の冒険を共にした少女、リヴィエッタがそこにいた。


「こんばんは」


昨日と同様に、スカートの端をつまんで軽くお辞儀をした彼女に対し、内心のドギマギを顔に出さないよう、家のなかに招き入れた。


「あ、ああさーどーぞ」


日中の仕事で疲れている俺のために、リヴィは俺の額に手をあてると、魔法を使って回復させてくれた。


この世界には疲労回復の魔法を施してくれる施設があり、一度行ったことがあるが、これほどまでには回復しなかった。やはり彼女は優秀な魔法使いなのだろう。


冒険にいく前に渡したいものがあるといい、リヴィは細い銀の腕輪を差し出した。


「これは?」


「強力な魔力が刻まれた腕輪で、命を落とすほどの攻撃を一度だけ防いでくれるの」


「へえ、こんなものが? もらってもいいのか?」


「もちろんよ。これをしない限りダンジョンへ連れてはいけないわ」


「ありがとう。助かるよ」


腕輪をはめると一瞬だけ淡く光った。


本当に、こんな細いアクセサリーが命を守ってくれるのだろうか? にわかに信じ難かった。


「ダンジョンにいく前にもうひとつ。あなたのステータスを見てみたいの。今ならまだ間に合うと思うから、役所へいきましょう」


「あっ!」


「どうかしたの?」


「しまった……定期的にステータスを測りにくるよういわれていたのに、すっかり忘れていた……多少の小言は覚悟しておかないとな……」


ツルハシを持って重い足取りで玄関を出た。


「ジッパーで行かないのか?」


「街中での時空間魔法は違法よ。色々と複雑な理由があるのだけれど、簡単にいうと危ないのよ」


「そうなのか……。じゃあ、急がないとだな」


そろそろ役所が閉まる時間なので、俺たちは早足で歩いた。


営業時間が終わるギリギリにすべりこんだ俺たちを迎え入れたのは、この世界に転生されてきた日に対応をしてくれた受付嬢だった。彼女は相変わらず淡々と事務的に案内してくれた。


「こんばんは。本日はどのような手続きをされにきましたか」


「彼のステータスを測定して頂きたいのだけれど」


彼女は俺の顔を見ても、特に怒ったりすることはなかった。


「かしこまりました。それにしても、てっきり忙しくて役所に寄れないのかと思っていましたが、恋人を作る余裕はお有りだったんですね」


「すみません……」


「こちらへどうぞ」


チクりとやってきた受付嬢に先導されて、天井がドーム状に作られた場所に着いた。部屋の中央には水晶が置かれている。ステータス測定の部屋だ。


なんか懐かしい感じがするな、と口をついて出そうになったが、受付嬢に小言を言う機会を与えることになりそうなことに気が付いて飲み込んだ。


今度こそ、チートスキルを取得できていますように……。


祈るように手をかざすと、水晶がふわふわと何度か白く点滅したあと浮遊し、俺のまわりをぐるぐる回り始めた。回り終わると元の位置へ再び鎮座し、続いて俺の目の前に、紫色の光で描かれた成績表のようなものが表示された。


「……これは」


先ほどまで冷静沈着な対応をしていた受付嬢が、俺のステータスが表示されている表を見て初めて、その表情に変化があらわれた。


初回でも似たようなことが起こり、実際は何もなかったのを思い出したが、どうしても期待を膨らませずにはいられなかった。


「ど、どうしました?」


「ツルハシの熟練度、穴掘りスキルの値が異常なほど高いです。こんなに偏ったステータス、見たことがありません」


なんだ、そんなことか。


「奴隷にでもなられたんですか?」


ひどい言いようだ。


「恐らく自覚されていらっしゃらないと思うのでお伝え致しますが、穴掘り以外に……というより、それに付随したものですが、いくつか新しいスキルが使えそうでございます」


新しいスキルと聞いて俺の胸は再び高鳴った。


「まずは高速移動。といっても、単純な素早い動きができるものではなく、自分が掘った穴の中に限っての話です。入口と出口を掘ったら中へ入って、一瞬で移動するイメージをしてみてください。これだけの経験値があれば、それほど苦なくマスターできるはずでございます」


高速移動と聞いたときは、何とも表現しがたい高揚感を覚えたが、受付の女性が説明を加えるにつれ、だんだんとその興奮も冷めていくのがわかった。


「でも私の前で穴を行き来して見せたとき、高速移動というほど速くはなかったような気がするのだけれど」


「恐らくスキルを覚えているという自覚がなかった為に、今までは使用できていなかったのかと存じます。なにか取得のきっかけはあったと思うのですが」


「きっかけなんてあったかな……」


……あ、もしかしてあのときか? 前回いったダンジョンで、間違ってリヴィの足元から顔をのぞかせてしまったとき。あのときは必死にその場から立ち去ろうとして気にしていなかったけど、今思えば尋常じゃないほど速かったような……。


人知れず頬を染め、このスキルを覚えた理由は墓まで持っていくことを決意した。


「さて、ふたつめのスキルですが……これは、説明するより実践したほうが早いかと。ソウタさん、目を閉じて頂いてもよろしいでしょうか?」


俺は言われたとおりにした。


受付嬢の顔がどんどん俺のほうへ近づいてくる感じがした。すこし我慢したが、キスされるのではないかというほど近くまできたので、当然俺は後ずさりした。


「な、なんですか?」


「私は今、かなり気配を消して接近いたしました。しかしながら、ソウタさんは私の気配を察知して避けられましたよね。視力に頼らず、気配を察知するスキルが相当長けていらっしゃいます。長けているというより、こんな芸当ができる人を私は見たことがございません。これは推察ですが、暗い作業現場で作業を続けていた為、こういったスキルが身についたのかと」


「そうだったの。暗い地中でも平気で作業しているのは、てっきりそのゴーグルに何か秘密があるのかと思っていたわ」


「いやいや、これはただのゴーグルだよ。でも職場と自宅の往復ばかりの毎日だったけど、無駄ではなかったのかな」


何の意味もない無駄な毎日を過ごしていたと思っていたのだが、そう悲観するようなものでもなかったとわかり自信が持てた。


「奴隷生活の賜物ですね」


受付嬢の捨て台詞をしっかり受け取ると、俺とリヴィは街の外を目指して歩き出した。

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