第14話 モグラの死神化
噴水広場のひらけた場所にて、俺は赤髪男のジョシュと対峙した。
男が剣を地面に突き立てると青色の円が現れて、直径三〇メートルほどまで広がった。
「決闘は伝統のルールに従って行う。相手が戦闘不能になるまで正々堂々と戦うこと」
騒ぎを聞き付けてだんだんと人だかりができてきた。そのせいか、王族であるらしいこの男は挑発的な発言を控え、あくまでも正義は自分のほうにあるというような堂々とした態度をとっていた。
「私、ジョシュ・ヴァン・リネハンは悪を決して許さない。相手が誰であろうと、全力で以て正義の鉄槌を下す」
ジョシュは一瞬で全身に金ぴかの鎧をまとった。頭部の兜はつけず顔を出しているのは、格下相手には必要ないという判断だろうか。
それ対して俺がツルハシを構えると、ギャラリーからはどよめきと笑いの声が起こった。
「まさか貴様、それで戦うつもりか?」
「……ああ」
だってこれ以外使えないし! っていうか、リヴィエッタはなにを考えているんだ? ちゃんと助けてくれるんだろうな?
「手加減はしないぞ」
リヴィエッタもそうするように、ジョシュも何もないところから鎧と同じ金ぴかの剣を出現させた。そして剣を構えただけでギャラリーからは歓声が上がった。
ああ、こりゃあダメだ。勝てるわけがない。
リヴィエッタのほうを振り返っても、まだ何か行動を起こすつもりはなさそうだった。
まさか……俺、ハメられた?
あの重要な場面で流れに身を任せてしまった自分を呪った。予測していない事態に委縮し、大切な判断を他人にゆだねてしまったのだ。
もうこうなったら、地中を通って街の外へ逃げよう。
そんなことを考えているあいだに、金ぴかの鎧が目の前に高速移動してきた。
「ほら、どうした。そんなものか!」
わざと顔すれすれのところを攻撃したり、剣でツルハシを弾いたり、俺を見せ者にでもするように挑発的な攻撃をするジョシュ。
「お~いジョシュ、さっさと終わりにしてくれよ~」
ポニーテール男が野次を飛ばしたのを皮切りに、ほかのギャラリーたちも煽り始めた。
「ツルハシの兄ちゃん、俺ぁお前に十ダレン賭けてんだ! 負けたら承知しねぇぞ!」
「ジョシュ様かっこい~!」
この決闘をショーか何かだと思っているのか、ギャラリーは大いに盛り上がっている。
俺は距離を取って地面に潜り、この場からの脱出を試みた。
「なっ……!」
だが、ジョシュが展開した決闘場は地中からでも脱出不可能だった。あの青い壁は地中まで伸びており、穴掘りスキルを使用しても、彼の魔法を打ち破ることができなかった。
終わったか……。
わずかに地中が光ったのを察知し、俺は急いで地上への穴を掘った。俺が飛び出してすぐ、先ほどまでいた地中から青い炎が噴き出した。
「そろそろ、終わりにしよう」
「ええ、そうね」
ジョシュの声に答えるように、背後でリヴィエッタの声がした。飛び出した先は彼女の目の前だったらしい。
「えっ……」
突然、ツルハシはその姿を大きな鎌へと変えた。
死神が持つような禍々しさを持っている。直感でリヴィエッタの魔法だとわかった。
俺が鎌を手にしたことにジョシュは驚いたようだが、これだけのギャラリーがいる手前うろたえた様子を見せるわけにもいかないのだろう。俺に手のひらを向けると、容赦なく青い火の魔法を放ってきた。
この鎌についてリヴィエッタからの説明も特になく、どうしたら良いのか分からなかったので、とりあえずタイミングを合わせて炎を斬るように振りおろしてみた。
「あっ」
しかし鎌の長さが把握できていないのと、炎にビビってしまったせいで到達よりずっと早く振り下ろしてしまった。
鎌自体は空ぶってしまったが、リヴィエッタが先ほどボスモンスターの顔面に見舞ったのと同じ黒い波動が炎を斬り裂き、金ぴか貴族の左頬をかすめた。
「貴様っ……!」
これには度肝を抜かれたのか、顔をゆがめたジョシュが青い炎の球を滅多打ちにしてきた。そのひとつが俺のすぐ横、リヴィエッタのほうへ飛んでいった。俺は横に飛んで彼女と火球のあいだにすべり込むと鎌でガードした。
安堵する俺のすぐ後ろで、リヴィエッタは瞬きひとつせずに薄く笑みを浮かべていた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。結界が張られているから、外に魔法が飛んでいくことはないわ。心配しないで大丈夫よ」
そういえば、あれだけの魔法を打ったにも関わらず周りにいるギャラリーに怪我人は見当たらない。ジョシュが最初に発動した円形の魔法にはそんな効果があったのか。
というか、俺とは比べ物にならないほど強い彼女を守る必要はなかったか……。
「下等生物が……っ!」
魔法は諦めたのか、今度は剣を構えてこちらに向かってきた。先ほどとは違って本腰を入れてきている。そのちょっとした所作から、かなり剣の扱いに慣れていることが俺でもわかった。
奴を近づけさせたらダメだ。さっきの黒い波動みたいのを飛ばしてけん制しよう。
「持ち手の先端、骸骨がついているでしょう。相手の目を見ながら、その頭を地面に叩きつけて」
リヴィエッタに言われて視線を落とすと、確かに骸骨がついていた。
「え? あ、ああ。……こうかな?」
言われたとおりにすると、骸骨の目が赤い光を放ち、その口が開いた。その直後、ジョシュの胸のあたりから銀色の煙のようなものが出て、ガシャンという大きな音とともに地面に伏した。
「うおっ……」
銀色の煙はこちらに向かって飛んできて、骸骨の口に吸い込まれた。
「さ、いきましょ」
リヴィエッタがそう言って歩き出すのと、鎌がいつものツルハシに戻ったのは同時だった。
いったい何が起こったんだとざわつくギャラリーと、ジョシュを心配して駆け寄る仲間二人。
俺もギャラリーたちと同様、目の前で起きたことが理解できず、脳と連動しているように体も固まった。
あまりに唐突な幕切れだったため、まだ緊張感が抜けずにいる。
がやがやとギャラリーが散り始めてからようやく、俺はリヴィエッタのあとを追った。
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