第15話 誘い

「さっきのやつ、あれはリヴィエッタさんの魔法ですよね?」


俺はウェイターに出されたグラスの水を一気に飲み干してから言った。


「ええ」


「いやぁ、すごいですね。俺、仕事ばかりしているから、まともな魔法を見るのも今日が初めてだったし、ましてや自分で使うなんて……すごい体験でした」


巨大な鎌を使って金ぴか貴族を圧倒したのを思い出し、俺の気持ちは高揚した。あんなチートスキルがあれば、どれほど楽しい異世界生活を送れるだろうか!


「あの魔法があったから、俺に戦わせたんですよね」


「そう。対人戦の経験も積んでほしかったの」


「でもなんで、俺に経験値を積ませてくれるんですか?」


「……お礼よ」


「え? お礼、ですか」


「ええ」


視線を落として言った彼女の顔を見たら、なんとなく、それ以上は聞いてはいけない気がした。


「貴方、ずっとコラドにいるの? ……そう、それなら魔法をあまり見たことなくても仕方ないわ。カウラの周辺は弱いモンスターしか出ないから勇者は役所に行くぐらいしか用がないし、コラドは炭鉱の町だから」


「そうなんですね、それすらも知らなかったです。リヴィエッタさんはどこからきたんですか?」


「私はもっと西のほうにある町からきたわ」


リヴィエッタが注文した、血がしたたるほどの赤い肉がテーブルに運ばれてきた。


彼女、こんなものを食べるのか? 表面だけ少し焼いてあるだけで、ほとんど生肉みたいだけど……。


「……聞いてる?」


「あ、すみません……ちょっとぼーっとしてました」


俺が思っていたことを視線と表情から感じ取ったのか、彼女の顔に陰がさした。


「……ごめんなさい、人前で食べるのにこんなものを頼んでしまって」


しまった。俺の反応が彼女を悲しませてしまったらしい。


「ん? 何のことかわかりませんが、本当にただ、ちょっと疲れただけなんです。日中も力仕事をしていたし、初めてのダンジョンも経験したし、おまけに決闘までやりましたからね。ところでそれ、すごくおいしそうですね。俺もそれにすればよかったなぁ」


慌てて色々と言葉を連ねたが、フォローとしては間違っていないはずだ。頼むから怒らないでくれ!


「……ありがとう」


お礼を言われるとは思っていなかったので、驚いてしまった。しかも彼女がうつむきがちに、うっすら頬を赤らめて言うものだから、なぜか恥ずかしさが込み上げてきた。


さっきまでは初めてのダンジョン攻略、そして決闘に勝利したことで興奮気味だったから気にしていなかったが、俺は今、美少女とふたりで夕食の席についている。


そのことを認識してしまったせいで、一気に緊張感が増した。


「……あ、あの、そういえば、あの男は大丈夫なんでしょうか」


「ええ、問題ないわ。ただ気を失っているだけ。ツルハシにかけた魔法を解いた時点で、抜きとった魂も持ち主に返されたから、もう目覚めている頃よ」


俺のスパゲッティも運ばれてきたので、そろって食事を開始した。


「リヴィエッタさん、さっき言ってた、ダンジョンがどうやってできるかっていう話ですけど……」


「リヴィでいいわ」


「あ、うん……。わかった」


「ダンジョンが生まれる理由についてだけれど、結論から言うと、ダンジョンは人間の負の感情が世界に溜まって生まれるものなの」


「人間の負の感情? 悲しみとか、そういう感情のこと?」


「その通りよ。人間が悲しみや苦しみを感じると、それは世界がゆるやかに吸い取ってくれるの。世界に吸収された負の感情が蓄積されると、それはモンスターとなって具現化される。そしてそのモンスターを倒して初めて、人間の負の感情は浄化されるのよ。それを行うのが私たち勇者の仕事」


淡々と説明しながら、リヴィは真っ赤な肉にナイフを入れていく。まるで手術でも見ているような気分になった。食事中に見るには刺激が強すぎるため、なるべくその光景を視界に入れないよう、俺はリヴィの目をまっすぐに見ながら話に集中した。


スパゲッティを食べるときも決して彼女から視線を外さず、ノールックで巻いて口に運んだ。


「感覚的には、掃除に近いかもしれないわ。それと、さっきダンジョンの一番奥にいた大きいモンスターがいたでしょう? あれはたくさんの負の感情によって生み出されたボスモンスターなの。ダンジョンは、ボスが生まれたとき、その衝撃で生まれる、というのが有力視されている説よ」


リヴィの瞳ぐらい赤い肉が口に運ばれていく。少しでも視線を下ろしたら、食べたばかりのスパゲッティを元の位置に戻すことになりそうだ。俺はリヴィの目を見ながらスパゲッティには目もくれず口に運んだ。


「なるほど」


「一般教育のレベルだとここまでしか教わらないから、私もそこまで詳しいことは知らないのだけれど。専門家のなかには、全く別の説を唱えるひともいるみたいよ」


彼女の口にしている肉が気になり過ぎて説明のすべてを理解することはできなかったが、なんとなくダンジョンとモンスターが生まれる理由についてはわかった、気がする。


「そうだったんだ。ほんと、転生されてずっと自宅と職場の往復しかしてないから、そういう一般教育? みたいのが全く身についてないんだよ」


「仕方のないことだと思うわ」


「そうかな」


「……」


はい、話すことがなくなってしまった。


めちゃくちゃ気まずい。


しかも俺は彼女の目から視線を外すことができない。外したら最後、真っ赤な生肉に目を吸い寄せられてしまう。


リヴィも会話のない気まずさを覚えているようで、しきりに髪を触ったり、視線をそらしたりとそわそわし始めた。


俺も目だけはリヴィを捉えつつ、ひたすらフォークを口に運んだが、そういえばもう説明は終わったから視線を外しても良いことに気づいて窓の外に目をやった。相変わらず人出は多く、パーティと見られる集団も何組か通り過ぎた。


「リヴィはパーティを組んだりしないのか?」


「そうね。ダンジョンでの戦いを見たらわかると思うけど、私の技は周りを巻き込んでしまうから」


やはりそれが原因だったのか。


「なるほどな。すごく強い魔法だと思ったけど、そういう弱点があるんだ」


「そこまで都合の良い魔法なんて存在しないわ。もしあったとしても、使えるのは転生者ぐらいのものでしょうね」


「それって俺に対する嫌味?」


「ふふ」


初めて笑顔を見せたリヴィだったが、すぐに目をふせて少し考えている様子を見せた。


「……もしかしたら、あなたを勇者にできるかもしれない」


「えっ、どういうこと?」


「今日やったように、私に同行するの。上級者に付き添って経験値を溜めるというのはよくある方法だから」


リヴィはその後も続けた。


「さっき倒した彼のような人たちはまさしくそうだと思うのだけれど、上流階級の人間は腕利きの勇者に高額の報酬を払って、自分たちの子供を同行させるのよ。そうやって一流の勇者を育成する」


「そうなのか……」


うーん、迷うな……。


一緒にダンジョンを攻略していれば俺の戦闘能力も上がって、チートスキルを手にすることができるかもしれない。


でも、彼女のことを信用して付いていって良いものか……。


非常に悩ましいが、恐らくこれが最後のチャンスだ。これを逃したら、もう一生勇者になることはできないだろう。


彼女に同行して経験値を溜めることができれば、どこかのタイミングでチートスキルを取得して最強の勇者になれるかもしれない。


そしてそうすれば、バラ色の異世界生活を送ることができる!


「……わかった。いくら払えばいい?」


「報酬は結構よ。ただダンジョン内で私に何かあったら、私を連れて地中を通って逃げてほしいの」


「それだけ?」


「さっきのダンジョンもそうだったけど、予想外の出来事というのはよくあるのよ。私も今まで、何度か危ない目にあったから」


「なるほど、俺は脱出用の道具ってことか」


「言い方は悪いけど、そんなところね」


仕事に行って帰って寝るだけの一日だと思われた今日だったが、それはとんだ間違いだった。


大きな事故を起こしてしまったことがきっかけとなり、勇者と夜中にダンジョンを攻略し、王族と決闘をして勝ち、美少女と夕食を共にし、パーティを組むことになった。


「じゃあ、これからもよろしく、ってことで」


「こちらこそ」


俺は初めて、期待と不安が入り混じるとうい感覚を覚えた。


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