第11話 6本腕の悪魔

リヴィエッタについていくかたちでダンジョンを先へ進む。


次の部屋では青鬼が出てきた。サイズは先ほどの赤鬼と同じだが、武器のこん棒を両手に持っている。


「少し下がっ……もぐっていてくれるかしら?」


「はいっ。すみませんっ」


青鬼をまじまじと見ている俺にピシャリと言い放ったリヴィエッタは、俺が地面に潜ったのを確認すると、軽く鎌を振って青鬼の頭上に黒い雷が落とした。青鬼に当たったあと、その雷は地面を伝って部屋全体に行き渡った。間一髪で頭を地面に引っ込めることができたが、危うく死ぬところだった。


……危うく、死ぬところだった! 味方の攻撃で!


基本的にダンジョンの攻略はチームで行う。近距離で敵を攻撃する剣士、遠距離から敵を攻撃する魔法使いなどがパーティと呼ばれるチームを組んで戦うのが一般的だ。それは俺も知っていたため、ひとりでダンジョン攻略に挑もうとする彼女を見たときは驚いた。


リヴィエッタがどういう職業なのかはわからないが、その華奢な容姿からは想像できないほど激しい技を好んで使っていた。


俺がうろちょろ動きまわっていたときは抑えていたであろう力を徐々に解放し始めたのだ。彼女が鎌を振り回すたび深い闇が敵を薙ぎ払ったが、それは周囲にも及んだ。もしパーティを組んでいたのなら必ず巻き添えをくらうだろう。


このスタイルだからこそ、ひとりでダンジョン攻略をすることが可能なのだろう。


俺も穴掘りスキルを使用して地中に隠れていなかったら間違いなく闇に飲み込まれていた。


青鬼の断末魔のあと静かになったので恐らく戦闘が終わったのだろう。地上の様子をうかがうため地面から頭をひょっこりのぞかせると


――彼女のスカートの真下だった。


脳内で俺の頭が大鎌にハネられた。


音を立てず、なるべく遠くの穴から地上へ出た。今までにないほどの早さで。


「いやぁ、この部屋も楽勝でしたね」


鼻息が荒くなっているのは、大急ぎで地上に出たのと、生命の危機を感じたためであって、決して興奮しているわけではない。


俺を見る彼女の目が、罪悪感からか、いっそう冷たく見えたが、特に何も言わずに歩き出してくれた。


あっぶねぇ……。


額の汗を拭い、彼女のあとを追った。


次の部屋は、他の部屋よりも大きく造られていた。


「なっ……え、ウソだろ、なんだあれ」


そして大きいのは部屋だけでなく、モンスターもそうだった。


ケンタウロスに腕が左右三本ずつ生えたような大型のやつがいた。恐らくこのダンジョンのボスだろう。背丈がゆうに三メートルは超えており、距離が離れているにも関わらず圧倒されてしまった。


「ひとつ、聞いてもいいかしら」


「え? ああ、はい」


「あなた、勇者になりたいの?」


一体どういう意図で聞いてきたのかはわからなかったが、俺は正直に答えた。


「……はい」


「わかったわ。なら地面に潜って、私の戦いをよく見ておいて」


「あのデカいモンスター、そんなに強いんですか? さっきまで瞬殺してたんだし、リヴィエッタさんなら余裕なんじゃ……」


「……ダンジョンの扉が土色だったでしょう。低難易度の証よ。この流れなら、このダンジョンのボスはデーモンのはずなの。でも、たまにこのケンタウロスみたいな中級モンスターとか、色違いの強力なモンスターが現れることもあるのよ」


「そんな……」


「隠れて」


リヴィエッタは大きく踏み込むとボス目掛けて跳躍した。目線が同じ高さになったところで鎌を思いきり振った。その跡をなぞるように黒い波動のようなものがボスの顔面にヒットした。


その攻撃で怒り狂ったボスの大振りな攻撃を避ける姿は、まるでダンスでも踊っているようだ。その様子を俺は、地面から顔をのぞかせるかたちで見ていた。


大型モンスターを相手に、彼女はひとりでも問題なく戦えていた。むしろ、素人の俺から見てもケンタウロスを圧倒していた。


攻撃を受けそうになると黒い煙のようになって消え、モンスターの背後に再出現して斬りかかった。


そして、六本ある腕のうち一本を斬り落とした。


「よしっ!」


腕を失ったことでさらに猛り狂ったモンスターがリヴィエッタに襲い掛かるが、彼女はさらに二本目、三本目と腕を切断した。


なるほど、ああやって腕の本数を減らして、最後に本体を叩くのか。


「あっ!」


思わず声を発してしまったのは、彼女が攻撃を受けてしまったためだ。


先ほど斬り落としたはずの腕が一瞬ですべて復活して、リヴィエッタの死角から彼女を殴りつけたのだ。鎌でガードしていたようでダメージは少なそうだが、どうやら余裕というわけでもなさそうだ。


「油断した……どこかしら」


リヴィエッタが何かを探しているのがその動作からわかった。何を探しているのか尋ねようとしたとき、天井で何かが動いた。


目を凝らしてみると、それがシルクハットをかぶった二足歩行のカエルだということがわかった。足の裏が吸盤のようになっているのか、天井を歩いている。彼女が探しているのはアレだろうか。


「リヴィエッタさん! うえ!」


俺は地面に潜っているため、つねに上を見ているからすぐに気づくことができた。


リヴィエッタはカエルの存在を確認すると、黒い煙となってカエルのすぐ横に現れ、鎌で切り裂いた。


倒したと思った矢先、俺のすぐ横を何食わぬ顔でカエルが歩いた。


「うわっ!」


俺は思わず声をあげて穴から飛び出した。


「な、なんだこれ……」


まわりを見渡すと、そこら中で同じカエルがうろうろしている。


「間一髪のところで分身されたわ」


「こ、こいつら全員倒さないといけないんですか?」


「本体を倒さないと、いくら倒しても意味ないわ。とにかく、あなたはまた地面に隠れていて」


そこからの戦闘は難航した。


カエルを狙えばボスが攻撃してくる。迫ってくるボスを撃退してもカエルが回復させてしまうという最悪の状況だ。


「ソウタ、お願いがあるのだけれど」


「な、なんですか?」


リヴィエッタはボスを遠くへ引き付けたあと、俺の横に瞬間移動してきて言った。


「あのボスが入るだけの大きな落とし穴を掘ってくれないかしら」


「落とし穴? そんなの、やったことないです!」


「あなたのスキルなら可能なはずよ。このあたりに、体全体が入るだけ深いものをお願い」


そこまで言ったところでボスが猛追してきたので、リヴィエッタはまた瞬間移動した。


「ああもう、どうなっても知りませんよ!」


ゴーグルを装着し、リヴィエッタの指示通り落とし穴を掘り始めた。


落とし穴ってことは、地面をあの巨体が乗ったら崩れるくらいの薄さにしないといけないんだよな? そんなこと、できるのか……。


じっくり考えている時間などなさそうなので、俺は掘り進めながら策を練った。その結果、とりあえずあの巨体が入るだけの大穴を地中に掘ったあとに上へ掘り進め、細く地面に穴をあけて位置を確認した。そしてそれを頼りに地面を薄くした。その作業中、ボスが今にも落ちてきそうで気が気じゃなかったが、何とか作り終えた。


俺は地上に戻り、ゴーグルを外して叫んだ。


「リヴィエッタさん! できました!」


「わかったわ! あなたは落とし穴から遠いところで潜っていて!」


俺が地中に潜ったのを確認すると、リヴィエッタはケンタウロスを誘導した。


ケンタウロスが落とし穴の中心に到着したとき、見事に落とし穴の罠にかからせた。念のため深めに掘ったつもりだったが、必死に脱出しようとするボスの頭がちらちらと覗いていた。


リヴィエッタのほうを見ると、手のひらに黒いなにかを出現させ、それに吐息を吹きかけた。


「頭ひっこめて」


「うわっ!」


何が起こるのかと見ていると、黒い何かがすごい勢いで俺のほうに向かってきて牙をむいた。急いでひっこめた頭のすぐうえでガチンッという鋭い音が鳴った。


「あ、あっぶねぇ……」


顔を腕でガードしながら、地中から上を眺めた。先ほど俺に牙をむいた何かがひゅんひゅん飛んでいた。


激しい音が鳴り響いていたが、やがて鎮まった。


「もう大丈夫よ」


地上に出ると、カエルはすっかり居なくなっており、リヴィエッタが魔法陣の中心に鎌を突き立てて何かをしていた。


「うっ……」


リヴィエッタは涼しい顔をしているが、見下ろした視線の先ではケンタウロスが猛り狂っていた。


「これでもう倒せるんですか?」


「ええ」


魔法陣が紫色に強く光ると、ボスの足元に黒い沼のようなものが出現した。そこから大小、長短が様々な無数の腕が伸びてケンタウロスを掴むと、どす黒い沼の中に引きずり込んだ。


あまりの光景に俺は言葉を失ってしまった。

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